2 / 61

第1話

黒い地平に、白の閃光が奔る。 夜が、明ける。  人の地と、吸血の王族が住む地を隔てる高塀に腰を掛け、レイレスはゆっくりと昇っていく朝日を見ていた。  ふと、夜闇の青色に染められていた肌が、陽によって白の肌になっていくのを見て、傍にあった大樹の小枝を手折る。その指、腕の筋肉。  白いそれらは、この夜明けを幾度越えたとしても、同じ数だけ鍛錬を重ねても、成長しない。  人間の姿で言うならば、16歳ほどだろうか。少年と呼ばれる姿で、この肉体は成長を止めた。全ては、吸血の前兆だった。  吸血の民は成長が個々に違い、長い時間をかけ成長するものと、早々に成熟するものがいた。  レイレスは未だ吸血の衝動というものを感じた事が無かった。だが、三度の夏至を越え、己の生まれた雪の季節を繰り返そうと、伸びるはずの背は止まり、四肢の筋肉は細く、少女のようだった。  吸血が始まれば、全てはそこで止まる。死も無く、老いもない。  レイレスは千切った小枝を握り締め、唇を噛んだ。  幾度として傍仕えのファーロに教え込まれたが、理解できない。   信じたくなかった。  不意に、頭上で烏の鳴き声が響いた。見れば、紅を帯びた黒色の烏が円を描いて飛んでいる。  ファーロの使う烏、エニーロだった。  寝室にいないことに気付いて、飛ばしたのだろう。レイレスは背後に聳え立つ巨大な城を見上げた。長く伸びた白の尖塔はまだ中程までしか日の光を受けてはいなかった。  まだ眠りの中にいるはずの三人の姉に事が知られれば、騒ぎになるだろう。  レイレスはエニーロに向かい、手を伸ばした。円を描いていた紅い影は、レイレスへと急降下してきた。静かに指先に留まると、レイレスの頬にその頭を摺り寄せてきた。 「帰るか」  レイレスは音も無く、難なく地面へと降りると、城へと歩き出した。  見れば、尖塔の中程で窓が開かれた。  蚊の鳴くような、微かな声で、己の名が呼ばれるのをレイレスは聞いた。一番の姉、マイルレンスが、大きく手を振り、レイレスを呼んでいた。

ともだちにシェアしよう!