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第6話
雪柊は家族に強請るという事をしない無口な子供だった。だが初めて両親に、空手を習わせてほしい、と言った。決して裕福ではなかったが、両親と姉は今まで一度も言った事のない雪柊の必死な懇願に驚きつつも、渋りながらも通わせてくれる事になった。
格闘センスがあったのか、雪柊はめきめきと上達していった。村上九十九のいる大森中入学を目前に控え、毎日ケンカに明け暮れた。時には高校生を相手にして、返り討ちにあった事もあったが、中学生相手には負け無しであった。
村上九十九にタイマンを挑み、強くなった自分を認めてもらう。それだけを目標にここまできたのだ。
そして、一週間が経った頃昇降口に行くと雪柊が待ち構えていた。
「雪柊……」
雪柊の顔からは眼帯も絆創膏もない、本来の透き通る白い肌が綺麗に見えていた。
「怪我治った!勝負してくれ!…下さい!」
ふーっと九十九はため息をつき、
「ゲン……先行っててくれ」
「おい、九十九!でも、今日はルシファーの幹部と顔合わせで……」
「わかってるよ!」
(ルシファーって……この辺で有名なチーム)
ルシファーとは、この土地の不良たちの間で知らない者はいない。少人数でありながら、一人一人の腕っぷしが強く、そう簡単に入れるチームでない事で有名だった。そして、真っ黒なライダースの背にシンボルである堕天使ルシファーのシルエットを背中に背負い、颯爽とバイクに乗る姿は雪柊の憧れでもあった。
「今日は大事な用があるからよ、さっさと済ませるぞ」
その言葉に雪柊はムッとする。
「なんだよ……まるで歯が立たねーみたいな言い方!」
九十九は薄っすら笑いながら流し目を雪柊に向ける。その九十九の顔に雪柊は思わず見惚れてしまい、一人気恥ずかしを感じて目線を逸らした。
柔道場に行き誰も使っていないことを確認すると中に入る。
「来いよ、雪柊……」
雪柊は上着を脱ぐと同時に、九十九に突進して行ったのだった。
柔道場の扉が開く。
「九十九!」
「ゲン……先行ってろって言っただろ」
九十九が出てくると、ぐったりとした雪柊を肩に担いでいる。
「おまえ……結構くらってんじゃねーかよ」
佐島は九十九の顔を見て驚いている。口の脇には血が滲み、右目は明らかに腫れていた。
「ああ……参った、ちょっと甘くて見てた。こいつ、なかなか強えよ」
佐島は九十九に担がれている雪柊を見ると、それ以上に顔を腫らした雪柊が目を閉じている。
「気、失ってんのか?」
「殴っても殴っても向かって来るからよ……鳩尾にとどめの一発入れた。多分……肋骨いってると思う」
九十九は、保健室に置いてくる、そう言って校舎に向かって行った。
保健室には誰もいなかった。
仕方なくベットに雪柊をそっと寝かす。
九十九は近くのパイプイスを引き寄せ、しばし雪柊の顔を見つめた。無意識に雪柊の頬に手を添えていた。
(せっかく傷のない綺麗な顔、見れたと思ったのにな……)
自分がやっといて、と思わず苦笑する。年相応の幼い寝顔をじっと見つめた。
(いつもこんな感じなら可愛いのに)
いつも自分に向けられている野獣のようなギラギラとした目は、今は閉じられている。
雪柊が身をよじって、無意識なのか頬にある九十九の手に自分の手を添え頬ずりをしてきた。
九十九の心臓がドキッと大きく鳴った。そして、顔が熱くなってくる。
「雪柊……」
九十九は雪柊の唇に触れるだけのキスを落とすし、額にもキスをした。
頭を撫でた所ですぐ罪悪感に襲われ、逃げるように保健室を後にしていった。
(九十九さん……)
雪柊は九十九の手の温もりを感じて、目を覚ましていた。
心臓が大きく鳴っている。九十九の手が心地よく、寝たふりをして頬ずりなどしてしまった。なぜ、そんな事を自分でしたのかは分からなかった。ただ、九十九の手が離れないでほしいと思った。頭を撫でてくれるその手が雪柊は好きだった。
九十九の唇の感触がほんのり残っている自分の唇を指で撫でると、お腹の奥の方がきゅうっとなった。
男の九十九にキスをされた事が嫌ではなくて、むしろ嬉しいような感覚になる。
下半身に熱が篭り始め、雪柊は下着に手を入れ中心を触る。九十九のキスを思い浮かべながら自慰をしている自分はどうかしてしまったんだと思った。
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