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3-2 泣くな俺!

「俺? どっちでもいーよ」  (かい)がサラッと答える。 「は……!? 男も女もオッケーってことか? バイ?」 「バイってゆーんだっけ? じゃあそれで」  じゃあそれで……って。  何だろう?  その言い方ってほら、アレだ。  ファミレスで、ドリンクバーとサラダがつくAセットにするとお得ですよーって言われた時とかに言うやつだろ。  調子狂うな。コイツと話してると。 「ここに来て、ノンケが男も許容範囲になったり。男しかいなかったから男とつき合ってただけで、本来はゲイじゃないって気づいたヤツらもバイになるな。男女とも恋愛対象なバイは、トラブルごとにどっちかに加担してるよ」 「あ、どっちつかずのヤツらもいんの? 俺、どっちも恋愛対象じゃねぇけど。それでもオッケー?」 「バイのヤツらは基本ゲイ寄りだけどな……って。お前今、どっちも恋愛対象じゃないって言ったか?」 「うん。誰か好きになるとかそーゆーのねぇから」 「何でどっちでもいいって言えるんだよ」 「だって、女とも男ともやれるからさー」  点。目が点だ俺。  ツッコみどころがわからないってより。ツッコみどころで出来てるようなコイツとの会話は、コミュニケーション能力を試すテストかなんか? 「あーそう……でも、えーと、学園内の誰ともつき合う気がないなら……ノンケだって宣言しておいたほうがいいかもな」 「そう? んじゃ、そーする」  素直なのはかわいいな。純粋に。 「そうしろ。告られたらキッパリ断って、あとは襲われないように気をつけろよ。惺煌(せいこう)にいたんなら、揉めずにうまくあしらえるだろ?」 「んー揉めずにって難しいじゃん? 言葉通じねぇヤツもいるし。どーしてもって言われて嫌じゃなかったら相手して、襲われたら殴り倒すじゃダメ?」  ダメです!!!  口には出さない否定を俺のジト目に見た凱が、肩を竦める。 「……お前、惺煌(せいこう)でそんな対処してたの?」 「だいたいはねー。自分の意思じゃねぇのは絶対嫌だし許せねぇからな。男とセックスすんのは別にいーけどさ」 「だからって、好きでもないヤツの相手するなよ」 「俺は誰も好きとか思わねぇんだって。あーひとりだけいるかな」  遠い瞳でどこかを見つめる凱を見て、静かに溜息をついた。  やっぱりトラブル不可避人物だ。  恋愛感情なしに男も女もやれるって言うし。実際にやってるようだし。となると流されやすいだろうし。  コイツだし。  気軽にセックス出来るってある意味羨ましい……嫌味じゃなくよ?  簡単に考えられない俺からすれば……ね。  はぁ……。 「とにかく。自分からトラブル起こしたくなきゃ、ここではやめとけ。襲われそうになったら全力で逃げろ」 「お前もそーしてんならな。つーかさ。どの立ち位置なの?」  うっと絶句気味になった俺を、凱は逃さない。 「委員長として」 「俺は……彼女がいるノンケだ。彼女一筋でマジメで、だからナンパや女遊びの誘いには乗らない」  早口になった。  嘘ってそうなるよね。途中で口挟まれたくないから。  いいんだ。どうせ凱はわかって聞いてる。 「へぇ。女にとっちゃ理想の彼氏じゃん」 「はは……だろ?」  自分で自分を(あざけ)りたい……。  何だその弱々しい声と肯定は! 「で? お前としては?」 「俺は……」 「やっぱゲイなの?」 「いや……じゃなくて、でも……そう、とも言えなくて……」 「バイってやつ?」 「そうでもなくて……」  あーもう!  ハッキリしない人間ってイライラするよな。  見ろよ、凱の眉間の(しわ)。  コイツは真摯に俺と向き合ってくれてるじゃん?  誠実な人間に対しては誠実にならねば。  素直には素直。  バイにはバイ……。    ダメだ俺。ここでふざけるとか、マジテンパってる。 「わっかんねぇなー。よそはともかく、こーゆー学校で男がオッケーなの隠す必要あんの?」 「隠してるわけじゃない。俺は……」  学園の人間に素の自分を(さら)すのは初めてで。  