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そのままページを捲ってて、
「はぁ……またかよ」
付き合ってる奴から――今から来てよ――なんて連絡がきたのは、だいたい三十分前。そこで俺が二つ返事とともに――今行くよ――と返したのが、その五分後。
俺の家から相手の家に到着する時間、徒歩で二十五分。
「ぁ、ふぁんッ……!せ、んぱっ、いぃ……!」
「んー?なぁにッ……?」
持っていた合鍵で玄関を開けると、突如聞こえてきた、喘ぎ声。
俺には付き合ってる人がいる。ただ問題点として、二つ。
―― 一つは、相手が男ということだ ――
玄関に入ってすぐ左側にある下駄箱。その上に置いてある小さな器に、音を立てず鍵を置く。乱雑に脱いである学校の靴と、綺麗に並べられた同じ靴。
幾分か乱雑に脱がれていた靴よりは一回り小さいか……。だけど男の靴だとわかるもの。
乱雑に脱がれていた靴を綺麗に並び直して俺も靴を脱ぎ、二足よりやや遠目に置いておく。
「今日はどこだ……?」
やけに近い声からにして一階か。
―― もう一つは、あいつの浮気性が激しいことだ ――
あいつの両親は共働きでほとんど会社から家に帰ってくることが少ないらしい。もちろん週に二、三回は帰って来るが、その時はちゃんと連絡があいつの携帯にくる。だから、普通の一軒家よりも大きめなこの家でほぼ一人暮らし状態。連れ込み放題。
溜め息を吐きながら、だんだん遠くから聞こえてた音がハッキリと耳に届く喘ぎ声に顔をしかめつつ、ここだと思う部屋のドアノブに手を掛け、遠慮なく開けた。
「や、ァッ!イっちゃ、センパイっ……!」
「――マジお取込み中すみませーん」
「あ」
あ、じゃねぇよ。
「ひゃ――だれ……っ!?」
おい相手……ひゃ、でもねぇよ。
つーか、今回の相手……。
「もー、お前さぁ」
持っていた荷物をテーブルに置いて、勝手に冷蔵庫を開ける。
脱ぎ散らかした制服はほとんど相手のものだろう。あいつはこういった場面ではあまり脱がないタイプだ。……あ?
俺の時は脱いでるっけ?
いや、今はそうじゃない……これで何回目だ。
500mlの紙パックに入っているリンゴジュースをひと口。飲み物だから当たり前だが、冷えすぎて、どうも……この状況には何度遭っても慣れない。
――慣れたくないが。
「えっ……な、に?先輩……?」
ぎゅ、とあいつの制服を掴む相手。
なんかさ、こうさ……可愛らしい感じの子がよかったなぁ。
「あー……ちょーっと黙ってて?」
そう言ったあいつは相手の唇に、チュッとリップ音を立たせながら一時中断として繋がっていたモノを取り出した。その時にも可愛らしい声を上げて反応していた相手は、俺がいるせいで恥ずかしそうな態度。……なんだかなぁ。
「ごめんごめん、なに?」
俺に近付いてきた瞬間、頭に手を添えて撫でてきた。
「なに、じゃねぇよ」
パッ、と振りはらう手。
さっきまで相手に触れていた手で、俺の頭を触るな。
とか言えたらいいのに。
「お前は何回ヤりゃ気が済むんだ」
「いつも連絡してもつれないからさ……来てくれて本当に嬉しい」
にか、と笑う顔は素直にカッコいいと思う。だが、ここは話を合わせろ。話を、聞け。
チラリ、とソファーの上で、常識としてなのか脱いであった制服で体を隠す相手を見た。……なんて、平凡面だ。
「……」
俺も人の事なんて言えない立場だ。もしかしたら相手より平凡面かもしれない。けど、こいつはイケメンだ。
初めての浮気相手は女。当たり前にセックスしていた。学校の空き教室で。今みたいに、こうやって連絡を寄越してきた直後に向かうと――って。
信じられない光景に持っていた携帯をつい落としてしまい、あんあん鳴いてる女や腰を振っていたあいつとが、俺に目を向けた。
恥ずかしがる女に、にっこりと笑うあいつ。初めて付き合う相手が男でなにもかもが周りから聞く程度の知識ばかりの頭でも、すぐに理解出来た。
『完全に浮気だ』
浮気現場だ、って。
だけど男相手でも好きには変わらなくて、あいつが一言『ごめんね?』と謝ってくればこっちは苦笑いしながら頷くことしか出来なかった。
ほら、嫌われたくないじゃないか。告ってきたのはあっちだけど、俺も気になっていたし。
共学なのに男に目に行っちゃった俺も俺だけど、告白されて嘘でも好きだとか言われたら、そのチャンス掴みたくなるじゃん。で、あまり手放したくなくなるじゃん。
まだヤっていなかった俺達に、あいつは性欲が溜まって女に走っちゃったのかな、って。だからまぁ、許していた。けど、それも何度か続いてみろ。
俺とあいつの初めてのセックスをして、終わって、これで溜まらず浮気もなくなるかなって。
痛い思いをしながらも、少し乙女チックになり始めていたのに次は男とセックスする現場を見てしまった。
見てしまった?――いや、連絡を寄越されて、向かったらこのザマだ。
同学年相手で、男でも可愛いとよく言われてる野郎だった。
