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【先輩は綺麗でいながら……】ヘタノヨ コヅキ

プールで泳ぐ先輩は、どんな物語の主人公よりも……綺麗だと思う。 『ピィィイイッ!』  真夏の空をつんざくような、笛の音。  その音に合わせ、プールに向かって飛び込む水泳部の生徒達。  勢いよく泳いでいるから、腕や足の動きによって、大きな水の音が聞こえる。 『ザバッザバッ!』  この高校のプール場は高いフェンスで囲まれていて、生徒が見学をしようと思えば誰でも見る事が出来る状態だ。  女子水泳部が練習をしている時は、プール場付近を横切る男子生徒が多い。  逆に、男子水泳部が練習をしている時は……立ち止まっている女子生徒が多く居る。  大人数のギャラリーにつられて俺も立ち止まり、フェンス越しにプール場を眺めた。  笛の音と同時にプールへ飛び込んだ水泳部のうち、一人がゴールをする。  その男子生徒は同じタイミングで飛び込んだ部員に圧倒的な差をつけてゴールをしたようで、他の部員はまだ泳いでいるのに一人だけプールサイドへと立った。  それを見て、女子生徒が騒ぎ出す。 「「「キャーーーッ!」」」  女子生徒の声は先程の笛よりもけたたましく、プール場へと響く。  プール場には、タイムを競って泳いでいたり、飛び込みの順番を待ちながらストレッチをしている男子水泳部員がいる。  炎天下の中、無防備に素肌を晒している生徒達の肌は……小麦色に焼けていた。  それは、黄色い歓声を一身に浴びている男子生徒も、例外ではない。  息を乱した様子も無くプールサイドを歩いている男子生徒が、ふと顔を上げる。 (……あっ!)  顔を上げた男子生徒と、目が合う。  男子生徒は俺と目が合った事に気付くと、口角を少しだけ上げた。  それを見て、女子生徒が黙っている筈がない。 「「「キャーッ! 浅水(あさみず)先輩ーッ!」」」  鼓膜が破けてしまいそうな程大きな歓声から、俺は逃げるように歩き出す。 (バレて、ない……よな?)  女子生徒は、彼の笑顔をファンサービスか何かだと受け取っただろう。  バレてしまうくらいなら、勘違いしてくれている方がまだいい。  炎天下の中、俺は図書室を目指して歩く。  脳裏には、先程の笑顔がこびりついていた。  あの男子生徒の名前は浅水月泳(つくよ)と言って、この高校の三年生だ。  水泳部部長、それでいて女子生徒の憧れの的。  そして……俺、岡本洋図(おかもとうみと)の……彼氏だ。  辺りが暗くなり、外から聞こえていた運動部員の掛け声や、吹奏楽部の演奏が聞こえなくなった頃、俺は自分の所属しているクラスの教室にいた。  顔を上げて時計を見ると、いつの間にか針は夜の七時を指していたようだ。運動部の練習が終わっている時間……俺は帰り支度を始める。  プール場から離れた後、図書室に行って本を借りた俺は、それから今の今までずっと、借りた本を読んでいた。 (結構読んだな)  ゆっくり読んでいたつもりだったが、数時間ぶっ続けで読んでいたせいで、借りたばかりの小説が読み終わりそうだ。  本を鞄にしまった時、廊下から足音が聞こえた。  開いていた教室の扉から、一人の生徒がやってくる。 「お待たせ」  浅水先輩だ。  ほんの少し濡れたままの髪に、こんがりと焼けた肌……その姿は、れっきとした水泳部員に見える。 「お疲れ様です」  鞄を手に持ち、浅水先輩に近付く。  浅水先輩は俺を見て、小さく笑う。 「何して待ってた?」 「読書です」 「またかよ。飽きないなぁ……」  二人で並んで教室を出て、そんな雑談をする。  部活に所属していない俺は、こんな時間まで学校に残っている必要は無い。読書なんて家でも出来るし、正直……家の方が集中出来る。  それでも俺は、放課後いつも教室にいた。  隣に立つ浅水先輩を、チラッと見る。  俺の視線に気付いた浅水先輩が、また笑顔を作った。 「どうした?」  普段は他学年だから関わりが無く、放課後は部活動に励んでいる中、女子生徒にもてはやされている浅水先輩と二人きりで過ごせる、唯一の時間……それが、下校時間。  俺はこの時間が、好きだ。だから、浅水先輩の部活が終わる時間を、教室で待ってしまう。  スポーツ選手だから熱血なイメージを持っていたが、浅水先輩は割とクールな人だ。部活中の私語は少ないし、大きな声を出して笑っているところなんか見た事がない。  浅水先輩の笑顔は、口角を少し上げる程度だが……そういう大人びた笑い方も、嫌いじゃなかったりする。  そんなクールな笑みを浮かべている浅水先輩から視線を外して、俺は前を向いて口を開く。 「部活中に、あぁいう事は控えた方がいいと思いますよ」 「あぁいう事……って、何?」  俺の指摘に、浅水先輩は身に覚えがありませんといった様子だ。  階段を下りながら、俺は口ごもる。 「あぁいう事っていうのは、その……俺と、目……目が、合った時に……えっと」 「目?」  生徒玄関に辿り着き、一旦各々の靴箱があるところへ向かう。  外靴に履き替えてから合流し、浅水先輩が思い出したかのように頷いた。 「あぁ……笑いかけた事を言ってるのか?」 「……はい」  何故だか照れくさくなって、俺は俯く。  浅水先輩は俺の隣で、理由は分からないが楽しそうにしている。 「相変わらず、照れ屋だなぁ」 「照れ……ッ!」  浅水先輩の言葉に、頬へ熱が集まった。  どうやら浅水先輩は、俺が浅水先輩に微笑まれてドキドキするから、そういう行為を控えて欲しいと思っているんだと誤解したらしい。  浅水先輩に笑顔を向けられて、ドキマギしているのは否定しないが……今さっきの言葉はそういう意味で言ったものではない。 「お、俺がどうこうじゃなくて……ファンの子が、誤解しますよ」 「誤解?」  