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おままごとの日常

 尋音先輩が複雑な色の髪を耳にかければ、自ずと見えるピアス。中学の時に自分で開けたらしいそこには小さいものが2つと、軟骨部分にも1つ。面倒で付け外しをしないと言っていたから、きっと気に入っているのだと思う。  先輩のものと比べ、何の飾り気もない自分の耳に触れて、思わず呟く。 「俺もピアス開けようかな」  俺の独り言に、隣を歩いていた先輩が視線だけを向けた。 「開けたいの?」 「どうしてもってわけじゃないけど、なんとなく?」 「そう。それなら開けてあげようか?」 「えっ、尋音先輩がですか?」  先輩の手が耳に伸びてきて、触れるか触れないかの近さで輪郭をなぞる。 「ミィちゃんは耳の形も綺麗だから、どこに開けても良さそう」 「耳の形もって。仮に俺の耳が綺麗だとして、その他に綺麗なところなんて内臓ぐらいですよ」 「内臓。それは見てみたいかも」  冗談で言い返したはずなのに本気にされてしまい、慌てて首を振った。先輩なら解剖ぐらい簡単にしてしまいそうで、身体ごと反らして逃げようとする。  すると、ちょうど後頭部が道端の電柱に当たり、ゴツッという鈍い音と痛みが俺を襲った。 「っつ……痛い。思いっきりぶつけた」 「ほら、ちゃんと周りを見なきゃ。大丈夫?」 「大丈夫です。昔から石頭には定評があるんで」 「少しでも気分が悪くなったら、すぐに言うように」  打ちつけたところを撫でてくれる先輩の手の感覚が気持ちよくて、息を吐いてそれを享受する。2度、3度と往復した手が離れて、先輩が困ったように笑った。 「車に轢かれるのも困るけど、何かにぶつかるのも嫌だ。それなら、今日はミィちゃんをずっと抱えておけばいいかな?」 「俺、子供じゃないんで1人で歩けますよ」 「ついさっき頭をぶつけた子が、それ言う?」  いたずらに笑った先輩が、俺の身体を端へと寄せる。自然に先輩が右側を歩いていたけれど、よく考えればそちらは車道だった。  何も意識していなかったのに、気づけば安全な方へと誘導されていたことを知る。それなのに俺は先輩の好意を無駄にして、自分から電柱にぶつかって行ったから情けない。  尋音先輩は、歩いている時だけじゃなくて、要所要所で見せる行動が正に王子様だ。たとえばエレベーターは俺を先に乗せてくれるし、降りる時も俺が優先。家の玄関だって先輩が開けてくれて、閉めるのも尋音先輩だ。  初めて会った時に紳士的だと思った印象は間違っていなかったらしく、そういった気遣いが身体に沁みついている先輩を凄いと思った。同じ高校生とは思えないぐらいに。 「尋音先輩って、とことん博愛主義ですよね。浮世離れもここまでくると、拍手したくなる」 「拍手なんてしたら、また電柱に頭ぶつけない?」 「さすがにないですから!!俺、そこまでバカじゃないです!」 「そうだね。今のは冗談」  返された「そうだね」は軽く流した合図だ。その綺麗な顔に含み笑いをし、言葉なく俺を見つめる先輩の顔が憎い。  それでも先輩が楽しそうならば俺も嬉しいから、多少からかわれるぐらい、まあいいかと思えた。どんどん先輩に毒されていっている自分を、俺は止められないのだ。

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