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祝福と憧憬 10
「ただいまー」
「お帰りなさっ………敬吾さんスーツ!!!」
「んー、親戚に捕まって着替える時間なかった……」
「ふわ…………」
「?」
脱ぎかけの靴から、呆けたような間抜けな声を出す逸へと敬吾が視線を振ると。
逸はそれはもう黎明期の少女漫画のような、輝かしい瞳をかっ開いていた。
「…………………………………。
………………………なに?」
放っておくと花まで飛ばしそうなので仕方なくそう言うと、口をふさいでいた手を離し、無言で目を輝かせたまま逸が腕を開く。
呆れきった溜め息をつきつき半端だった靴を脱いでその間に敬吾が収まると、割れ物でも抱くように腕が閉じられた。
「似合うーかっこいいーーーー」
「普通にそう言えよもーーー………」
敬吾に頭を張られて笑いながら腕を解き、荷物を半分請け負ってリビングに入る。
「俺着替えるついでに先風呂入るわ。これお前の分の引き出物な」
「えっ!いいんですか?」
「いいよ、ご祝儀もらっちゃったし。あとこれ姉貴から」
「え」
逸の分と言っていた大振りな紙袋の中から、敬吾は厳重そうな保冷バッグを取り出した。
「ウエディングケーキ、姉貴が好きな店に外注したらしいんだけどさ。そこのケーキだって」
「…………………え」
「走ったりしたから崩れてっかも」
「…………いや、いやいやいやそんなの全然…………いいですけど、えぇ……どうしよう泣きそう」
「えっなんで」
心底不可解そうに横目で逸を見つつも、敬吾は更に紙袋を探った。
「あとこれDVDな。式と披露宴のやつ」
「えっ、今日のですか?」
「そう……あ、素人が撮ったやつじゃねーぞ、ちゃんと編集した、なんか……イメージビデオみたいなやつ」
「敬吾さんイメージビデオはちょっとアウトかなー……、でも凄いっすね、一日でそんな」
「一日どころか披露宴の最後に流れてたからそれ。俺もビビった」
「同時進行で作ったってことすか!?すげぇー、嬉しいー」
「風呂入ってくるから見てれば」
ーーいや、待ってますけどね。
ネクタイを緩めつつさっさと行ってしまう敬吾の背中を見つつ逸は苦笑する。
早速湯を沸かしてコーヒーを淹れ、丁寧にケーキの箱を開けた。
桜がどういうつもりでこれをくれたのかは分からないがーー胸が詰まるような、厳かな気持ちになってしまう。
敬吾は揺らしたかもしれないと言っていたが、小さなホールケーキはきらめく飴細工とフルーツで完璧に彩られていた。
「……………うまそう」
しばらく見つめてからどうにか常識的な感想を述べるにとどめ、記念に一枚写真を撮って皿と包丁を持ってきたところで敬吾が風呂から出てくる。
「あれ、まだ見てなかったのか」
「一緒に見ましょうよー、つーか敬吾さん、ケーキ凄いですよ、超うまそう!」
「へー、あーほんとだ」
それ以上の感想はないらしくDVDをセットしている敬吾に苦笑しながら、逸は少々緊張しながら温めた包丁を構えた。
「綺麗に切れるかなー……自信ねえー……」
「食えれば一緒だって」
「敬吾さん………」
日頃から包丁を研いでいるおかげか、ケーキは思いの外綺麗に切り分けられた。
「なにこの断面!すげぇーー……」
とろりと柔らかいのに崩れないクリームの中は、淡い色のスポンジとピンクのムースの層に、極彩色のベリー類が散りばめられている。
逸がそれに見惚れている間敬吾がプレーヤーから体を起こし、同じくその断面を見た。
「……………あれ」
「え?」
「いや、なんでもない」
訝しげな敬吾の顔を不思議そうに見ながらも、逸はケーキを崩さないよう意識を集中して取り分ける。
(………これウエディングケーキと同じやつか?)
ーーあの姉、何を考えている?
眉根を寄せたまま、じりりと導火線を焼くように敬吾は考えていた。
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