自分が興味を持っていない相手にはとことん鈍感な浅水先輩は、俺の言いたい事をいまいち理解していないようだ。小首を傾げている。 「自分に笑ってくれたんだって、思っちゃう人もいるかもしれないじゃないですか……」 「ふーん」  つまらなさそうな相槌を打って、浅水先輩が前を向く。 (『ふーん』って……!)  浅水先輩の事を考えて進言しているのに、他人事のような反応。  浅水先輩らしいと言えばらしいが、俺は雑談のつもりで言ったのではない。  俺はあからさまにムッとした表情で、浅水先輩を見る。 「いいんですか? 誤解されても……」 「別に?」  並んで校門を通り抜け、歩道を歩く。  すると突然、浅水先輩の手が伸びてきた。 「岡本が分かってるなら、それでいいよ」  そう言って、俺の頭をクシャリと撫でる浅水先輩は、笑顔だ。 (また、この笑顔……っ)  俺にだけ見せるこの笑顔に、俺は弱い。多少の事なら、水に流してもいいかと思ってしまう程だ。  俺の頭を撫でながら、浅水先輩が更に笑う。 「ふっ……岡本、顔真っ赤」 「っ!」 「ほんと、オレの事大好きだよな」  浅水先輩が、立ち止まる。つられて俺も立ち止まると、頭に載せられていた浅水先輩の手が、ゆっくりと下に向かって動かされた。  頭からこめかみを撫で、頬に触れる。そのまま少しだけ頬を撫でると、クイっと顔を持ち上げられた。 (えっ……嘘、ここで……?)  浅水先輩が俺に、何をしようとしているのか気付く。  すると、俺は思い切り下を向いた。 「だ、駄目です!」 「何で?」  浅水先輩の手が離れない。  それでも、こんなところで……嫌だ。 「ひ……人が、通るかもしれないから……っ」 「オレは気にしないけど」 「俺は嫌です……!」 「ふーん」  俯いたままの俺をどう思ったのかは分からないけれど、浅水先輩が興味無さそうに呟く。  俺の頬から、浅水先輩の手が離れた。 「別に、キスくらい誰かに見られたって、何も減らないと思うけど」  そういう問題じゃないだろう。  浅水先輩は、他人に対してかなり雑だ。  水泳部員の事は気にしているだろうけど、浅水先輩に向けて黄色い声を上げている女生徒には関心が無い。恐らく、ファンである女子生徒の名前を一人も把握していないだろう。  交友関係は狭くしているが、そこまで深くも接しない……そこに難癖をつけるつもりはないけれど、こういう価値観の違いには毎回戸惑う。 「減るとかじゃ、なくてですね……っ」  浅水先輩がどうかは知らないけれど、俺はキスをするなら二人きりの時がいいし、誰にも見られたくない。  それに、浅水先輩は人気者だ。そんな人が男と付き合っているなんてバレたら……周りはきっと、軽蔑するなり引くなりするだろう。  仮にそうなったとして……浅水先輩は、どんな目で周りから見られても気にしないとは思う。  けれど、好奇や軽蔑の眼差しが浅水先輩に向けられるのは……俺が嫌だ。 「照れ屋だなぁ」  照れているからじゃないけれど、わざわざ訂正する必要も無い。  浅水先輩が歩き出したので、俺も歩き出す。 (俺だって……キス、したい)  前回の日曜日、水泳部は大会があった。  大会に向けていつも以上に練習時間を増やしていた浅水先輩は、休みの日も時間が許す限りプールで泳いでいたらしい。  早朝や夜といった、プールで泳げない時間帯には筋トレをして体力作りをしていた浅水先輩と過ごす時間は、極端に減った。むしろ、無くなったくらいだ。  帰宅する際も、家まで走り込みをしていた浅水先輩とこうしてまた一緒に下校出来るのは、凄く嬉しい。この間までは練習中にプール場をフェンス越しに眺めていても気付かれなかったし、ましてや触れる事すら出来なかった。  それがやっと、視線が合うようになって触れられるようになって……健全な男子高校生としては、やましい気持ちを持ったって仕方ないだろう。  大会が終わって、金曜日の今日になるまで、この一週間……浅水先輩はやたらと俺に触れてきた。  頭を撫でて、頬に手を添えて……それ自体が嫌なわけじゃない。  ただ俺は、いくら盛っていても場所は選びたいだけなんだ。  隣を歩く浅水先輩を見つめる。 (カッコいい……)  焼けた肌は、浅水先輩が水泳を頑張った証だ。好感しか持てない。  真っ直ぐに前を見つめている目も、いいなと思う。姿勢もいい。  一ヶ月以上、まともに触れ合っていない相手を見つめていると……何だか妙な気持ちになってくる。 「岡本」  不意に、名前を呼ばれた。 「はい?」 「明日、午後って予定あるか?」  明日は土曜日……丁度、何の予定も入っていない。  俺は浅水先輩に対して、小さく頷く。 「はい、空いてます」  俺の返事を聞いて、浅水先輩が視線を向けてくれる。 「明日の練習は午前中だけなんだが……午後から、図書館にでも行かないか?」 「浅水先輩が、図書館……ですか」 「何だその顔は」  目を丸くした俺を見て、浅水先輩がムッとした表情をしながら俺の頬を人差し指でつついた。 「す、すみません……予想外で、つい」 「こういう時は素直だなぁ」  人差し指の先端で、頬をグリグリと押してくる。  子供っぽい事をしてくる浅水先輩も、嫌いじゃない。 (ちょっと、可愛いかもしれない……)  決して、浅水先輩を馬鹿にしたつもりではなかった。が、浅水先輩からしたら小馬鹿にされたと思ったかもしれない。だから、ちょっと拗ねたような顔をしているんだ。  その様子が、何だか可笑しい。  きっと、俺に気を遣って図書館を選んでくれたんだろう。  もしかしたら受験生だから、何か本を借りたかったのかもしれないけれど……どちらにしても、嬉しいのには変わりない。 