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第32話
互いにシャワーを浴び、ゆっくり話でもしようかと、2人でバスタブに浸かることにした。
小さなバスタブは男2人で浸かるには狭すぎて、自然と足を伸ばしたアランの上にアルが背を向けて座る形となる。
晒されたうなじに刻まれた跡に、アランは軽く湯を滑らせた。
「もしかしてまだ、俺の幸せがどうだとか、考えてますか?」
不意にアルがこちらを向いて問うてきた。
ずっと一緒にいたわけでもないのに、どうして彼にはわかってしまうのだろう。
不思議に思いながらも彼の言うことは図星で、アランは頷く代わりに苦笑してみせた。
「俺は幸せですよ。あなたに出会えて、あなたを護ることができて、あなたの傍にいることができて。」
「だが… 」
彼があれだけ真剣に伝えてくれたから、わかっているのだ。でも、何年間も抱き続けた自分の体質への嫌悪は、簡単には無くならない。
「あなたは?」
「?」
「あなたは、本当に俺でよかった?」
予想外の質問に、驚きが隠せない。先ほどまでアランが全く同じことを考えていて、アルはそれを読み取ったのに。
「ねえ… 」
不安そうに彼がアランの顔を覗き込んだ。大きなトパーズとアクアマリン。彼の瞳は本当に美しい。
「アル以外、考えられない。」
耳元に囁きかけながら、後ろからぎゅっと抱きしめると、彼の首がかぁっと真っ赤に染まっていく。
「…俺も、です。」
行為の最中に覗いた笑顔とは反対の、ぶっきらぼうな声。そんなところも可愛くて、愛おしいと思う。
そのあとアルは、アランに自分の過去のことについて話をした。
もちろん彼が娼館の前に捨てられていた時点であらかた予想はついていたが、自ら辛い過去を話してくれたことにアランは感謝した。
そして最後に、
「でも俺は、あなたに出会えて初めて誰かを欲しいと思いました。人と交わることで感じたのも、初めてで。
離れている間もずっと頭から離れなくて、何度も泣きました。」
と、締めくくった。
彼の言葉の一つ一つが愛おしい。どこまで彼は自分を惹き付けるのかと、恐ろしくさえある。
「俺も同じだ。」
伝えると、アルは再びアランの方を向いて。
嬉しい、と、先ほどのひまわりのような笑みを再び浮かべた。
濡れた髪のかかった赤く熟れた唇に、たまらず唇を押し付けた。彼はこんなにもアランを思い、全てを受け入れてくれる。
シリウスを脱け出してから、やりたいことを見つけ、達成し、その過程で大切な人に再び出会えた。
自分のことが嫌いだった。無力で、欠陥品で、そのうえ常に心の中に、満たされない空虚を抱えていて。
でも、今は違う。
この理不尽な世界で、こんなにたくさんの幸せを手に入れて、
何より大切な人を、笑顔にすることができるから。
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