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したいこと? 12

脱力する体を支えることすらできず、逸がずるずると傾ぐ。 悲痛に歪められた顔を向き直らせ、大きく呼吸している口に敬吾が齧り付くとその反応も緩慢としていた。 その弱々しさも苦しげな呼吸も本当に逸かと疑わしく思うほど消耗していて、たまらない気持ちになる。 可哀想な気もするが妙に爽快で、達成感のような、征服感のようなーー複雑な感覚だが、悪くない。 少々酔い痴れたような気持ちで唇を離し、薄く閉じられている逸の瞳を覗き込んだ。 「……大丈夫かー」 「……………………」 数秒呆けた後、逸は眠くてむずかる子供のように顔をくしゃりと歪める。 次には不機嫌なあくびのように呻く逸の頭を、敬吾は笑いながら撫でてやった。 「出たなあ」 「うー…………」 ただ強烈な開放感と脱力感にだけ浸っていたが、そう言われると恥ずかしい。 「死ぬかと……思ったー………」 今際の際のような切実さでやっと言葉らしい言葉を口にした逸に、敬吾は少し吹き出した。 姿勢を正したいようなので手伝ってやる。 「どんな感じ?」 「もう……辛いです、ひたすら」 「へー」 「状況的にはエロくてめちゃくちゃ良かったんですけど、敬吾さん見てる余裕もない……なんか……得るものがなかった…………」 「ぶはっ」 敬吾としても、喜ばす気など毛頭ないのだ。 真っ赤な顔で滔々と語る逸が妙に面白くて敬吾は笑いながらその頭を撫でてやった。 笑われても反応のなかった逸が、やっと少し表情を和らげる。 「やっぱ気持ちいいわけじゃないんだ」 敬吾が素朴に尋ねると、逸は難しい顔で首を横に振った。 それがまた拗ねた子供のようで微笑ましく、敬吾は長閑な気持ちになる、が。 「って言うか恥ずかしすぎて〜……」 そう言われ、無表情で逸の頭を一発張る。 自分は毎度毎度人に恥ずかしい思いをさせるくせによくもそんなことを言えたものだ。 豆鉄砲を食らったような顔の逸を、やはり冷たく敬吾は見つめ返す。 「お前このままもっかいやってやろうか…………」 「えぇ!!!?やだ!!絶っっ対やです!!!!」 頭がもげ落ちそうなほど激しく首を振られ、溜飲が下りて敬吾はフンと息を逃した。 逸の肩に手を掛け、背を起こさせて拘束を解いてやると、かなり激しく悶ていたせいか変色している。 逸が久しぶりに自由になったその腕を動かしてみるも、長く視界から消えていた上痺れていて、今ひとつ自分のものという気がしなかった。 その非現実感と手首の痛みに逸が妖しく笑う。 「……これはお仕置き感すごいですね」 そう言われ、敬吾はその赤らんだ手首に唇を付けた。 少し舐めてやると逸が目を見開く。 それを見上げて笑い、敬吾はがしがしと逸の頭を撫でてやった。 「シャワー浴びろ。俺も着替える」 そう言われてやっと、敬吾のパーカーが濡れていることに思い至る。 逸の顔が一気に赤くなった。 「つーか……小便じゃないですよね?これ……」 すっかり所在なさげになってしまった逸に笑ってしまいながら敬吾は立ち上がり、パーカーを脱いで逸に手渡す。 「臭いしないだろ。精液の成分だとか聞いたけど……分かんね」 「へえ……」 そう言われて逸も少し安心し、パーカーを返すと敬吾が浴槽から出て行く。 逸も立ち上がってみると思いの外足元はしっかりしていた。 自分も浴槽の縁を跨ぎ、今脱衣所に出ていこうとする敬吾の腕を強く掴む。 それを思い切り引いて腕の中に閉じ込めると、敬吾はやっと驚いたような声を漏らしたところだった。 「なにっ、ーーー」 「敬吾さん……」 「なんだよっ………」 照れているらしいのがその声から伝わってきて逸は笑ってしまう。 久方ぶりの穏やかな気持ちで、逸は敬吾の髪に鼻先を埋めた。 「敬吾さんに全然触れなかったから……」 「ーーーーーー」 徐々に赤くなっていく敬吾を、逸はしばらくそうして抱き締めていた。

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