「ふふっ、すみません……明日の午後ですね、分かりました」 「ムカつくなぁ」 「いた、いたたっ」  遠慮なく人差し指をグリグリされて、俺は思わず痛みを訴える。  それを聞いて、浅水先輩が指を離した。 「何だったら、見学に来てもいいぞ」  水泳部が土曜日に練習をする時、生徒はプールサイドにある椅子に座って見学をしてもいいようになっている。  大会前の大事な練習は、部員の集中力を乱さないようにと、見学が出来ない。  見学が出来るという事は、どうやら近日中に大会は予定されていないようだ。  見学をする為の条件は二つ。同じ高校の生徒である事と、制服を着用する事。そうすれば、部員の邪魔にならない範囲で見学が出来る。  見学解禁初日は、浅水先輩を一目見ようと女子生徒が多いだろうが……男子生徒がいないわけでもない。 「気が向いたら、行きます」  わざわざ制服を着て出掛けるのは気乗りしないが、出来るだけ前向きに考えよう。  そうこうしていると、分かれ道に着いてしまった。  浅水先輩が立ち止まって、俺を見つめる。 「家に着いたら、ちゃんと連絡するように」  まるで子供に言い聞かせるかのような、優しい声色。 「はい」  明日も会えるのに、いつもここに着くと寂しい気持ちになってしまうのは、女々しいだろうか。  けれどそんな雰囲気を悟られないように、俺はポーカーフェイスを気取る。 「じゃあ、また明日」 「はい」  頷くと、浅水先輩の手が数回だけ、俺の頭をポンポンと優しく撫でた。  暫く見つめ合ってから、どちらからともなく背を向けて歩き出す。 (明日、絶対昼前には起きよう……)  そんな低い目標を心の中で掲げ、俺は家に向かった。  低い目標の、筈……だったんだ。 (朝の七時……?)  あまりにも健康的すぎる目覚めに、スマホで時刻を確認しながらげんなりする。  普段の休日なら、早くても九時に起きる俺だが……七時って何だよと、思わず自分で自分にツッコミをいれてしまう。  昼前に起きようと意識しすぎて早起きしてしまったのか、それとも別の理由か。 (浮かれすぎだろ……)  久し振りに浅水先輩と一緒にゆっくり過ごせる……どうやら、相当楽しみにしていたらしい。  驚くくらい目が冴えていて、二度寝する気にはなれない。  朝ご飯を食べた後に高校へ向かえば、八時から始まる水泳部の練習を最初から見る事が出来るだろう。  けれど俺は、途中から見に行こうと思っている。練習開始と同時に見学している生徒もいるにはいるが、その時間には行きたくない。  何故なら、浅水先輩に物凄くからかわれそうだからだ。  そうなると、朝ご飯以外の何かで時間を潰さないといけない。  鞄の中から机の上に置いた、図書室で借りた本に視線を向ける。  読書という手もあるにはあるが、気乗りしない。集中して読めそうにないからだ。  上体を起こして伸びをすると、やりたい事が一つだけ思い浮かぶ。 (風呂でも入るか)  昨日の夜にも入浴はしたが、夏は夜でも十分に暑い。寝ている時にかいた汗を流しておくのはなかなか有意義な時間の使い方な気がする。  そうと決まれば行動あるのみ。  着替えとして制服を手に取り、俺はリビングに向かう。  リビングに辿り着くと、まずは制服を脱衣所に置いておこうと思い、脱衣所へ直行。 「あら、洋図。早いわね」 「母さん……おはよう」  制服を置いてからもう一度リビングに向かうと、母さんが食卓テーブルの椅子に座っていた。  冷蔵庫から菓子パンを取り出して、母さんの正面に座る。  母さんはニコニコしながら俺を見て、コーヒーカップを手に取った。 「今日も水泳部の見学?」 「うん」  菓子パンを頬張り、母さんの問いに答える。  母さんは相変わらずニコニコしながら俺を見ていて、何だか落ち着かない。 「高校でも水泳部、入ったら良かったのに」  そう言って母さんは、コーヒーカップに口をつける。  ふと、プールの中で優美に泳ぐ浅水先輩を思い出す。  菓子パンを食べ終えて、俺は小さく笑った。 「見てるだけでいいんだ」  椅子から立ち上がり、そのまま脱衣所に向かう。  俺は中学時代、水泳部に所属していた。  それは水泳が好きだというわけではなく、中学校の決まり事で仕方なかったからだ。  俺が通っていた中学校では、生徒は必ず部活に所属しなくてはならない。そんな決まりがあったせいで、俺はやりたくもない部活動をやる破目になった。  何となくで選んだ水泳部……そこで知り合ったのが、浅水先輩だ。  中学生の頃から群を抜いて泳ぎの上手かった浅水先輩は、ヤッパリ人気者だった。あの頃から女子生徒にキャーキャー言われていた気がする。そして、今と変わらず気にしていなかった。  誰よりも綺麗なフォームで泳ぎ、誰よりも速くゴールをする……そんな浅水先輩に、俺はいつの間にか惹かれていったのだ。  真っ直ぐに目標へ向かって努力をする浅水先輩に追いつこうと、一時期は必死だった。  そんな俺の努力は、別の結果で実る事となる。  浅水先輩の次か、もしくは同じくらい練習に励む俺を見て、浅水先輩が興味を抱いてくれたのだ。  他人にあまり関心を抱かない浅水先輩が俺の練習を見てくれたり、自主練習が終わったら途中まで一緒に帰ってくれたり……信じられない話だとは思うが、二人の時間が増えていった。  そこから、何でだったか……浅水先輩がやたらと俺に触るようになったのを、憶えている。  そして、三年生が水泳部を引退する日……浅水先輩に、告白された。  そこから今まで、誰にも気付かれる事無く関係を保ち続けて……我ながら、何をする為に水泳部へ入部したんだよという感じだ。  脱衣所で服を脱ぎ、風呂場へ入る。  シャワーを浴びて、頭を洗ってから顔を洗って……体を洗おうとした時だった。 (今日って……図書館にしか、行かないのか?)  そんな疑問が頭をよぎる。  