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拓叶の創作カクテル

…ついに、俺の番が来た。 カウンターに立ち、念入りに手を洗い、材料を準備する。 目を閉じて、たったひとりの顔を思い浮かべる。そいつがこのカクテルを飲むところを想像し、さらにそいつの笑顔が思い浮かんだところで、俺は目を開けた。 深呼吸して精神統一し、並んだスピリッツやリキュールの瓶たちと向かい合う。 さあ作ろう!このカクテルに、今までの俺を全て賭ける! 「今回、俺が使うお酒は… 冷凍のジン『ゴードン47.3°』35ml ピーチ・リキュール『パジェス・クレーム・ド・ペシェ』10ml レモン果汁5ml そして、桜リキュール『ジャポネ桜』10ml。 桜リキュール『ジャポネ桜』は、小田原の八重桜の花と、伊豆の大島桜の葉を漬け込んだ、日本オリジナルのハーブ系リキュールです。 桜餅を思わせる独特の甘みと、春の訪れを連想させる豊かな香りを持っています。 桃と桜のリキュール…どちらも甘いリキュールなので、甘くなりすぎないように、レモンの酸味を加えています。 では、今からシェイクします」 特別なことは何もしない。 ただ、心を込めてシェイクするだけだ。 手首を柔らかく、なめらかに。そして、一定のリズムで。まるで、音楽を奏でるかのように。 俺は指揮者だ。 さあ始めよう。スピリッツやリキュールたちのオーケストラを。それぞれの音色が重なり合う、最高のハーモニーを産み出すべく、指揮棒(タクト)を振る。 目を閉じて想像する。 シェイカーの中で、どんな変化が起こっているのか。 氷を複雑に回転し、 そしてリズム。リズムの狂った振り方ほど不恰好なものはない。均等かつ、なめらかに振る。 そして…このカクテルを飲んだ時、あいつがどんな顔をするのかを。 あいつの、幸せそうな、ふわりとした笑顔が浮かんだところで、目を開けた。 …ここだ! シェイカーの中で、 「では、仕上げです。 真っ赤なマスキーノ・チェリーを、カクテルグラスの中に、静かに沈めます。 さらに、食用の金箔を、カクテルの表面に浮かべます。 この金箔は、石川県金沢市まで行き、買いつけてきたものです。 日本の金箔生産量の98%以上が、金沢で作られています。その品質は高く、金閣寺や日光東照宮など、有名な寺社仏閣でも使用されているほどだそうです。 今回使用しているのは、明治33年創業の、歴史ある金箔専門店『箔凰堂』の、食用金箔です。 老舗でありながら、金箔を日常に、という方針のもと、革新的な商品を数多く産み出しているメーカーさんです。 この金箔、実は、星の形をしているんです。小さくてとても軽いので、カクテルの表面に浮かびます」 星型の金箔を、カクテルの表面に浮かべる。星の数は………7つ。 美しい桜色のカクテル。 その、パステルピンクのカクテルに沈む、マスキーノ・チェリーの赤。 そして、金色にきらきら輝く、7つの星。 春の訪れを感じさせ、心が落ち着く、桜の香り。 ふわりと広がる、桃と桜の、ほのかな甘み。その後を追いかける、ジンとレモンのきりっとした爽快感。 胸を張って、朗々とした声で、俺はカクテル名を発する。 ……これが俺の答えだよ、櫻宮 七星。 「俺の愛する人へ捧げるカクテル。 創作カクテル、〈櫻の宮の七つ星〉です」

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