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褒めて伸ばして 6
「お邪魔しまーす。敬吾さん、今日久しぶりに鉄板焼きしません?」
「あー、いいな」
何やら部屋から持ってきたらしい食材を逸がシンクの横に置いている。
敬吾が寄ると微かに石鹸の香りがした。
「?お前シャワー浴びてきた?」
「え?はい」
逸はきょとんとしたように、だがやや苦笑して頷く。
その表情で敬吾はやっと馬鹿なことを聞いてしまったと自覚する。額を叩きたい気分だった。
「敬吾さんて鼻いいですよね」
「そうか?」
「だから精子の臭いするかなーって思って」
「……………。そうかい」
妙にあどけなく追撃されてしまい、敬吾はそうとしか応えられなかった。
そのまま逸がここへ来たとして気づいたかどうかは確かめようもないが、それよりもこの温かい乾いた香りが。
やけに敬吾の神経を刺激した。
その爽やかさとは裏腹に、少し切ないような腹が立つような気持ちにさせる。
「…………?」
訝しげに首を捻る敬吾を、たまたま視線を振った逸が見留めた。
「敬吾さん?」
「えっ、」
「どうかしました?そんな顔して」
「えっ?え、変な顔してたか」
自覚のなかった敬吾は心底驚いてぱちぱちと瞬く。
逸も不思議そうな顔をした。
「レジ締め合わねー、みたいな顔してましたよ」
敬吾が破顔する。
「や、別に……ぼーっとしてただけだ」
「そうですか?」
小さく笑って逸が敬吾の頬を撫でると、その手首からまた湯上がりの空気が香った。
敬吾が切なげに目を細める。
ーーそうだ、この香りは、ここのところ嗅いでいなかったから……。
何かしでかしそうだからと言う理由で、ここ二週間逸は敬吾と一緒に眠るのをやめていた。
当然風呂も各々の部屋で使っており、その間にどうも免疫が無くなってしまったようだった。
悔しくなるほどどぎまぎさせられてしまっている。
「…………岩井」
「はい?」
天袋からホットプレートを下ろしていた逸が振り返った。
その背中に敬吾が頭をつける。
逸が息を飲み、敬吾がその分深呼吸をする。
自覚してしまえばごく温かい、ただ安心する香りだった。
その背中の向こう奥で逸の心臓がどくりと重たい一撃を打っている。
「………………一緒に寝ていいか、今日」
「ーーーーーーーーー!」
「……いや、何もしねえけど」
「あ、ですよね、はいっ………………」
「うん……」
少しの間そうして瞳を閉じた後、敬吾は逸の背中を軽く叩いて夕飯の準備を続けた。
頭から花が咲いてしまいそうなほどに嬉しく、可愛らしい敬吾が見られたのも眼福なのだがーーーー
無論少々酷な申し出でもあって、逸は複雑な気持ちで苦笑いすることしかできなかった。
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