それと同時に、自分の考えを振り払うように頭を振った。 (いや、期待してるとかじゃなくて……!)  濡れた髪から、水が飛ぶ。その音にハッとして、俺は一旦落ち着こうと深呼吸をする。  ここだけの話……俺は浅水先輩の、童貞を貰っている。つまり、タチ? が浅水先輩で、俺が……えっと、ネコ? だ。  これまた、ここだけの話……初めては、浅水先輩が中学を卒業したその日だった。  浅水先輩の部屋で、想像もしていなかった行為に戸惑いはしたけれど、浅水先輩は色々調べていてくれたんだろう。俺に嫌な思いはさせず、初体験は見事成功した。  性に盛んな年頃の男同士だ。タイミングさえ合えば、ヤれる時にヤるのが普通だろう。  かと言って、獣のように頻繁にヤッているわけではない。  が、正確な回数は憶えていない。  思えば、最後にヤッたのがいつだったのかも憶えていない……浅水先輩が大会の為に、自分の時間を水泳に極振りしていたからだ。  いつも、事前にヤるぞと言われるわけではない。気付けば、そういう流れに持っていかれているのだ。  大会が終わってから、スキンシップの多くなった浅水先輩を思い出すと……今日、浅水先輩にその気があってもおかしくない。 (馬鹿か馬鹿か、馬鹿か俺は!)  どんどん顔が熱くなっていき、俺は頭を抱えた。  もう何回もヤッたんだから、今更意識するのも可笑しな話だと思う。けれど、気恥ずかしさが残っているのだから、仕方ない。  どうして風呂場で思い出してしまったのか……理由は、俺のポジションにある。 (準備、しておくべき、なんだろうか……?)  俺が突っ込まれる方という事は、ケツを使われるという事だ。  衛生的な意味も込めて、浅水先輩は行為の時は大体コンドームを付けてから、俺に突っ込む。  だったら、俺だって衛生面に気を遣うべきだろう。  そうなると……今のこの状況は、そういう事になるんじゃないか?  そもそも久し振りにケツを使うかもしれないのだから、ある程度慣らしておく必要もあるかもしれない。 「…………っ」  自分の秘所に、そっと手を伸ばす。  ケツの膨らみに触れて、慌てて手を引っ込める。 (ここで慣らしておいたら、ヤる気満々みたいだろ!)  行為の時、浅水先輩はこれでもかと言う程、ほぐしてくる。  それは俺の事を気遣ってくれているからだと分かっているし、現にそうしてくれるおかげで痛くないわけだから助かっているには、まぁ……助かっている。  今までの経験から推測すると……もし、今日の浅水先輩がそういうつもりだったとしよう。浅水先輩は絶対に、穴を弄りまくる。そこで俺が今、事前にほぐしていたらどうなると思う?  触られたら、俺が自分でほぐしたかどうかなんて分かるだろう。バレてしまうに違いない。 (いや、でも……全く期待してないってわけじゃ……いやいや、だけど……っ)  誰に言い訳しているわけでもないのに、グルグルと思考がいったりきたり……俺は風呂場で一人、頭を抱え続けた。  風呂場で悩みに悩んでいた俺は、今現在……制服に着替えて、高校までの道のりを全速力で走り抜けている。 (クソ! 俺って、本当に……馬鹿かッ!)  真夏の太陽が、容赦なく熱い日差しを浴びせてくるが、そんな事を気にしている場合ではない。  風呂場で悶々と悩んでいた時間が長かったらしく、気付けば練習が終わりそうな時間になっていたのだ。  アスファルトの上を、必死に駆け抜ける。  中学時代に運動部だったおかげか、体力と脚力には自信がある。とは言っても、高校に入ってからは帰宅部で、中学三年生の後半時点で引退していたから、多少のブランクはあるが……それでも、俺はなりふり構わず走り続けた。  高校に近付くと、見覚えのある制服を着た人達とすれ違う。 「浅水先輩、メチャクチャカッコ良かった~」 「暑い中見に行く価値あり、だよね!」  見覚えのある制服は、俺が通っている高校の制服だ。  会話から察するに、水泳部の練習を見に行っていた学生達だろう。 「相変わらず、綺麗なフォームだったよね!」 「フォームとか、ちゃんと分かってないくせに何言っちゃってんの?」 「こういうのって雰囲気が大事じゃん!」  これだけ、浅水先輩が中心の話題をしている女子生徒が歩いている。  と、いう事は……? (まさか、もう……!)  高校の校門を通り、水泳部が練習に浸かっているプール場へ向かう。  こんなに暑い日だっていうのに、浅水先輩を見る為だけにプール場へ向かった女子生徒が、練習の最中に帰るだろうか?  女子生徒が高校に背を向けて歩いていた……全速力で走らなかったとしても、その事実だけで、心臓が痛い。 (浅水先輩……っ!)  プール場がフェンス越しに見えて、走る速度を緩める。  プールサイドには誰もおらず、見学者用のベンチにすら誰も座っていない。  暑さから吹き出た筈の汗が、冷や汗のように感じる。  水泳部の練習は、終わってしまったのだ。 (どうしよう……っ)  今日の約束は、午後から二人で図書館へ行く事。たった、それだけ。  水泳部の練習は、見に行けたら行くと伝えただけで、明確な約束ではない。  だから、見れなくたって何も問題は……ない、筈なのに。  プール場の周りに建てられたフェンスに、指をかける。  そこで、自分の目を疑った。 (……あ、れ?)  水面が、揺れた。  風に揺れたとか、地震が起きたとかでもなく、プールの中心が確かに揺れたんだ。  その振動は、表面からではなく……下からだった。 『ザバッ!』  揺れた水面の真下から、一人の男性が突然頭を出す。 (あ……っ!)  フェンスから手を離し、俺は急いでプールサイドへの入り口目掛けて走り出した。  水の底から顔を出したのは、肌を小麦色に焼かせた一人の生徒だ。  その人は、見間違える事の出来ない……俺の、大事な人に見えた。  