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第4話 All Gain and No Pain II
「エボニーとアイボリーだ」
二人の肌の色は黒と白、並び重なる黒鍵と白鍵のようだった。くくっと笑ったフィデリオは涙を流しながら微笑んでいた。
「苦しかったよね。僕も苦しかった」
バルドウィンはもの心がついた時には天涯孤独だった。自分が人でも獣でもないと知った時、進むべき道は分からなくなっていた。フィデリオは父が居ながら孤独だった。自分が他の人とは違う、疎まれる存在だと考えた時から濃い霧の中を彷徨い続けてきた。
重なり合った肌から流れ込む互いの孤独が溶け合いひとつになりそして浄化されていく。繰り返される口づけに呼吸をするのさえもどかしくなる。初めて誰かに必要だと言われた。生きていても良いのだねと涙するフィデリオにバルドウィンは答えた。
「初めて誰かを抱きしめた」
「僕も誰かにこうやって抱きしめられたことはなかった。そしてこんなに愛おしいという感情も初めてだ」
「話したいことはたくさんある。けれども今は……」
「うん?」
「抱いてくれと頼まなくてはいけないか?」
「本当に僕で良いの」
「フィデリオでなくては駄目だ」
互いの熱い吐息が肌にかかる、触れたところがぴりぴりと痛む。そして森の草の香りなのかそれとも花の香りなのか強い匂いに何も考えられなくなる。腹の中から揺さぶられるような感覚にフィデリオが小さく震えた。
「これ、香水?酔ったみたいに頭がくらくらする」
「本当に何も知らないんだな」
バルドウィンの目尻が下がった、それと同時に二人を包み込む匂いがさらに濃くなった。今まで知ることもなかったその肌の下にある熱を、その美しい体をフィデリオの中の何かが渇望している。
芯を持った自身を指先でなぞられぶるりと体が震える。物語の中から生まれてきたような美しい男はフィデリオの劣情をそそる。その深く濃い瞳を妖艶に輝かせ、フィデリオを急かす。尖った爪が身に付けていた衣を剥ぎ取った。木々の間から漏れ落ちる月明かりに輝くその白い肌は漆黒の海に浮かぶ漁り火のようだった。
発情期に放たれるΩフェロモンは、αを狂わせるという。けれども二人の間にあるのはそれだけではなかった。出会えたのは偶然ではない。天に定められた運命の相手。例えどれだけ障害があろうともどこまで離れていても互いに引き合い巡り会う定め。
ざらりとした長い舌がフィデリオの白い肌を舐め上げる。
黒く光るバルドウィンの肌は透明なまでに白い指先になぞられる。
互いに交わす言葉もなく、ただ互いをむさぼり尽くそうとしていた。
柔らかい黒い四肢がしなる。本能に身を任せ誘い込むようなその体に自分の体を擦り付ける。バルドウィンの喉がグルグルと音を立てる。絡んだ舌の先が鋭利な歯の先に触れる。目の前にいる男は人ではないのだと改めて知る。けれどもそんな些細なことはもうどうでも良かった。
「もっと深く」
「もっと?」
「足りない、欲しい」
「でも……」
「待てない!」
苦しそうに叫ぶその声にフィデリオは自分のなすべきことを悟った。心臓が破れそうな勢いで拍動する。脱ぎ捨てた衣類の上にバルドウィンが横たわり、長いその足を折りフィデリオを受け入れようと左右に開いた。バルドウィンの体に手を伸ばし、指先でさぐるとそこは体液で十分な湿りをもっていた。フィデリオが腰を沈めると小さなため息のような安堵の声が聞こえた。
「フゥッ、フゥッ」
バルドウィンのその瞳がまるで木々の緑を映したかのように深緑に輝く。月明かりでは見えるはずのない色が鮮やかに見える。半開きになった口からは荒い息が漏れ続ける。大地が揺れ、星空が回る。二人しかいない夜の世界の中で物語は完結していく。
脳天まで届く快楽、今まで知らなかった世界。
「バルド…バルド!」
何度も何度も名前を呼ぶ。気がつけば頬は涙で濡れいた。その頬を愛おしそうにバルドウィンが指先で拭き取った。二人はようやく自らの居るべき場所と、存在の意味を知った。
夜が白々と明けていく。
二人で完結した物語はこの朝から第二章が始まっていくのだ。今までの孤独な日々はモノクロの世界だった。登りゆく朝日に照らし出され、暖かな色帯びてゆく。ようやく互いを得て、世界は新たな色に塗り替えられる。
【完】
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