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第1話
必要最低限の、荷物を持ち。
僕……日達 英二 は、とあるマンションの前に立っていた。
僕は……高校時代にバイトしていた飲食店で正社員として採用され、今年の春から社会人になる、十八才だ。
高校卒業と同時に、髪を茶色に染めたり。
校則では襟足より髪を伸ばしてはいけなかったけど、今は気にせずに伸ばしている髪型。
そんな、どこにでもいる普通の男。……だと、思う。
……男にしては、パッチリとした大きな目。
高校時代に背の順で並んだとき、必ず先頭に立つ程伸び悩んでしまった身長。
それらがコンプレックスだけど、今はそんなことを憂いている場合ではない。
……とにかく僕は、普通の十八歳だ。
荷物を詰め込んだ鞄を抱えながら、僕はマンション内のエレベーターに乗る。
ある人に指定された部屋の、ある階をボタンで押す。
扉が閉まると同時に、僕は息を吐いた。
――これから僕は……本業である飲食店の仕事以外で、もう一つの仕事をする。
……だが、それをするには条件があるのだ。
その、条件は。
――【雇い主の部屋に住み込みをする】こと。
それが理由で、僕は来たことのないマンションに荷物を持って、こうしてやって来たのである。
エレベーター内にある鏡で、僕は髪型や服装の確認をした。
(緊張、する……っ)
エレベーターが目的の場所で停まり、僕は急いで下りる。
スマホの画面を見て、もう一度部屋番号を確認した。
メッセージの送り主は、幕尾 扉 という……高校時代の、先輩だ。
先輩は、高校卒業と同時にプロの漫画家になり。
世に出した作品は、全て大ヒット。
年内には先輩の描いた漫画が二作品、実写映画化とアニメ化が決まっているほどだ。
そんな先輩から……僕が卒業した日に、連絡はきた。
卒業してからは時々連絡を取り合うくらいの仲だったので、卒業を祝ってくれる内容のメッセージかと思って、僕はスマホを見たんだけど……。
そこに映っていたのは、想像とは違った内容。
そのことに驚いたのを、僕は今でもハッキリと覚えている。
『住み込みのアシスタントを探している。お前に頼みたい』
先輩は素っ気無い人で、比較的明るくて人懐っこいと言われる僕とは、対照的な人だった。
そんな先輩に、僕はどうしようもなく惹かれていたのだが……その気持ちを本人に伝えるつもりは無かったし、先輩は気付きもしていなかったと思う。
先輩の住んでいるマンションは、僕の実家から少しだけ離れている。
けれど、僕の就職先からは徒歩圏内にあるマンションだった。
親と相談した後に、住み込みのアシスタント業を了承した……というのが、ここにくるまでの流れ。
就職先はバイト先だったから、特に新鮮味は無いけれど、正社員として働くのだから、身が引き締まる。
そして、大好きな先輩と一つ屋根の下で生活。
……そんな新生活に、僕は。
期待と不安が、混ざり合っていた。
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