しかし、俺はそのことについても許してしまったのだ。
こんな俺を好きとは言ったが、実は罰ゲームかなにかでしかたなくこういった関係になって、セックスしたはいいがやっぱ顔に問題があって、同じ男でも良い顔の奴と――なんて。
ここからがいけなかったのか、それとももう女の時点で味をしめちゃったのか。こいつは浮気をする一方だったんだ。
今日も同じ。
いい加減な連絡に嫌な予感はしたものの、ちょうど借りていたCDアルバムを返そうと思って来てみた。まぁ、嫌な予感というものは当たる当たる。
しかも今回の相手は、初めてのケースで、俺から見ても平凡過ぎる顔の男だ。もう、ここで、俺の中の、なにかが、切れた。
キレてしまったんだ。
「つれないと思うなら教えてやる。……こういうのを見せるからだ」
話を戻して指差す場所。
するとこいつは、ふざけた笑顔で『ごめん』の一言。
バカにしてるとしか思えない。罰ゲームは、まだ続いてるんだろうか。いっちょ前に俺を気にして別れ話を切り出せないんだろうか。
俺はもうこいつを好きな気持ちがなくなっている。気にしないで別れ話を持ってきてもらっても構わない。
むしろ、してくれよ。
罰ゲームでした、嘘でした、正直やってられません。
もちろん敬語じゃなくてもいい。こいつの言葉で、いい。今の俺はこいつからなにを言われようと傷付かない。それでも言わないのなら、
「なぁ、別れるか」
俺から言って、あげなくもない。
冷めた気持ちに上から目線など関係ないのだ。
「……っ」
俺が発した言葉になにか問題でもあったのか、少し驚いた顔をしていた。俺達をただただ見ている事しか出来ない浮気相手は小声で『付き合ってたのか……?』と呟いていたが、もういい。
こいつはフリーで誰もいないから、とか言って誘い込んだんだろう。
こうなりゃ決定、別れる一択。
「まぁさ、俺にも耐久性がついてきたから我慢してたけどさ、やっぱ無理だわ。つーかお前と俺ってのが無理だったのかもしれないな?」
テーブルの上に置いていた荷物を手に取り、鞄の中身をあさる。
「お前はイケメンばかりで盛り上がるようなグループにいて、俺は平凡過ぎて静かなグループにいて。まぁ楽しいからあのままがいいんだけど」
返す予定であったCDアルバムを見つけて取り出す。
「そもそも男同士っていうのが、冷めたというか」
考えずに出てくる言葉はよく意味がわからない。だけど固まってるあいつは、なにを考えてるのか余計にわからない。
「お前の浮気の回数で、冷めたというか」
ささっ、と差し出すCDアルバム。
なかなか受け取らない。
「冷めたというか、俺じゃなくてもいいってわかった瞬間があったというか、」
――このCD、あまり俺にはあわないジャンルだったよ。
そう付け足して、浮気相手にしょうがなく会釈をしたあと、家から出て行った。
あいつは俺じゃなくても大丈夫な奴だ。なら、わざわざ俺と付き合う必要もない。つーか付き合っていたのかも怪しい関係だったが、これで俺にしてもあいつにしても肩の荷が下りただろう。
性別は、どう考えても勝てっこない。
女相手の浮気は、俺がどう言うおうと気持ちまで相手に寄せていたら終わりだから。
同性相手で、顔が整っていたら、勝てっこない。
やっぱり人間、美形をはじめに好む者が多いだろ?
性格が良いから顔は関係ない、なんてあいつはそこまで出来た人間でもないし。でも、俺と同じような平凡野郎を浮気相手にされたら、出る溜め息でさえもったいなく感じてしまう。
浮気相手が悪いわけではない。むしろ感謝している。踏ん切りがついたというか……。悪いのは、あいつで、俺だ。
どこかで引き止めていたら、ここまでならなかったかもしれないし、あいつも罰ゲームだとかなんだとか言ってネタばらしが出来たかもしれない。
「……」
先ほどまで晴れていた空。今は驚くほど曇っていて、もうすぐにでも雨が降りそうだ。
はやく降ってくれ。なんだか俺の頬に、なにかが伝いそうで怖いんだ。
ポケットに入っていたある紙をぐしゃり、と握り潰したくなる。
父親の仕事の都合で一年間、海外に行く事になっていた。それも一週間後。
大丈夫だろうか。学校には説明して休学届けを出していたが、今から退学手続、なんてものを、やっても。
英語だけが得意だった俺に、一人息子の俺を一緒に連れて行くことを一択にして話を進めていた両親。いい機会だ、このまま留学なんてどうだろうか。
甘い考え。
海外に行くからといってもそんな金持ちってわけではない。もちろんあっちの学校は手配済みだ。だから、そのまま、って。
ポツポツと期待通りの雨にやっと歩き出した俺。追いかけてこない辺り、どこか安心しているのと、暗い気持ちを隠し持っている理由は、なんだろう。
結局、好きだったのかな。
あぁ、でも――次は“女の子”とちゃんとした恋愛をしてみたいなぁ。
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