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第8話

「九十九兄ィ……?」 ルシファー の溜まり場であるバーのカウンターで頬杖を付き、物思いに耽っている九十九の目の前に雪柊の顔が現れた。 「考え事ですか?」 雪柊が隣に座ると、小首を傾けて九十九を見た。 すっかりルシファーのライダースを着こなし、三年前の幼かった雪柊は薄っすらと面影を残すだけで、随分と大人びた男に成長していた。 白い肌とぽってりとした赤い唇、切れ長の目元は変わる事はなく、九十九の予想に反して雪柊は男らしく成長していた。 ケンカに明け暮れる猛者たちに囲まれて、必然的にそうなってしまったのかもしれない。 九十九は頬杖をついたまま雪柊見つめる。 「昔の事……思い出してた」 そう言って、雪柊の左のこめかみから頬にかけてある傷跡を親指でそっと撫でる。 あの時の傷は消える事はなかった。この綺麗な顔に傷を残してしまった事が酷く九十九を落ち込ませる。守ってやれなかったと。 「あの時の事……ですか?」 雪柊は触れられている事を拒絶することもなく、されるがままにされている。少し顔を伏せ、目元が赤くなっているのが分かる。 時折見せる雪柊の艶っぽい表情。 今のような雪柊の表情を見ると九十九は時折、雪柊の色気に当てられたように下半身が疼く感覚に囚われる。 そして、そんな顔を他の奴らも見ているのだと思うと、腹の奥がモヤモヤとなるのだ。 「いや……おまえと始めて会った時の事だよ」 「始めて……?」 「オレにタイマンけしかけた時」 「ああ……」 雪柊は回転するスツール椅子を回し、前を向いた。 何か言おとし、一度口を開いたが、何も言わず口を閉じてしまった。 本当の始めての出会いの事を言おうかと思った。だが、まだ自分は九十九の足元にも及んでいない。自分がもっと強くなり、この人を守れるくらいに強くなった時、あの女の子のような痩せっぽちな少年が自分だったと言って驚かせてやるのだ。 「今、何か言いかけただろ?」 「なんでもないですよ。それより、玄龍さんが待ってますよ」 行きましょう、そう言って雪柊は出口の扉を開け、九十九が先に店を出る。 薄暗い店を出ると太陽の光が九十九を覆い、逆光が九十九を包んだ。その姿に雪柊は目を細める。 九十九の背中には美しい姿の堕天使ルシファー。頭に二本の角と6対の大きな翼を背に、こちらに両手を広げている。 九十九と並んだ雪柊は口を開く。 「あんたはオレにとって…光をもたらす人なんです」 九十九はその言葉に面食らう。 「どういう……意味だよ」 「いいんです……わからなくて」 そう言って、薄っすらと美しい笑みを浮かべた。 九十九はその美しい笑みに見惚れる。 雪柊は言って恥ずかしさを感じたのか九十九の一歩先を歩く。 (なら、オレはおまえが迷わぬように、オレは雪柊の明けの明星になろうか) 前を歩く雪柊に九十九はいつものように頭に手を置き、そして、くしゃりと髪を撫でた。

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