コイツはまだ会って間もなくて。  しかも、わりと得体が知れなくて。  だけど、信用していい気がするよ。  凱の真似してただの勘……だけどな。 「わからないんだ、自分が。ノンケかゲイか、それともバイなのか。しらばっくれてるんじゃなく本当に。だから、お堅いノンケを装ってる。周りの色恋に関わらなくて済むように」  凱の眉間、(しわ)(みぞ)になってる。 「女とセックスしたのも一度だけで、かといって男とやりたいとも思わない。女でも男でも、好きな相手ならその気になるかもって……自分の気持ちが動くの待ってるところなんだよ」  たぶん無表情の俺を黙って見つめる凱の眉間には、もう溝も皺もない。 「なのに……お前は……恋愛感情なんかなくてセックスするって……言うしっ……周りのヤツらも……だから、俺が……どっかおかしいのかもっ……てっ……」  ヤバ……泣きそう!  何で……!?  別に悲しくない。悔しくもない。もちろん嬉しくもないのに。  急いで顔を背けて俯いたけど、確実に間に合ってないだろうな。  つぶった両目から出る涙を隠すには腕を上げるしかなく。  それは涙を隠す目的にしか見えず。  泣き顔なんて中学に入ってからは、紗羅にも見せたことないのに……あの日、あいつに見られた時以外は……。  くそっ……! もう……声が抑えられな……。  泣くな俺!  男のすすり泣きなんて気味悪いだけだぞ?  凱だってきっとドン引きして……。  え……!?  何だ、これ……? 「我慢することねぇだろ。せっかく誰も来ねぇとこにいんだしよ」  頭上から凱の声。  開けた目に映るのは陰になったシャツ。  近い。ていうか、オデコに密着してるこのシャツは俺のじゃない。  そして、頭を押さえつけられてる感覚と、うなじにあったかい手の体温が……。  凱に抱き寄せられてる。  頭がちょうど胸の位置だ。俺はイスに座ってて凱は立ってるから。  横を向いて俯いて、おまけに腕で泣き顔を隠していたせいで。凱の動きに全く気づかなかった。  突然のことに動揺して、一瞬自分が泣いてる事実を忘れてた……んだけども。 「自分隠すのって、ゲイなの隠すよりしんどいよな。お疲れさん」  そう言って、俺の頭をよしよしと撫で始める凱。  その指先がやさし気で心地良くて。  一気に涙腺崩壊。  しかも、涙の理由も思い当たった。  無理してた。  臆病な自分が恥ずかしくて。  情けない自分を人に見られたくなくて。  傷ついた自分を隠そうとして。  そんな自分を、俺自身が認めたくなくて。  だから……。 「ちょっとは力抜けよ。楽になんのも必要だぜ?」  凱が俺の気持ちを先回りするかのように口にした。  そうだ。その通りだ。  ずっと楽になりたかったんだ。  委員長キャラを演じる毎日をこなすのは、さほど大変じゃない。  でも……怖かった。  このままいつまで続ければいいのか、わからないってことが。  だから今、俺の心の力が抜けた。  委員長仮面を着ける理由を話せてホッとした。  学園の中に、ひとりでも素の自分を知る人間がいるって……こんなに気が楽になるのか。  この安心感が、俺の涙がこぼれた理由。  そして、凱は別の安心感も俺に与えた。 「安心していーよ。押し倒したりしねぇからさー」  そう言われるまでもなく、すっかり安心しきってた。  危機感なんてまるで覚えない。  男の胸で泣いてるのに。  コイツがその気になれば、今の俺ならどうにでも出来る状況なのに。  何この絶対大丈夫だっていう俺の自信。どっから来たんだ?……って。やっぱりコイツからだよな。  相手が望まない限り、凱はその気にならない。  理屈じゃなくそう信じさせられる。だから安全。だから安心。  これってすごい能力だと思うよ。  ひとしきり。まだやさしい世界しか知らない子どものように。自分が恥も外聞もある高校生なのを忘れて、凱の心臓の音を聞きながら泣いた俺。  涙って、普段どこにストックしてあるんだろうな。

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