1 / 9

第1話

 必要最低限の、荷物を持ち。  僕……日達(ひだち)英二(えいじ)は、とあるマンションの前に立っていた。  僕は……高校時代にバイトしていた飲食店で正社員として採用され、今年の春から社会人になる、十八才だ。  高校卒業と同時に、髪を茶色に染めたり。  校則では襟足より髪を伸ばしてはいけなかったけど、今は気にせずに伸ばしている髪型。  そんな、どこにでもいる普通の男。……だと、思う。  ……男にしては、パッチリとした大きな目。  高校時代に背の順で並んだとき、必ず先頭に立つ程伸び悩んでしまった身長。  それらがコンプレックスだけど、今はそんなことを憂いている場合ではない。  ……とにかく僕は、普通の十八歳だ。  荷物を詰め込んだ鞄を抱えながら、僕はマンション内のエレベーターに乗る。  ある人に指定された部屋の、ある階をボタンで押す。  扉が閉まると同時に、僕は息を吐いた。  ――これから僕は……本業である飲食店の仕事以外で、もう一つの仕事をする。  ……だが、それをするには条件があるのだ。  その、条件は。  ――【雇い主の部屋に住み込みをする】こと。  それが理由で、僕は来たことのないマンションに荷物を持って、こうしてやって来たのである。  エレベーター内にある鏡で、僕は髪型や服装の確認をした。 (緊張、する……っ)  エレベーターが目的の場所で停まり、僕は急いで下りる。  スマホの画面を見て、もう一度部屋番号を確認した。  メッセージの送り主は、幕尾(まくお)(とびら)という……高校時代の、先輩だ。  先輩は、高校卒業と同時にプロの漫画家になり。  世に出した作品は、全て大ヒット。  年内には先輩の描いた漫画が二作品、実写映画化とアニメ化が決まっているほどだ。  そんな先輩から……僕が卒業した日に、連絡はきた。  卒業してからは時々連絡を取り合うくらいの仲だったので、卒業を祝ってくれる内容のメッセージかと思って、僕はスマホを見たんだけど……。  そこに映っていたのは、想像とは違った内容。  そのことに驚いたのを、僕は今でもハッキリと覚えている。 『住み込みのアシスタントを探している。お前に頼みたい』  先輩は素っ気無い人で、比較的明るくて人懐っこいと言われる僕とは、対照的な人だった。  そんな先輩に、僕はどうしようもなく惹かれていたのだが……その気持ちを本人に伝えるつもりは無かったし、先輩は気付きもしていなかったと思う。  先輩の住んでいるマンションは、僕の実家から少しだけ離れている。  けれど、僕の就職先からは徒歩圏内にあるマンションだった。  親と相談した後に、住み込みのアシスタント業を了承した……というのが、ここにくるまでの流れ。  就職先はバイト先だったから、特に新鮮味は無いけれど、正社員として働くのだから、身が引き締まる。  そして、大好きな先輩と一つ屋根の下で生活。  ……そんな新生活に、僕は。  期待と不安が、混ざり合っていた。

ともだちにシェアしよう!