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☆続かない───!!
塞がれた視界、剥かれた衣服、拘束された手足、ざわめく会場、照りつける照明。
そして甲高く鳴り響く木槌の音──。
目隠しが外され目の前の男の目を見た時、生まれて初めて眼力だけで殺されると思った。
不憫坂 災 、18歳。人生最大のピンチです。
***
やあ、みんな! 改めて自己紹介するよ!
オレの名前は不憫坂 災。
何だかヤバそうな名前だって?
その通り。産まれる前は母親の腹の中でへその緒が首に巻き付き死にかけ、産まれてからは両親が借金残して蒸発、それからは施設を経て里親に引き取られた。だけどなぜだか引き取られた先で火事や盗難被害が多発し、犯人説が流れたことでオレはまた施設に戻されてしまった。
それから18になったオレは、借金返済と度重なる怪我(やたらと自転車に轢かれる)の治療費に追われて、トンデモ貧乏生活を送っている。
名は体を表わすとはよく言ったものだよね。
え? そろそろ冒頭で何があったのか話せって?
まあ、そう焦らず聞いてくれ。
事の発端を話す前に、オレの趣味の話をさせてもらう。
話した通り、オレは生まれながらの不幸体質だ。だけどそんな不幸の中で、オレはあるモノと出逢ってしまう。そう、出逢ってしまったのだ。
中2の時に車に轢かれて入院した時、隣にいた2つ上の女の子と仲良くなった。その子は漫画を読むのが好きらしく、退屈な入院生活の気晴らしに、といろんな作品を貸してくれた。
全部特定のジャンルだったけど。
彼女が貸してくれた本、それはいわゆる『ボーイズラブ』と呼ばれるものだった。初めて読んだ時、胸を鷲掴みにされるほどの衝撃を受けた。別にオレ自身は男が好きというわけではない。むしろ女の子のマシュマロのような大っきいおっぱいが好きだ。だけどオレはBLに運命的なトキメキを覚え、感じたことのない胸の高鳴りを芽生えさせたのだった。
つまるところ、知らず知らずのうちに立派な腐男子へと成長してしまっていたのだ。
それを踏まえた上で、何があったのか説明しよう。
オレは、一昔前のBLの世界へ飛ばされてしまったのだ。
何を言ってるのか分からねぇと思うが、オレも自分の状況がいまいちよく分かってない。いつものように自転車と衝突しただけで、気が付いたら見知らぬ土地にいた。
ただ、自分のいた世界では無いことだけは分かる。この世界は、やたらと肩幅が広く顔のいい男が多い。そしてそういった野郎どもの距離感がやたらと近いのである。一目見て分かる恋人同士オーラがだだ漏れなのだ。あとオネェさん達もやけに多い。通り一本歩く間に3回ナンパされた。
そんなこんなでBL世界(仮にそう名付ける)に飛ばされたオレは、どうやって家に帰ったらいいのか思案しながら街を彷徨 いていたのである。
そしてまた、車(黒光りの高級車)に轢かれたのであった。
***
で、冒頭に戻るわけなんだけど。
気が付いたら全裸で拘束されていた。聞こえるセリフから、さんざん読んできたBLのテンプレ的展開「美少年オークション」にかけられたのだと、そこで初めて理解できた。平々凡々なオレでも商品に成り得るのね、なんて考えてワクワクしてしまうあたり、腐っても腐男子なのだと自覚する。
値段がどんどん上げられているのが分かる。今は7000万らしい。そんな大金を、こんなオレに掛ける奴らの顔が見てみたい。
これは、アレだろ? このあとバァンッて扉が開いて、現れた超絶イケメンでダンディな富豪が現金1億だか2億をアタッシュケースごとステージに放って、「そいつは俺のモノだ」って言って即決価格で買われる流れだろ? オレ知ってる、そういうBL読んだもん。
扉が勢いよく開かれる音がした。
キターーーーーーッ!! さすがBL世界!! 期待を裏切らない!!
カツカツと革靴の音を立てながら、その主はオレの目の前で立ち止まった。
「コイツは俺が買う」
「あの、参加証は……、貴方はっ……! しっ、失礼いたしました、西園寺様!!」
ほう? これまたBLによく出てきそうな三文字苗字に高飛車な態度。典型的な攻めキャラじゃねぇか。
西園寺と呼ばれた男が、お前ら出せ、と声をかけた。
「こちらを」
別の声(恐らく付き人)とロックを外すような音が、彼らのやり取りの中心で聞こえる。まさか、本当に現金持ってきてんのか……?
「3億ある。文句はねぇな?」
「……っ! 西園寺様、3億円で落札です!!」
ちょっと待て、3億?? 頭イカれてんじゃねぇの?
一体どんな阿呆が3億なんて払ったんだ?
近くに気配を感じる。恐らく西園寺だろう。
頭上から、全身が震えるような低い声が降ってきた。
「お前は今から俺の奴隷だ」
そんなテンプレなセリフを吐かれても、オレはカッコよくも可愛くもない、ごく普通の不幸少年だぞ?