プールの中央で、空を見上げている男子生徒に向かって、俺は大声で名前を呼んだ。 「浅水先輩ッ!」  プール場に声が響く。  靴と靴下を脱いで、俺はプールサイドへと入った。  男子生徒は俺の方を、ゆっくりと振り返る。 「……お疲れさん」  口元を少しだけ緩めて、男子生徒……浅水先輩が、俺よりも低い声で返事をした。  俺を見つけて、笑ってくれたのは嬉しい。  だけど……それ以上に、胸が痛い。 「浅水先輩……俺、練習に間に合わなくて……っ」  せっかく、浅水先輩が泳いでいるところを見るチャンスだったのに……練習に、間に合わなかった。  浅水先輩はプールサイドに立ち尽くす俺に近付いて、プールの中から俺を見上げる。 「凄い汗だな。走ってきたのか?」 「いえ、あ……はい」 「何だよその返事」  俺を見上げたまま、浅水先輩は笑っている。  いつもなら、浅水先輩の笑顔を見たらホッとするのに、今は直視できない。 (待たせてしまったんだ……)  水泳部の練習が終わって、部員も皆帰ったこのプール場でたった一人、浅水先輩は俺が来るのを待っていたんだ。  俺が来ると、信じてくれていた。  それなのに俺は、間に合わなくて……合わせる顔が、ない。 「浅水先輩、俺――」 「岡本、ちょっと」  言葉を遮られ、反射的に浅水先輩の顔を見そうになるのを、何とか堪える。 「……はい」  不満や文句を言われても、受け止めよう。  俺は浅水先輩から視線を逸らしたまま、小さく頷いた。  すると浅水先輩は、予想外の言葉を口にする。 「もう少し泳いでもいいか?」 「え……?」  あまりにも予想外で、俺は堪らず視線を向けてしまった。  目が合うと、浅水先輩がまた、口元を緩める。 「今日はギャラリーが多くて、練習に集中できなかった。だから、泳ぎ足りない」  それが本心なのか、分からない。  だって、水泳の事しか頭にないってくらい水泳馬鹿の浅水先輩が『泳ぎ足りない』って言ってるくせに、笑顔のままなんだ。  もしかしたら、俺に練習を見せようとしてくれている浅水先輩の配慮かもしれない。  そうは、分かっている筈なのに。 「……はいっ」  勝手に、口角が上がってしまう。  声が、弾んでしまった。  俺の笑顔を見て、浅水先輩はどう思ったんだろう。  きっと……喜んでるんだろうな。 「そっちは暑いだろうに、悪いな」  そう言うくせに、笑顔のままなんだから。  浅水先輩は俺を見上げたまま、優しい声色で呟く。 「すぐ終わらせる」 「え……っ」  浅水先輩の言葉に、思わず表情を暗くしてしまった。 (ずっと、見ていたいくらいなのに……)  浅水先輩の泳いでいるところを見るのは、好きだ。  毎日、用事もないのにプール場の近くを歩いているのは、それが理由。  その事を浅水先輩本人に伝えた事は無いし、伝えるつもりもない。  だから、今の言葉は完全に失言だ。 「ん?」  浅水先輩が不思議そうに俺を見上げる。  練習に間に合わなかったくせに、『泳いでいる姿を見たいので沢山泳いでください』なんて、言えるわけがない。  俺は持ってきていた鞄から、白いブックカバーをかけた本を取り出す。そして、プールサイドに体育座りをして座り込む。 「ほ、本……そう、本を読む時間になるので……泳ぐ時間は、そんなに気にしなくて大丈夫です……」  我ながら、苦しい言い訳だ。  浅水先輩は、俺が浅水先輩の泳いでいる姿を見るのが好きだと、知っているかもしれない。そもそも付き合っているんだから、何を隠す必要があるか。  けれど、浅水先輩は言及しない。 「ふっ。分かったよ」  小さく笑ってそう言うと、俺の傍から離れた。  そして、一人で泳ぎの練習を始める。  俺は興味が無さそうなフリをする為に、本を開く。  そのまま本に目を通しているフリをしながら、チラッとプールへ視線を移す。 (……綺麗)  姿勢よく、水中を泳いでいる姿が好きだ。  息継ぎをする為に、一瞬だけ見える顔も好き。  一生懸命動かしている四肢も好きだし、ザバザバと響く水の音も、大好きだ。  浅水先輩が……そして、浅水先輩が起こす何もかもが……愛おしくて堪らない。 久し振りに見た浅水先輩の泳いでいる姿は、綺麗だ。視線のカモフラージュ用に用意した本のページをめくる事も出来ず、ただただ視線を奪われる。  夢のような時間を、いったいどのくらい体験したのだろう。 「はぁ……お待たせ」  ひとしきり泳ぎ終わった浅水先輩が、俺に近寄って満足そうにそう言った。  慌てて本に視線を移し、俺は小さな声で呟く。 「お、お疲れ様です……」  浅水先輩の両手が、プールサイドに伸びる。 「岡本。そのまま後ろ向け」 「後ろ、ですか?」  浅水先輩の言葉の意味は分からないが、俺は言われた通り、体育座りをしたままプールに入っている浅水先輩に、背を向けた。  すると後ろから、水の音がするのと同時に、背中に濡れた何かがぶつかる。 「え、な、何……!」  顔だけで振り返ると、すぐ近くに浅水先輩の顔があった。 「っ!」  顔の近さに、俺は慌てて俯く。  背中に当たっているのは、浅水先輩の背中だ。プールの水で濡れているから、それが制服越しにも伝わっているんだろう。 「はぁ……丁度いい背もたれだ」 「背もたれって……浅水先輩、背中がどんどん濡れていくんですが……」 「汗かいてたんだし、別にいいだろ。それに日差しが強いから、すぐに乾きそうだ」  俺によしかかったまま、浅水先輩が俺の足元に置いていた栞を手に取る。 「まだこの栞使ってるのか?」  浅水先輩が手に持っている栞は、俺のお気に入りだ。  付き合って、初めて浅水先輩から貰ったプレゼントだから。 「……悪いですか」  ムッとして浅水先輩を振り返ると、浅水先輩は栞を人差し指と親指でつまみながら、俺と同じようにこっちを振り返る。 