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だいぼうけん! 7
ぽかりと口を開けたまま、逸は敬吾を見つめていた。
敬吾は気だるげに枕の上に手を投げ出してその逸を見返している。
「別に嫌とか思ってないけど?」
「……………あ。はあ……………」
表情も変えず間抜けにそう返してから数秒後、はっと我に返ったように瞬きをして逸はがしがしと顔を擦った。
その頭を、挟み撃ちするように敬吾がわしわしと撫でる。
びくりと逸が肩を硬直させ、恐る恐る敬吾の方を見る。
別段笑っても怒ってもいないようでーー逸は反応に困った。
「嫌だとか言ってんのは無意識だから分かんねーけど、思い当たるとしたら怖いんだよお前が」
「えっ?」
「急ーーに牙剥きやがって。あと俺未だに自分の声とかキモいから」
「ええっ?」
「前も言っただろ!お前だって下やったことねーんだから分かるだろ!異存があるんなら一回掘ってやるから可愛くアンアン言ってみろバーカ。その上で文句言うなら聞いてやる、現時点でお前に俺を責める権利ねえから!」
子供のように、しかし正真正銘嘘偽りない気持ちで朗々と言い切った敬吾を、逸は言葉もなく見つめる。
そうしてどうにか我に返った。
「い………………っいやいやいや!敬吾さんは可愛いですよ!!俺はあれですけど」
「俺的には、お前なら可愛いけど俺だとキモいぞ?」
「えっ」
「喜ぶんじゃねえよ嘘だよ両方キモいわ」
「えぇ……………」
「まあでもそういう事だ。お前だって自分の声はキモいって言ったじゃねーか」
「………………うう」
完全に言い負かされて、逸は文字通りマットに沈んだ。
どさくさに紛れて敬吾に抱きつく。
「重い」
そう言いながらも、敬吾は逸を押しのけるでもなくぱんぱんと背中を叩くだけだった。
しばし何も考えずそうしていると、先に口を開いたのは逸だった。
「……じゃあ、敬吾さん」
「んー」
「俺としてて、少しはきもちいい……?」
「……………。どっから繋がった『じゃあ』なんだ」
呆れたように言うものの、ほんのり赤面して敬吾は二の句を継がない。
そうしているとまた逸が拗ねてしまいそうな気もするのだが。
そのまま相変わらず背中を叩いていると、逸ががばりと体を持ち上げた。
腕の長さ分離れて薄明かりに照らされた表情はやはり妙に哀愁漂っている。
「……もう普通に後ろでいけるようになりましたよね」
「………………。」
敬吾はいっそ不思議だった。
なぜそんな疑問を抱くのだろう、少なからず悪し様には思わない人間がそういう目的で肌に触れるのだから、聞くまでもないではないか。
そんな発言すらするくせに。
ーーしかし。
そんな理屈をこねて、二の足を踏んでいる時ではなさそうだった……。
諦めたように小さなため息をついて、敬吾がそっと逸の髪を撫でる。
「……気持ちいーよ」
「!」
逸の眉根がきゅっと寄る。
なにやら感慨に浸っているらしかった。
「言わすなよお前そーゆーこと……俺わりと生娘なんだから」
「うぅっ………!嬉しい……!!」
「お前もお前で言うなよそーゆーことをよー…………。」
またも崩れ落ちた逸の背中が、今度は強めに叩かれた。
それは露ほども気にせず、俄然元気を取り戻した逸があちこちに唇をつけ始める。
「んー……おい……」
またそんな、甘いことを。
更に赤くなって敬吾が顔を背けると、これ幸いと伸びた首すじにも口付けられる。
「敬吾さん、明日タートルネック着て」
「ぅえ?」
言うなりそこをきつく吸われて敬吾が顔をしかめた。
「ぁ……っちょっと、おい、」
抗議した頃にはもうくっきりと赤い跡が残されてしまっていた。
そのままそこかしこに同じ感触が走る。
鎖骨に、胸に、脇腹に。
どうすることもできず、面映ゆい気持ちで困ったようにそれを眺めていると腿の裏にするりと逸の手が回った。そのまま滑らかに持ち上げられてしまう。
「っわ……」
「敬吾さん、ここ弱いですよね」
内腿を舐め上げられ、ぴりりと力が入ったそこにも跡が残される。
「っ…、なあ、つけすぎだろ」
聞こえているのかいないのか逸の唇は今度は僅かに北上する。
鼠径部を唇で這われて敬吾は息を呑んだ。
またも丁寧に舐められて急に熱くなった呼吸が漏れる。そんな時ばかり、逸の耳は聡い。反対側にも指を這わせて幾つも跡を刻みつけた。
すっかり息の上がってしまった敬吾の上に、また腕をついて覆いかぶさる。
微かに瞼を上げて視界に捉えた逸の顔は、思った通りまた火が点いていた。
「っ……岩」
