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第28話

「アル。」 低く落ち着いた声が、大切そうにアルの名を呼んだ。そんなに愛おしそうにしないでほしい。期待してしまうから。 「はい。」 なるべく感情を含まないように冷静に返事をする。優しい彼が困ってしまわないように。 「俺が、死んだことになっているのは、調べた?」 「…はい。」 アラン・クロフォードが死んだことになっていると、ネットの情報で確認した。 「俺たちが運命の番、という存在であることは?」 「…知っています。」 カイとロルフと運命の番について話した時、彼がそれなのだろうと実感したことを覚えている。 「じゃあ… 」 そこで彼は言葉を切った。静かな空間に、彼がすっと息を吸い込む音が響く。 その呼吸とともに、彼は苦しそうに目を伏せた。 「…俺に、人として大きな欠陥があると言うことは…?」 アランの身体が、声が、あまりに震えていたから、アルは伝えたかった。 あなたに何があったとしても、それは絶対に大きな欠陥ではないと。 震える彼の手を一回り小さい自分の手で包み込み、ぎゅっと力を込める。 大丈夫、そんなに苦しまないで。 「俺は、αに産まれながら、精子を作ることのできない身体を持った。どう頑張っても、子孫を残すことができないんだ。だから人と交わる資格などない。 今回の件だってただ自分が達成感を得るためのエゴで… …こんな俺と、運命の番だなんて、本当にアルには申し訳なっ…!?」 震えている、掠れた声。 聞いていられなくて、アルは無理やり彼の口に手を当て、言葉を止めた。 彼の目が大きく開かれ、ぱちぱちと二回、瞬きをする。 「それが、俺と交わった後、苦しそうにしていた理由ですか?」 アルが静かに問えば、彼は記憶を辿るようにしばらく目を泳がせた後、ああ、と頷いた。 「…もしも番ってしまったら、君の身体を俺と同じ、子孫を残せないものにしてしまう。 それに厄介な身だ。一緒にいたらいつか君に面倒がかかるかもしれない。」 「…あなたはどうなんですか?」 「…?」 「俺は子孫を残すだとか残さないだとか気にしない! 一度死んだことになっているのは同じだし、あの時俺はあなたに助けられた!!」 強めた声は、掠れ、震えていて、自分で聞いていてひどいと感じるほどだった。 いきなりアルが口調を強めたから、アランは唖然としている。 もちろん相手が何を考えているのかわからない中で、自らの意志を伝えるのには恐ろしく勇気がいる。 それでも一緒にいられるなら、そばに寄り添うことができるなら、それ以外いらないとわかって欲しかったから、その言葉を伝えようと思い、アルは続ける。 「…あなたが好きです。もしあなたも同じ気持ちなら、一緒にいて欲しい。 どんな道でも、隣にあなたがいればいい。」 苦しくて、ここから逃げ出してしまいたい。受け入れられなかったら、今までよりずっと、遠くなってしまう。そんな恐怖をぐっとこらえた。 「…一緒に生活していたあの頃、日に日にアルが好きになっていった。君といるとどうしようもなく満たされたんだ。 運命の番だからと言うだけではなく、君の優しさや仕草、全てに惹きつけられて。 だから俺は、君を不幸にするのが怖い。」 不幸?彼と一緒にいる幸せを打ち消すほどの不幸など、この世に存在するのだろうか。 そんなもの絶対に存在しないだろうと、アルは確信する。 「アランさんの隣にいる幸せなら、どんな不幸だって打ち消してくれます。一緒にいて欲しい。何かあっても、いつでも俺が護るから。」 「…頼もしいな。」 ふわり、と彼が陰りのない柔らかな笑みを浮かべて、その屈託のない笑顔に、アルは思わずどきりとした。 嬉しい。もしこの告白が断られたとしても、彼のこの表情を作ったのが自分であることに変わりはない。 そのまま彼は目を瞑り、アルの顎を優しく持ち上げた。どちらからともなく重なった唇からは、 …甘い、甘い、香りがした。 「君といることが幸せだ。 だから、一緒にいてほしい。」 涙声は、それでも芯を持って凛と響いた。 「俺も、一緒にいたい。」 2人のほおを、静かに水滴が辿っていく。 寂しくも悲しくも苦しくもない。 なのに溢れたから、これを幸せと言うのだろう。

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