「まさか」  そう言って、浅水先輩は口元を緩めた。 (……嬉しそう、だな)  心ゆくまで泳いだからなのか、俺が浅水先輩から貰った栞を大事に使っているからなのか、浅水先輩は上機嫌だ。  俺にもたれかかっている浅水先輩を、ジッと見つめる。  栞をつまんだまま上機嫌そうに笑っている浅水先輩と、視線が重なった。  それが何故だか気恥ずかしくて、俺はまたもや俯いてしまう。  すると、後ろから名前を呼ばれた。 「岡本、こっち向いて」  その声は、いつもの少しからかったような口調とは違う。  先輩だからとか、そういう声じゃなくて……低くて、胸の辺りがそわそわする声。  ――恋人としての、呼びかけだ。 「……っ」  立てている膝の上に両肘をつき、本を開いたままもう一度振り返る。  俺を見つめたままの浅水先輩と、視線が交わった。 「岡本、好きだよ」  そう言った浅水先輩の顔が、近付く。  俺に告白をしてくれたあの時と変わらない、真剣な表情と声……浅水先輩が今、何をしようとしているのかは、分かっている。  分かっているのに、昨日のように俯いて避けようとは……何故か、思えない。 「今回は、逃げないのか?」  額と額がくっつき、浅水先輩の吐息がかかる。  ジッと見つめられて、頭の奥がクラクラしてくる感覚が、不思議でたまらない。  顔が熱い。心臓なんて、走ってる時と同じくらいバクバクしている。 「…………少し、なら」  こんな時間に、こんな場所にいる人なんていないんじゃないか……心の奥にあるほんの少しの甘えが、ジワジワと全身に広がっていく。  額が離れると、俺はギュッと目を閉じた。  ――ちょん、と……触れるだけのキスを落とされる。  目を開くと、浅水先輩の笑顔が飛び込む。 「少し」  意地悪く笑いながら、浅水先輩が呟く。  揚げ足を取られたようで、俺はムッとする。 「何だよ、自分で言ったんだろ?」 「そうですけど……っ」  意地悪な人だ。つくづくそう思う。  いつも俺の事を振り回すし、変なところで過剰に触れてくるかと思ったら、触れて欲しい時にわざと放置して……本当に、酷い人だ。  だけど……そんな浅水先輩が。 「……浅水先輩」  ――好きです。  続く言葉は閉じ込めて、今度は俺から浅水先輩に……触れるだけのキスをした。  男子更衣室に置いてあるベンチに、浅水先輩が座っている。 「んっ……んんっ」  浅水先輩に抱き付くように密着して、何度も何度もキスをして、どのくらい経ったんだろう。  空白の時間を急いで埋めるかのように、お互いがお互いを貪るように、飽きもせずキスをする。 「はっ、ぁ……浅水、先輩……っ」  気付けば制服のズボンからベルトを外され、チャックまで下げられている。 「岡本の硬いの、さっきからずっと当たってる」 「浅水先輩のだって……っ」  恥ずかしくなって身じろぐも、浅水先輩は気にした様子も無く、俺のズボンとパンツを下げていく。 「ずっと抜いてなかったから、結構限界」 「あ……っ!」  浅水先輩の指が、後ろにゆっくりと挿入されていく。 「ん……っ」  思わず、小さく息を呑む。  すると浅水先輩の指が、いつもとは違った動きをし始める。 「……ん? 何だ……?」  いつもなら、ゆっくりと指を抜き差しして少しずつ慣らしてくれる浅水先輩の指。  それなのに今回は、ゆっくりと奥まで挿れられたかと思うと、すぐに引き抜こうとして……ピタリと動きを止めたのだ。  浅水先輩がブツブツと何かを呟きながら、なぞるように入り口に指を這わせる。 「……浅水、先輩……?」  いつものほぐし方と全然違う動きに、俺は目の前にいる浅水先輩を見た。  不思議そうにしている浅水先輩と、視線が重なる。  そして、浅水先輩はもう一度……奥まで指を挿れた。 「……っ」  俺がまた、小さく息を呑むと……浅水先輩が目を丸くして俺を見つめる。 (何、その顔……っ! まさか――)  俺がある事に気付くと同時に、浅水先輩が口を開く。 「……岡本、まさか――」 「言わないでくださいっ!」  浅水先輩の開いた口に、俺は慌てて手を押し当てた。 「んぐっ」  くぐもった声を漏らす浅水先輩から、俺は視線を逸らす。 「い、言わないでください……っ」  慣らすべきか慣らさないべきか、随分と悩んだ。  浅水先輩の手を煩わせるのは嫌だけど、ヤる気満々だと思われるのも恥ずかしくて嫌で、悩んで……悩んで。  ――俺は、自分で後ろを、ほぐした。  それが、水泳部の練習時間に間に合わなかった理由。  小さく震えながら、浅水先輩の口元を覆っていると、その手をペロッと舐められた。 「わ……!」  驚いて手を離すと同時に、浅水先輩の指が一気に三本も挿入される。 「ひ……や、あっ!」  驚いて背筋をピンと伸ばすと、浅水先輩が俺の耳元で囁く。 「自分で、弄った?」  口調は凄く穏やかなのに、行動は全然穏やかじゃない。 「あ、あっ! んんっ、や……ッ!」  普段のほぐし方とは、全然違う。  三本の指が無遠慮に抜き差しされて、体が勝手に反応してしまう。  何回も浅水先輩に抱かれたからか、俺の体は後ろでも感じるようになってしまった。  浅水先輩に触られるのは久し振りだけど、つい数十分前まで自分で慣らした秘所は、アッサリと快感を見出してしまっている。  その様子を見れば、俺が答えなくたって浅水先輩は分かるだろう。 「期待してた?」 「や、だ……っ、言わないでくだ――あっ!」  予告無しに奥まで指を挿れられて、勝手に甘い響きを含んだ声が漏れる。 「結構、念入りに弄った? 久し振りなのに、すんなり指が入る」 「やだ、嫌です……言わないで、くださいっ」 「顔真っ赤だぞ、ふっ……エロいなぁ」  相変わらず穏やかな口調なのに、指の動きはどんどん激しさを増していく。  