「あ、あのぉ~、BLキャラ未満なオレを買うより、次の子 とかどう?? どうせJ〇NE系によくいるタイプの顔した超絶キラッキラな幸薄い美少年なんでしょ?? そっちの方が性奴隷にはちょうどいいんじゃない……」
ペラペラ話している間に目隠しが外された。そして、オレは軽口を叩いたことを激しく後悔した。
目にしたのは、異国の血が混じった酷く美しい顔。
獅子の気迫を持ったその男の左手が、オレの口を塞ぐよう顔を鷲掴み、視線を交えればそこから目を逸らすことができず、怯んで強ばった喉は呼吸を止めた。
「Shush , Stupid br at. 俺の許可無く口を開くな」
「……っ」
目の前に据える圧倒的な強者のその暗く冷酷な眼差しに射抜かれ、嫌な動悸を感じては体が動かなくなる。
オレの本能が警鐘を鳴らす。
コイツには逆らうな。
いや、こんな絶対君主を前に逆らえるわけがない。
自分は、──支配される側の人間だ。
***
「んっ、……っ、ぁ……」
カビ臭くて、湿った空気。
2メートルほど上の明かり取りから差し込む僅かな光。
冷たいコンクリートの床と壁。
気色悪いほど甘ったれた声。
さながら地下牢といったこの「お仕置き部屋」に入れられてから、もうどのくらい経っただろうか。
部屋の真ん中、天井から吊るされるように頭上で留められた両腕が、血の気をなくして感覚が鈍くなってしまっていた。それがもう、怠くて仕方ない。
だが、それ以上の問題。
弱く蠢くローターが、オレのケツの中でじわじわと、だけど確実に快感を与え続ける。それがたまらなく焦れったくて、もどかしい。
もう少し強ければ。
これじゃ足りない。
もっと、欲しい──。
西園寺に着けられた少しキツめの貞操帯が、勃起したムスコを喰い千切りそうで、だけど抗えない快楽の印が隙間から雫となって床に落ちる。
局部が痛くて今にも泣き出しそうなのに、確実に攻め立てる快感が、その痛みさえもさらなる快感に変えていく。
「ぅ、やだ……、もう、……イき、たい……っ」
無機質で殺風景な暗い箱部屋の中に、聞きたくもないオレの憐れな喘ぎ声だけが虚しく響く。
これだけ長い間刺激され続けて放置されれば、何だかもう脳みそがお花畑になりそうなくらい身体は快感に酔い、強靭だと自負していた心身も共に疲労困憊してしまっていた。
西園寺 御堂 に買われて約2ヵ月。
BL世界だからといって何でもテンプレ通りというわけではないことを、この2ヶ月の間に痛いほど味わった。
文字通り、痛いほどに。
西園寺があの闇競売でオレを買った目的。
隙を見て付き人の一人にこっそり聞いたのだ。
『西園寺様のSubは、皆さんすぐに壊れてしまうのですよ。あの御方には、Dom性が持つ保護欲求がほとんどない。支配欲だけが抜きん出てしまっているのですよ』
その説明を聞いたお陰で、この世界がDom/Sub前提の世界であることを知った。
Dom/Subユニバース。オレも詳しくは知らないが、第二の性別として扱われている、いわば遺伝子レベルで組み込まれたSMのような性質。オメガバースと似たようなもの、という感じでジャンルは知っていた。
『貴方を競り落とした理由ですが、車に轢かれても軽傷で済んだ貴方を偶然見かけたからなのですよ。西園寺様は、それはもう新しい玩具 を見つけた子供のような目で、貴方の姿を追っていました』
不幸体質に鍛えられた肉体が、こんな所で災いするなんて皮肉すぎて笑えん。
『しかし気絶した貴方を回収する前に、貴方はSub狩りに連れていかれてしまった。首輪 をしていないSubを誘拐、売買する奴らがあの競売の元締め。西園寺様は裏の世界にも顔が利くのですよ。だからあの場に──』
なるほど、分からん。
つまり、何だ。オレは誘拐されて売られて、そんでもって西園寺の壊れない玩具として買われたってことか?
とんでもねぇ奴に捕まってしまったのかもしれない。
そう頭で理解したところで時すでに遅く、事態はどうしようもないほど絶望的だった。
異世界から飛んできたオレにダイナミクス は当てはまらない。Domの支配を、Subのように喜ぶことも拒むことも、オレにはできない。
ましてや西園寺のように危険なDomのプレイにトリップして、壊れることもできない。
要はこの2ヵ月の間、オレは理性と精神力のみで、西園寺の性的で凶暴なDVに耐え続けてきたというわけだ。
だからこそ、水底に沈む泥が舞い上がるような、ある感情に脳が支配される。
「いつか、殺してやる──」
耳障りな軋む音を立てる鉄扉。それを背に悠々とこちらを窺う男に向かって、精一杯の殺意を吐き出した。
終
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