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11月 part 3-8
次の日。
空港バスの発着時間まで、まだ時間はある。俺たちは、高崎山で猿を見たあと、大分市の水族館、『うみたまご』を観光していた。
まるで海中を散歩しているかのような、アクリルガラスのトンネル。海は、宝石のアクアマリンのように、きらきらと輝いている。
頭上を泳ぐ、大きな魚やサメ、エイに夢中になっている七星。俺は、そんな七星の横顔ばかり見ていた。
それにしても、七星のやつ、夢中になりすぎだ。後ろに若い夫婦がいることに、全然気づいていない。しかも女性は、抱っこ紐をつけ、赤ちゃんを抱えている。
「七星、ちょっとよけろ」
俺は七星の腕を掴んで、自分の方に引き寄せる。七星は一瞬バランスを崩し、よろけて俺の身体にぶつかる。目の前に見える七星の頭のつむじ。
そんな俺たちの横を、夫婦は会釈しながら通り過ぎていった。
なんだこれ、まるで抱き寄せたみたいじゃないか。
しばらくそのまま動けなかった。七星も動かない。無意識に、両手を七星の背中にまわそうとしている自分に気づき…
そして思い当たる。この気持ちの正体に。
気づいた瞬間、激しかった心臓の鼓動が、少しずつ穏やかになっていく。薄々感じてはいたのに、はっきりと答えにできなかった、この気持ち。
遅かったな、やっと答えに辿り着いたか、と自分の心に言われているみたいだ。ふっと笑みが零れた。
セイウチのショーの開演時間を告げるアナウンスが流れ、館内アナウンスに誘われるように、移動する観光客たち。
俺は、七星の顔も見ずに、七星の左手を掴み、ショーを見に行く観光客たちとは違う方向に歩き出す。
俺に引っぱられるようにして、半歩遅れて歩く七星。
人が少ない、熱帯魚の水槽の前で、一度立ち止まる。手を離し、七星のほおを支え、下からすくい上げるようにして、予告なく七星の唇を奪う。
ぶつからないように顔を斜めにしたつもりが、こめかみの辺りに、軽く七星の眼鏡が当たってしまう。顔を離し、カッコ悪さに苦笑する俺。
目も閉じずに、ただ驚いていた七星。次第に、瞳を潤ませ、ほおを桜色に染め、零れるような笑顔へと変わっていく。
そして、今度は七星が俺のほおを両手で持ち、軽く背伸びをしながら、お返しでもするかのようにキスをした。
恋人繋ぎをして、歩き出す俺たち。色とりどりの珊瑚礁。花吹雪のように泳ぎ回る、色彩豊かな熱帯魚たち。まるで祝福してくれているかのようだ。
好きだ、なんて、照れ臭くて言えないけど。
今は、ただ二人でいたい。
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