18 / 18

第17話:二人で最高のお子様ランチを食べよう

 何日ぶりかに揃った休日、二人はどこかへ出かけることはせず、部屋でゆったりとした時間を過ごしていた。  ただし、二人揃っての休日の裏には湊が怪我の療養、そして隆司が三日間の謹慎処分中という事情が隠されているが、それを知るものはごく限られている。  あの後、結論から言えば隆司は刑事を続けられることとなった。捜査から外された人間が単独行動をしたことについては訓戒処分となったが、克也の助言どおり、木尻を現行犯で逮捕したことが隆司の刑事生命を救った。  ただ、だからといって全てがお咎めなしといったわけではない。今回のことで隆司は、今年受けるはずだった警部補の試験を自粛という形で見送ることになった。  その結果を克也に報告したら、「まぁ、来年受かればいいじゃない」と軽く流されたうえ、今回のことで嫌味を言ってきた上の人間を言い負かすことができてすっきりしたなんて逆に感謝されてしまった。克也がどうやって上司をやりこめたのかは分からないが、そこはきっと聞かないほうがいいだろう。  同じように、先日退院した田島にも話をしたら「お前にも青い部分があったんだな」と大笑いされながらも褒められた。誰も彼も、人のことだと思って好きなことを言う。頭の中で二人の顔を思いだして文句を並べていると、不意に何かが服の袖を引っぱった。 「ね、隆司さん」 「ん? ああ、どうした?」 「今、何を考えてたんです? 凄い、険しい顔してましたよ」  眉間にくっきり皺なんか刻んで、と隆司のすぐ隣で雑誌を読んでいた湊が白い指で隆司の眉間を押す。 「そんなに難しい顔してたか。……悪いな、せっかくの二人の時間に、そんな顔して」  湊が隣にいるというのに、つい考えに耽ってしまったことを謝りながら、隆司は眉間を触っていた湊の指を包み、キスを落とす。湊がくすぐったいと笑うと、それならばと言って指ではなく唇へとキスの場所をかえた。 「ん……別に構いませんよ。隆司さんだって一人で考えごとしたいって時、あるでしょう?」 「そりゃ、ないとは言わないが、今は一人で考えごとしているより、湊と何かしてるほうがいい」 「隆司さん……もう、僕のこと甘やかしすぎですよ」  なんて言いながら頬を赤らめるが、その顔にはまんざらでもないと書いてある。  想いを伝え、晴れて恋人同士になってから隆司は自分でも変わったと気がつくほど、湊を甘やかすようになった。湊が寂しそうな顔をするものならば側から離れたくないと思うようになったし、どこかに出かけるといえばバイクを出してやるようにもなった。無論、キスやセックスも求められたら断らない。それどころか、こちらから求めにいくぐらいだ。 「あ、ねぇ隆司さん、今日の夕食は何が食べたいですか?」  唐突に聞かれ、頭の中で食べたいものを浮かべる。  基本的に湊が作る物はどれも美味しい。だからいざとなって何かと聞かれると、答え辛かったりする。しかし、ここで「何でもいい」という男は嫌われると、どこかの雑誌に書いてあった。考えあぐねた隆司は、ふと思いついた単語を口にする。 「満漢全席」 「え……満……」  湊の眉がみるみる下がっていく。 「満漢全席って、百五十品以上出る中国の宴席料理ですよ。今から夜までに作れるはずないじゃないですか。……むぅ、僕のことからかってますよね?」  頬を脹らませて怒る湊。だが、隆司の目にはそんな姿すら愛おしく映ってしかたがない。しかも、あろうことかそれだけで下半身が疼いてしまった。 「……じゃあ、湊がいい」   湊が持っていた雑誌を奪い、床に落とすと細い腰に腕を絡めて引きよせた。矢庭に引っ張ったことで体勢を崩した湊の身体を受け止め、口づけを落とす。 「ンン……ッ……もう、隆司さん、それじゃ答えになってないです」 「俺にとっての湊は、満漢全席並の価値があるんだがな」  喋りながら何度もキスを落とし、指を服の裾から侵入させる。抵抗なくすぐに辿り着いた胸の飾りを捏ねると、腕の中の身体がビクンと大きく震えた。 「ちょっ……隆司さん、まだ昼間ですよ」 「ダメ、か?」 「……昨日の夜だって五回もしたのに……」 「俺からしてみれば、たったの五回だったんだけどな」 「え……え……ええっ?」  ポツリと本音を零すと、湊が心底驚いたという顔を浮かべた。けれど隆司には驚く理由が分からない。愛しい者が目の前にいれば、いつでも身体を重ねたいと思っても間違いではないはずだ。 「湊が許してくれるなら、一日中湊の中にいたいぐらいなんだが」  胸を弄っていた指を背中に回し、さらに下方へと降ろす。向かった先は勿論、昨晩中隆司を受け入れていた箇所だ。  スラックス越しに入口を撫で、今すぐにでも入りたいと請う。 「やっ……ぁ……ん……、ね、隆司……さん」 「ん?」 「もしかして、隆司さんが好きなの、僕じゃなく……て、僕の……身体?」  投げかけられた問いに、思わず全身が固まった。  何故、ここでそんな思考に辿り着くのだろう。  思わず、頭が垂れた。 「湊、お前って、何でそう人が予想できないようなことばかり思いつくんだ?」  口では呆れたように言ってみたが、ふと考えてみると湊の言い分も間違ってないように思えた。最近、湊を甘やかしていると言いつつも、そのついでと言わんばかりに必ず身体を開いているのは事実なのだから。  だが、決して身体が目当てなどではない。それを証明するために、隆司は湊から身体を離した。そして湊の両脇を手で掬うようにして持ち上げ、膝の上に乗せる。  