まるで指だけでイかせようとしてるのかと思うくらい、何度も何度も乱暴に抜き差しされて、堪らずしがみついた。 「そ、んなに、あっ! 乱暴に、しないでっ」 「可愛すぎてムリ」 「いや、いやですっ」  浅水先輩の広い背中にしがみつきながら、乱暴な指使いに耐える。  ただ抜き差しされるだけではなく、指の腹で中を擦られ、どんどん体が熱くなっていく。 (恥ずかしい……ッ)  浅水先輩と、エロい事をしたくなかったわけじゃない。  だけど、こんな風に辱められて……顔から火が出そうだ。  だと言うのに、体は貪欲になっていく。 「あっ、ぁんっ! ん、はぅ! 先輩、せんぱいっ!」 「イキそう?」  わざと、俺の好きなところを浅水先輩が指でかすめる。 「ひぅっ!」  何日も射精していなかったせいで、体がもう……限界だ。 「やだ、いやですっ! 指じゃなくて、俺ッ」  ギュッと抱き付いて、浅水先輩の首筋に顔をうずめる。  このままだと、浅水先輩は俺を後ろだけでイカせるだろう。そのくらいの調教を、体はされているんだ。  ――だけど、指じゃ嫌。 「浅水先輩のが……いいんですっ」  俺の言葉を聞いてか、浅水先輩の指の動きが緩やかなものに変わっていく。 「岡本……そんなにスケベだったっけ?」 「だから、言わないでください……ッ」 「こら、噛み付くなっ」  首筋を甘噛みすると、可笑しそうに浅水先輩が笑う。  恥ずかしくて死にそうなくらいなのに、何で羞恥心を助長させるような事を言ってくるのか、全然分からない。  浅水先輩は俺の頭にキスをしてから、一度離れようとする。 「鞄の中にゴムあるから、ちょっと待って」 「あ……浅水、先輩」 「ん?」  コンドームを取ろうと、離れようとしている浅水先輩に、俺はしがみついたまま呟く。  どうして自分を解放してくれないのか、不思議なんだろう……浅水先輩が小首を傾げる。  俺は浅水先輩にしがみついたまま、小さな声で囁く。 「……今日は、そのままが……いい、です」  俺のお願いに、浅水先輩がきょとんとした顔をしている。 「……は?」 「ちゃんと、洗いました……から」  ナマでした回数は、数回しかない。  両親がいない日に浅水先輩の家に泊まって、物凄く丁寧に後ろを洗われた時しか、ナマではシない。  俺がそこまで丹念に慣らしてきた事、洗ってきた事が予想外なんだろう。浅水先輩は驚いている様子だ。  このままくっついているのも嫌ではないけれど、俺の体はもう限界を迎えている。 「お願いします……もう、欲しくてたまらないんです……っ」  ――早く、浅水先輩と一つになりたい。  普段なら絶対にこんなねだり方はしない。恥ずかしいし、何だったら頼まれたって言わないと思う。  こうやって触れ合えるのは久し振りで、本当は大会の為の練習期間は少し、寂しかった。だから、いつもより素直になれるのかもしれない……なんて、頭の片隅で分析する。  浅水先輩は少し悩んだような素振りをしたがやがて、小さく頷いた。 「……分かった」 「ひゃ……っ!」  指が引き抜かれたかと思うと、腰を引き寄せられる。  驚いて声を上げると、腰を持ち上げられた。 「痛かったら言うように」  学校指定の水着を下ろして、中から太くて立派なものが視界に映る。 (俺相手に、こんな……っ)  そそり立った浅水先輩のものに、目が奪われた。それもそうだろう。それは、どれだけ俺に興奮しているかという……証なんだから。  持ち上げられた腰をゆっくりと下ろされ、浅水先輩のものが尻穴にあてがわれる。 「んっ」  先端が触れただけなのに、体が跳ねてしまう。  触れたところから伝わる熱に、溶けてしまいそうだ。 「好きだよ」 「んんっ」  想いを伝えた唇が、重ねられる。  くぐもった声をあげた、丁度その瞬間。 「~ッ!」  一気に、浅水先輩のものが奥深くまで突き刺された。  ついさっき『痛かったら言うように』なんて、俺の事を心配してくれているかのような発言をした人がする行為とは思えない程、乱暴だ。  目の奥が、チカチカする。  熱くて太くて硬いものが突然押し込まれているからか、息が苦しい。  なのに、痛みは……無い。 (浅水先輩と、エッチ……してる)  女子生徒にキャーキャー言われて、水泳部員からも信頼されている浅水先輩が……今は、俺だけを見て俺に興奮しているんだ。 「岡本……っ」  エッチをして、快感に顔を歪めている浅水先輩を知っているのは、俺だけ。  その事実が、嬉しい。 「締め付けが、凄い……ヤバイ」 「は、恥ずかしい事ばっかり、言わないで……っ」 「とか言いながら今、締め付けただろ?」 「し、知らないですっ! あっ!」  ズルズルと、引き抜かれていく感覚に背中がゾワゾワする。  このまま抜かれてしまうのかという小さな不安を、抱き始める。するとまた、奥まで遠慮なく突かれる。 「あぁッ!」 「素直じゃないなぁ」 「や、やだ! いきなり、そんなっ! あ、あんッ! 激しくしちゃ、だめですッ!」  浅水先輩の熱が、何度も何度も俺の内側を擦り上げて、勝手に変な声が出てしまう。 (硬くて、熱くて……変になるッ)  久し振りの交わりは、ずっと性的な事を禁欲していた俺にとって、過激すぎる。  しかも、何故か浅水先輩は全然遠慮とか配慮が無くて……何度も何度も乱暴に突き刺してくるから、それがまた耐えられない。 「だめ、だめだめいやです! そんなに激しくされたら俺、おれッ……先輩、せんぱいぃッ!」  力強くしがみつく事しか出来ない俺を、浅水先輩もギュッと抱き締めてくれる。 「いいよ……今日は、いっぱいイかせてやる」 「むり、や、やだいやっ! 後ろだけで、イきたくないぃッ! あっ、あッ! お願い、止まっ――あ、あぁぁッ!」  されるがまま……俺は、呆気無く射精してしまった。 「あっ、はぁ……あぅ! あ、や、先輩!」 