「敬吾さん……、もう一回させて……」
敬吾は言葉を返せなかった。
何と言って良いのか分からない。
逸の声が、表情があまりに切なくて、欲情や色気がもう目に見えそうなほどで、それが自分だけに向けられていることを全身で理解させられる。
それを昇華させられるのもまた自分だけだということも。
加速していく呼吸に抗いながら待てをしている逸を見上げて、目礼のようにゆっくりと瞬き顔に乗せていた手の甲をどける。
更に切なく、泣き出しそうなほどの逸の顔が近づいた。
まるで月に惹かれて水面が蠢くさまだと敬吾は思う。
体中の血液が、逆流しているような加速しているような。体の中が波立っている。
自分ではこのざわめきを収められない。
それをどうにか出来るのもきっと、逸だけだーーー
唇の合間で、逸が敬吾を呼ぶ。
それが敬吾には聞こえなかった。
心地良さそうに閉じられている瞼と影を落としている睫毛を眺めて笑い、逸はまた唇をつける。
それを深くしながら敬吾の胸に手のひらを這わせると、敬吾が身じろぎした。
「っん……」
苦しげに呼吸を詰める敬吾の口を閉じさせないよう深く舌を絡ませて、更に胸をまさぐる。
手のひらに微かにくすぐったいような小さな感触が可愛らしい。
そこに強く触れると、口を閉じられない敬吾が吐息のような声を漏らす。
どこか頭の深いところから、熱い液体でも流れたようだった。
そこからはもう、もっとその声が聞きたくて、恥ずかしがらせたくてとかくいやらしく攻め立てた。
それに泡を食ったか敬吾が逸の肩を押すと、負けるかとばかりに逸が空いた手で敬吾の頭を抱え込む。
「ん゛ーーーーー………っ!!」
もはや敬吾の声は可愛らしいものではなくなり、子供のようにばかすかと肩を叩かれて逸は笑いながら顔を離した。
「っば……苦しい!バカ!!」
「我慢するから苦しいんですよ、敬吾さんの声超かわいい」
「……………っ」
「ほらもう聞いてるだけで俺こんなです」
「〜〜〜〜〜〜!!!」
僅かに上体を起こしてそこが見えるようにしながら、逸は敬吾の下腹にきつく張り詰めたそれを押し付けた。
真っ赤になった敬吾に頬ずりすると、色だけでなく本当に顔が熱い。
「可愛い……」
言いながら敬吾の脚の間に手を滑らせる。
抵抗なく指を飲み込んだそこは、さっき逸が出したもので濡れていて、柔らかいが少し緊張したように締め付けてくる。
「……っあーやばい、この感触……」
「…………っ」
「指とけそうです……」
本当に気持ち良さそうにしみじみと言う逸に、敬吾はただ赤くなることしかできない。
恥ずかしくて顔から火が出そうだ。
「ぁ……!?」
「ほら、ここ……」
「んんっ!」
「ここ触られるとダメでしょ?あーもうすんごい締めてる」
「やっ、やだっ、んっーー……!」
逸はごく穏やかな顔で、それでも興奮を抑えきれないように唇を噛みながら敬吾の中を探る。
強くされているわけでもないのにその指先から甘いような鋭いような感覚が溢れて、どうしようもなく体が震える。
「そんな恥ずかしがらなくて大丈夫ですよ、ここはしょうがないとこです」
見兼ねたように、しかし楽しそうに逸に言われて敬吾はきつく寄せていた眉根を僅かにゆるめた。
ーーが、そのまままたすぐ固まった。
「敬吾さんがエッチな子だから気持ちいいわけじゃないですよ?」
「………………。」
「指増やしますね……」
「んぅっ!?……んっ、……や…」
「あーーーー……可愛い、敬吾さん声すっごい可愛い」
「っる、さいっ、ん……!」
「っああも、駄目だ」
逸が指を引き抜く。
淫猥に過ぎる濡れた音と、驚いたように鋭く上がる敬吾の声で理性の箍が完全に外れてしまった。
敬吾の左腿を押し上げて、痛いほど充詰しきったものを充てがう。
その熱さに、敬吾がぴくりと腰をひきつらせた。
「…………………」
「っ…………?」
ごく僅かに押し広げて、故障でもしたかのように動かなくなった逸を敬吾が不思議そうに見つめる。
たっぷり十数秒はそのままだったように思う。
「敬吾さん」
「っへ!?」
突如ぽとりと取り落とすように呼ばれ、敬吾が肩を揺らす。
怖いほどの無表情の割りに、その後続いた逸の声は妙に無垢だった。
「……くっついてしたい」
「へ?」
「ぎゅーってしながらしたい………」
「…………?」
別段、困る要求ではないが。
迷子の子供と見紛うほど所在なさ気な表情をしている逸を、敬吾もまたきょとんと見返していた。
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