目線が同じ高さになったところで、隆司は真剣な眼差しを向けた。 「俺は、お前の身体だけを求めてるんじゃない。だが、俺の行動が湊にそう思わせているのなら、反省する。今度からお前の許しがない限り触らない」  湊と自由にセックスできなくなるのは辛いが、失うことに比べたら触れないでいるほうがまだいい。 「それなら身体目当てじゃないって、信じてくれるか?」 「そ……れは……」 「それとも……もしかして、他に何か不安に思ってることがあるのか?」  煮え切らない態度をとる湊を見て、直感が働いた。 「え? いえ……あの……」  湊の目が泳ぐ。  どうやら直感は当たっていたらしい。  「やっぱりな。自信家のお前からそういう言葉が出てくる時は、大抵何かに悩んでる時だって、お前が出ていった時に学んだ。言えよ、何が不安だ? 俺に何をして欲しい? 湊の不安が取り除けるなら、俺はなんだってしてやるから」  だから吐いてしまえ。湊の額に自分の額を合わせて、そう促す。心中を見破られた湊は、ばつが悪そうに俯いたが、少しすると蚊がなくような声で、胸中の思いを口にした。 「別に……隆司さんの愛を疑ったりなんてしてません。セックスだって……気持いいから嫌じゃないです。でも、やっぱりどこか不安で……僕、隆司さんや克也さんみたいに頭良くないし、まだ正社員でもないし……釣り合わないかなって……だから……」  自分が隆司と見合うものを探した結果、身体だけということになったのだと言う。 「釣り合わないって、お前の基準は頭の良さか? それとも正社員かそうでないか、か? ……そう考えてるんだったら、俺とは違うな」  同じ日本語でも、人によって考える意味がちがう。湊の気持ちを聞いてそれを知った隆司が零すと、腕の中にいた湊の瞳にみるみる涙が溜まった。 「た、隆司さん……」  ああ、また余計なことを考えさせたようだ。どうも自分は言葉が足らないのか、こうやって湊を不安にさせてしまう。反省しながら隆司は湊の髪の毛を、クシャリと混ぜた。 「こぉら、勘違いするな。別に考えが違うからって、お前のことを嫌いになったわけじゃない。俺が思う『釣り合う相手』っていうのはな、赤の他人同士の二人が一緒になった時、互いに足りない部分を補い合う。成長しあっていく。その加減がちょうどいい相手のことだ」  二人が並んだ時、どちらか片方の地位や価値に合わせるのではない。二人合わせて一人前になれるのが、自分に釣り合う相手。隆司はずっとそういう意味だと考えてきた。 「つまり俺と湊が一緒になって、二人合わせてちょうどいいなら、俺にとって湊が最適な相手ってことだ。これでお前が俺と全く一緒だったら、きっと恋人同士になんてなれないって俺は思う」  それこそ隆司と克也のように、気は合うが思考や欠点が同じ相手では、例え一緒になってもきっと上手くはいかない。関係を壊してしまう。多分、それが頭のどこかで分かっていて怖かったから、告白に踏みきることができなかったのかもしれないと、今では思う。 「俺に合うのは、お前一人だけ。他は誰もいらない。……それじゃダメか?」  こんな不器用な説明で、自分には湊しかいないという気持ちが伝わるだろうか。不安を覚えながらも目の前の顔を覗きこむと、湊は首が痛むのではないかと心配になるほどの勢いで、首を横に振った。 「ダメじゃないです。その言葉だけで、十分すぎるぐらいです」 「なら、もう悩むな」 「はい」  不安の涙から嬉し涙に変わったはいいが、やはり湊の涙には弱い。早く泣きやんで欲しくて、何度も頭をなでた。  その内に、ふと隆司はあることを思いつく。 「なぁ、今日の夕飯だけど、俺とお子様ランチを作らないか?」 「お子様ランチを?」  出し抜けの提案に、湊が赤い目を丸くする。 「ああ。お前にとってお子様ランチが家族の象徴なら、俺達の間でも作りたいと思ってな。そうだな……徳永家のお子様ランチがAセットなら、俺達のお子様ランチはBセットということで。どうだ?」 「ふふっ、いいですね。でも、お子様ランチには、たくさんのおかずが必要なんですよ?」 「それは、これからゆっくり考えていけばいい。二人で同じ道を歩いて、そこで出会った人間達と、お子様ランチを作っていけばいいんだ。それこそ克也なんて、喜んで仲間に入ってくれるぞ。お前のこと、本当の弟みたいに思ってるからな」  克也も一人っ子で兄弟がいない。だからだろうか、湊のことを異様に気に入ってしまい、今では過保護な兄のようになっている。  事件の後、ちゃんと湊を病院に通わせているのかとか、必要なら援助するから怪我がきちんと治るまで働きに行かせるな、などというメールが毎日入ってくるぐらいだ。お子様ランチの仲間になってくれなんて言った日には、飛びあがって喜ぶことだろう。 「克也さんが? 嬉しいな……」  克也の話を聞いて嬉しそうに笑う湊を見て、胸の奥がざわついた。  この感覚は、多分嫉妬というものだろう。  まさか、昔の片想いの相手がライバルになる日がくるとは思わなかった。 「言っとくが、克也のポジションは兄貴だぞ。恋人のポジションは絶対に渡さないからな」  無性に心配になって、湊を強く抱きしめる。そして恋人は自分なのだと主張した。  そんな子供のような態度をとる隆司に、湊がクスクスと笑った。つられて、隆司も笑いだす。  それから一頻り笑い合った後――――二人はお子様ランチを作るため、並んでキッチンへと向かうのだった。

ともだちにシェアしよう!