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第1話
楽しかった大学生活も終わり、社会人となって一年が過ぎた。毎日職場と自宅の往復をしている冴島孝之は、彼女を作ることもなく「仕事が恋人だよ!」とちょっぴり見栄を張ってみたりしていた。そんな冴島の職場にはレベルの高い女性が大勢いるのだが、彼女らは皆こぞって【ある男】に夢中であった。夢中でないのは唯一の既婚者である主任くらいだろう。社内恋愛は何かと面倒だと聞くので、別に残念だなんて思わないのだが【ある男】に対して冴島は良くない想いを抱いていた。
カタカタとパソコンを軽快に操りExcelに数字を打ち込んでいた冴島は、きゅるきゅると鳴るお腹に気付きそろそろお昼だと液晶から顔を上げた。
「お腹す………!?」
顔を上げた瞬間目をまん丸にしてしまった。何故ならば件の【ある男】が冴島が顔を上げるタイミングを見計らい、そのキラキラした顔を接近させていたからだ。
「ビックリした…!何なんだよ、葛西君!」
「いえ別に。冴島さんと顔を上げるタイミングが同じだっただけですよ?」
タイミングが同じだったとは言うが、パソコンを挟んで向かいにいる葛西が此方を覗き込むように見ているのに通るはずがない。由々しき事態だと冴島は葛西を睨んだ。今年入って来た新入社員の葛西享。机が向かいだっただけなのに、隣に座る女性社員を無視して冴島ばかりに声をかける変り者だ。
「冴島さんお昼ですか?」
「ん、うん…いや、もうちょいやろうかなぁ」
安易に一緒に行きたくないと言っているのだが、葛西は此方の気持ちを汲み取ってくれず「じゃあ、俺ももうちょいやろ」だなんて言っている。後輩が出来て嬉しいし、可愛がりたい気持ちはあるが何しろ葛西が身長180越えていて声も低くメガネが似合う顔もカッコいいときた。ちんちくりんである冴島には、コンプレックスの塊である。それだけならば不肖冴島孝之、年下に嫉妬などはしない。しないのだが…
「葛西さ~ん、お昼行きませんか?」
媚びへつらったような女性社員の声がし、冴島はギクリと身体を揺らした。マドンナ的存在である女性社員も、葛西を誘うグループに入っており他の男性社員に妬みを抱かれているのは見てわかる。しかし、彼女らのアピールを気にせずメガネを押し上げ「もう少しやりますので」とファンサするアイドルのようなキラキラした笑みを浮かべ断ってしまった。それもほぼ毎日のことなのだから冴島は頭が痛くなった。
「明日は一緒に行きましょうね!」
「はい、是非」
キャアキャア言いながら女性社員が出ていけば、葛西は直ぐ冴島の方を向き再び立ち上がって覗き込んできた。
「ほら、冴島さんが俺と行ってくれないから」
「ええ!?なんで俺のせいなんだよ…毎日あんなに誘ってもらえるんだから行けば良くない?」
「嫌です。俺香水とか化粧品の匂い嫌いですから」
フンッと男性社員全員敵に回すような発言をした葛西は、席を離れ何故か冴島の横の席に座った。そこは香水臭い女の席だぞと言いたい気持ちをこらえ、冴島はカタカタとパソコンを叩いた。
「…んもう、何してんの葛西君」
気づけば真後ろに回り込まれ、抱き込まれるような形で腕の中にスッポリ収まってしまった。冴島の手の下に葛西が自分の無骨な手を入れ、カタカタカタカタと物凄い速さでキーボードを叩き始めた。瞬く間に完成されていくプログラムに、冴島は目をまん丸にしたまま葛西の手に自分のを乗せたまま固まってしまった。顔も良くて女性から人気もあり、上司から信頼されて仕事も早い。先輩なのにぬいぐるみのように抱き込まれ、悔しくないハズがない。
「終わりました。お昼行きましょう」
「ちょ、ちょっと葛西君!」
Excelもしっかり保存され、冴島は葛西に腕を掴まれてズルズル引っ張られた。何故こんなに自分に構うのか。パンをかじる男性社員から哀れみの目を向けられ、冴島は「裏切りもの~~~」と心の中で叫んだ。
連れてこられた場所は、いつもと同じく会社の中庭にある大きな松の木の下にあるベンチ。食堂もあるのに、何故か葛西は外に行きたがる。人混みが苦手なのだろうか。
「今日のご飯何ですか?」
「昨日の残りだよ。昨日は唐揚げしたから」
ちゃっかり冴島の弁当も冴島本人と一緒に持ってきたようで、葛西はコンビニ弁当を開けながら覗き込んできた。大学生から一人暮らしをしている冴島は、お料理だってちょちょいのちょいだ。毎日弁当を持参しては毎日葛西に覗き込まれる。
「いつも見てくるけど食べたいの?」
ペットボトルのお茶を開けながら聞けば、葛西は珍しく顔を赤くして割りばしを噛んでいた。どうやら図星のようだ。ほんのちょっぴり可愛い所が見え、冴島はしょうがないなと唐揚げをひとつ摘み葛西の顔に近づけた。
「さ、冴島さん!?」
「優しい先輩がめぐんであげよう。ほら、口を開けたまえ」
フフッと微笑ましく思いながら葛西の口に唐揚げを放り込み、冴島はプチトマトも摘まんで彼に向けた。
「葛西君は野菜が足りないからプチトマトもあげようね」
年上らしい事が出来て冴島はご満悦だが、いつも余裕たっぷりの葛西は拗ねているようだ。ムッとした顔をしながら弁当を平らげ、ペットボトルのお茶を飲み干した葛西は冴島の膝の上に頭を乗せた。
「食べてすぐ寝たら牛になるよ」
「大丈夫です。牛になったことないので」
先輩の膝を枕にするだなんて不届き者だが、これも毎日のこと。気にせず弁当を食べていたら、足を擽ってきたので冴島はクスクス笑いながら葛西の頭をテーブル代わりにしてやった。
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