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第33話

ーー リーフ side ーー 銀芙蓉の蜜の採集が終わり、夜明けが近づく。高地だから空には雲がなく、空の色だけが紫紺から赤、ピンクオレンジへと刻々と変わっていく。 太陽がほんの少しでも出るととても眩しい。何かに射抜かれたようにも感じる。 イーノはどう感じただろうか。 「リーフ様、朝ですね。太陽の光が体の中を通り抜けながら、きれいにしてくれたような気がします」 「私も射抜かれたように感じる。太陽の光には何かあるのかも知れないな」 野営地に向かう道は平坦で、手を取る必要もないのに、どちらからともなく手を繋ぐ。 あぁ、満たされる。 簡単な朝食を食べ、抱きしめ合って眠れば、目を覚ますのは昼前頃だった。 「……んん、おはよ、ごじゃましゅ……」 「おはよう、イーノ。急がないからまだ眠っていて良いよ」 「んん〜……」 むにゃむにゃ言いながら再び眠りに落ちるイーノを起こさないように寝床を抜け出し、湯を沸かして茶を入れる。 喉を潤してから野営地の周りにある野草を採取し、持ってきた食材と合わせてサラダを作る。スープは茶を飲んでいる時から火にかけてある。 天空の太夫(たゆう)と呼ばれる鳥に卵を分けてもらおう。この鳥は白く、大きくて美しいのに警戒心がなく、卵を取られても気にしない。卵が減れば追加で産むのだ。それに卵の殻が生みたては白く、孵化する頃には黒くなるので選びやすい。ちなみに途中はまだら模様だ。 卵はすぐに火が通るから、調理はイーノが目を覚ましてからでいい。 いつになく穏やかな気持ちでひと時を過ごした。 「リーフ、しゃま……?」 「イーノ、目が覚めたか?」 「ふわぁぁぁ、今日もきれいぃぃ……!」 目覚めの気配を感じてテントを窺えば、私を探すような声がする。顔を出せば幸せそうな笑顔を見せる。本当に愛らしい。 「朝食、ではなくて昼食だな。すぐにできるから座りなさい」 「ふぁい……」 未だ夢見心地な返事をしながら椅子に座る。差し出した茶を飲んではっきりと覚醒したイーノは大声で謝り始めた。 「すみません! 寝坊した上にリーフ様に食事の用意をさせてしまうなんて! も、申し訳ありません!!」 「イーノ、昨夜伴侶の申し出を受けてくれただろう? 仕事は引き続きポーターだが、伴侶になるのだ。これからは対等だよ」 「伴っ!? そ、そうだった!! で、でも、その……」 「伴侶を喜ばせたいと考えるのは特殊なことかな?」 「……いいえ、当然のこと、デス……」 納得してくれたようなので卵を割り、味付けをして浅鍋で焼く。燻製肉の細切(こまぎ)れと芋も入れたオムレットにした。 せめて何か手伝いたいと言うイーノにスープを注いでもらい、サラダにシーズニングソルトをかけてもらう。 「さぁ、食べようか」 「いただきます!」 ひと口ごとに美味しい美味しいと幸せそうに呟き、いい笑顔を見せるので、何度でも作ってやりたくなった。楽しみがまたひとつ増えたな。 片付けをして温泉のある側の降り口に行く。 帰りは……、大丈夫だろうか? 「ここから降りるのだが……。風魔法で支えながら飛び降りるんだ。大丈夫か?」 「飛びっ!? え、怖ぁ……。で、でもリーフ様にしがみ付いていれば大丈夫なんですよね?」 「あぁ、登ってきた時と同じように固定するから、落としたりはしない」 「なら大丈夫です!」 絶対的な信頼があってよかった。 背中にイーノをくくりつけ、1、2の、3!で飛び降りる。風は遮断しているが、落ちる感覚はなくならない。 「ひぇぇぇぇぇっっっっっ!!」 信頼とは無関係な本能的な恐怖で叫んでいる。 ……かわいい。 ではなく。 速度を落として落ち着かせよう。 「速度を落としたよ。大丈夫か?」 「ひぁっ、ふぐぅ、はひはひ……」 やり過ぎてしまったようだ。……反省しなくては。それにしても抱き寄せられないのがもどかしい。 途中の洞で休憩しよう。 「イーノ、大丈夫か?」 「はほひふ、へ、はい……」 私は自分で制御しているから怖くはないが、振り回される方は辛かっただろう。 「悪かった。気遣いが足りなかったな」 「はぅぅ……、りーふ、しゃま、怖かっ、たぁ……」 固定用のベルトを外すとガタガタ震えながらへたり込んだ。マットを敷き、抱き上げて膝に乗せると縋り付いてくる。 ……だめだ、反省しなくてはだめだ。 いくら可愛らしくても、また怖がらせたいなんて、考えてもいけない!! いや、考えるだけなら許されるか? いやいやいや……。 しかし、あやすように口づけを贈れば積極的に答えてくれる。恐怖を紛らわすためならば進んで責任を取らなくては。 不埒なことや都合の良い言い訳を考えては否定する自分がなんとも情けない。己をそれなりに『できた人物』と考えていたのが思い違いだったことに少々落ち込んだ。 けれど、恋をすれば全ての人間が愚か者になるのだ。恋の病の症状の1つだと考えれば受け入れるしかない。 「イーノ、もう帰るだけだから、ゆっくりで良いんだ。温泉に連れて行きたくて気が急いてしまって……。ここで1泊するか?」 「温泉!? 温泉があるんですか?」 「あぁ、こちら側に降りれば、湧き出る熱湯が泉に流れ込んで良い湯加減になっている。動物たちも来るから結界を張らないとなのだが」 「温泉! ど、動物と混浴……♡ 行きましょう! 早く!!」 そんなに温泉が好きだったのか。先に教えておけば良かったか? 再びイーノを背中に固定して、先ほどより緩やかに下降した。

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