「岡本がエロすぎるから悪い……っ」 「あっ、あッ! あッ、俺、イッたばかりなのにぃッ」  浅水先輩は俺を犯す腰の動きを全く緩めず、ずんずんと奥深くを突いてくる。  久し振りにした射精の余韻にすら浸らせてくれない、強引な腰遣い。それなのに、俺の下半身は全く熱が治まっていないようだ。  一回射精した筈なのに、浅水先輩に中を擦られる度に快感が全身を駆け巡って、下半身に熱を集める。 「あッ、あぁッ! や、駄目です、あッ! 激しくしな、ぁんッ!」  水泳の練習をした後とは思えない程、激しい動き。  浅水先輩は俺の首筋に舌を這わせて、突然、強く吸い上げる。 「ひゃッ!」  それは一回では飽き足らず、位置をずらしてはまた吸い上げ、時には強く噛み付く。 (痕、付けてる……!)  キスマークや歯形を付けているんだと気付くと、羞恥心で体に力が籠る。  そのはずみで、浅水先輩の背中に……爪を立ててしまった。 「あっ!」  俺は、服で隠そうと思えば隠せる。  けれど浅水先輩は、部活動中は隠せない。  慌てて浅水先輩の背中から手を離そうとすると、腕を掴まれた。 「引っ掻いていいよ」 「で、でも……っ!」  背中に引っ掛かれたような痕が残っていたら、水泳部やファンの女子生徒に何て言われるか。  俺が危惧しているなんて気にしていないのか、浅水先輩は腰遣いはそのままに、どんどん俺の体に痕を増やしていく。 「あん、んッ! や、せんぱ……はぁんッ!」  堪らず喘ぎ声を漏らすと、浅水先輩は上機嫌そうに呟いた。 「岡本が分かってるなら、オレは周りにどう思われてもいいんだよ。だから、お前もオレに痕……付けて?」  甘えるような言い方なのに、どこか拒ませないような響きを持っている。 「は、あッ! う、ずるい……っ、ずるいですっ! あ、そこは、ふぁあッ!」 「ココ、好きだよな? またイきそう?」 「あッ! あぁッ、あんッ!」  奥ばかりを狙って突かれ、快感に体が蹂躙されて、縋るようにしがみつく。 「やだ、やだぁ! 一人でイくの、いやです! あっ、あッ、先輩ッ! 一緒、一緒にぃっ!」  体を揺すられながら、生理的な涙がポロポロと溢れる。  浅水先輩は俺を見て、余裕が無さそうな顔をした。 「煽るな、バカ……っ」 「先輩っ、せんぱいぃッ! あ、あッ!」 「っ……岡本、ナカに出すぞ……ッ」  力強く抱き締められ、ただでさえ遠慮の無かった動きが、更に遠慮容赦ないものになる。  いつもの優しい抱き方とは違う、余裕の無いエッチ……それだけで、浅水先輩がどれだけ我慢していたのかが伝わる。  全身で『好き』と言われているようで、体だけでなく心まで満たされていくようだ。 「なか、中に出してくださいッ! 先輩の、受け止めますからぁッ! あ、あぁッ!」 「洋図……イクっ!」 「先輩、せんぱいぃいッ!」  しがみついて、俺は二度目の絶頂を迎える。  俺の射精に応えるように、浅水先輩のものが奥まで深々と貫かれると同時に、中へ熱いものが注ぎ込まれた。 「ひゃぁあッ!」  熱くて、ドロドロしたものが注がれる中、浅水先輩のものがビクビクと何度も跳ねる。 (浅水先輩……気持ちよさそう……っ)  俺の腰に手を回して、首に自身の額を当てて小刻みに震えている浅水先輩が、愛おしい。 「「はぁ……は……っ」」  お互いに荒い息を吐き、絶頂の余韻に浸るこの時間も、俺は好きだ。 (慣らしておいて、正解だったか……)  ぼんやりと、数十分前の自分を褒め称える。  俺を抱き締めていた浅水先輩が身じろぐ。  そろそろ図書館へ行かないと、満足に本を探せなくなってしまうかもしれない……名残惜しいけれど、ひとまずエッチは終わりにするのかと思い、浅水先輩から離れようと胸に手を当てた。  ――その時だ。 「え……?」  肩を掴まれ、ベンチの上に押し倒された。  間抜けな声を上げると、俺の上にのしかかった浅水先輩と目が合う。 「洋図」  嫌な予感がして、肩を跳ねさせる。  俺の上にいる浅水先輩は口角だけを上げて、ニヤリと笑った。 「足りない。続けるぞ」 「え、え……?」 (嘘だろッ!)  しかし、嘘ではない。  その後、俺は泣き出しながら『もう無理です』、『許して』と言うまで、何回も何回も浅水先輩に中出しされ続ける事となった。  図書館へ向かう途中、上機嫌そうに歩いている浅水先輩の後ろ姿を、恨めしそうに俺は睨み付ける。 「嫌いです、先輩なんか大嫌いです……っ」 「ハイハイ。オレは大好きだよ」  アスリートの精力はいったいどうなっているのか、水泳部の練習以外にあれだけ俺を犯したくせに、足取りが軽い。機嫌も良さそうだし、それは何より……だけど。 (こっちはあちこちが痛い!)  大好きな図書館に行くのを断念して、ひたすら横になっていたい気分だ。そのくらい、俺の方は疲れている。  睨まれてもどこ吹く風。浅水先輩は軽やかな足取りで図書館を目指す。 「お前だって、何回もイッただろ?」 「怒りますよ……っ」 「もう怒ってるように見えるんだが」  浅水先輩は歩を緩め、俺の隣に立つ。 「悪かったよ。あまりにも可愛かったから、歯止めが効かなかった」 「っ!」  手を握ろうとしてきた浅水先輩をかわして、俺は俯く。 (そんな顔で、笑わなくたって……っ)  いつもは口元を緩めるくらいの小さな笑みしか浮かべないくせに、今の笑みは違う。  目尻を下げて、愛おしそうに俺を見下ろしている浅水先輩が、直視出来ない。 (本当に、ずるい……)  プールで泳ぐ先輩は、どんな物語の主人公よりも……綺麗だと思う。  でもそれ以上に……先輩が俺だけに向ける笑顔は、どんな物語の主人公よりも……カッコいい。

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