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春樹と和也

   夜、警察から電話が来た。 「かずなりっ」 「あ、キミか」  午後の22時22分、学校から出された課題が終わったら風呂に入って寝ようとしていた時だ。  なにも設定していない電子音でスマホが鳴り、知らない番号にもかかわらず出たのがよかった。  声からして爽やかを感じ取れる、だけど老いてるかもしれないと思わせる、そんな男の人から『交番警察の――』とはじまり、幼馴染みの和也(かずなり)の名前を出してきたのだ。  夕方から公園で一人、動きもしないまま数時間ベンチに座ってて通報されたらしい。近所に住んでる主婦が制服も着ていながらもどこか怪しいと思って、ここの交番に通報。  なにをしたわけでもなく、ただ動かず座っていた学生なのに、通報されるだなんて。 「ほら、和也君。お兄さん来たよ」  俺を兄設定にしたのか。まあ、こんなのおばさんやおじさんには言えないよな。  何度も言うが、通報されたんだ。  パイプ椅子に座っている和也は体を突っ伏したまま顔も腕で伏せ隠し、これまた動かないでいた。警察の人は優しく肩をポンポン、と叩きながら揺すぶるが動く気配がない。 「ずっとね、こうなんだよね。家でなにかあったの?」 「……受験生だから、かもしれませんね」  中学三年生なのは本当だ。でも、受験生だからとか、関係ない。  そんな嘘でも警察の人は兄という俺を疑わず、困った顔をしては『あぁ、』と呟き、頷いてる。……耐えられなかったか、和也。 「ほら、コーヒーでいいだろ」 「……ん」  あれから数分の間やっぱり動かない和也だったが、背中を擦っていた俺の手を掴んでは立ち上がった。警察の人には小声で『お世話になりました……』と口にして外に出ようと体を向けて交番から出ようとした和也。  俺も慌てて、それこそ“兄”になった気分で頭を下げれば今日は特別になにもなかったことにするよ、と言ってくれて、そこにも感謝した。  良いのか悪いのかは正直わからないが、警察の人が判断してくれた特別には他人ながらもガッツポーズだ。もう世話にならないようにしてあげよう。  あと少しで23時。  補導される時間でも気にせず俺と和也は、通報された公園にいた。  近くにある自販機で120円を入れて俺の分を買い、もう一回120円を入れれば和也のコーヒーを買う。ホットよりはアイスを好むから、つめたいボタンだ。  飲み物を買ったとはいえ、ここではゆっくりしていられないけどな。  とりあえず軽く休みがてらに事情を聞いて、それから俺の家なり自分の家なりに行っては――ばいばいをするのか、泊まるかの判断はこいつに任せよう。 「どうしたんだよ。俺と学校から帰って、家に入ったよな?」 「……そのあとまた家を出てここに来た」 「なんでまた」 「……うるさいんだ」  開けていない缶コーヒーをベンチの横に置いて顔を手で覆う姿。どこか悩んでるものに、俺は放課後を思い出す。 「電話?」 「……たぶんどこかで晒されたんじゃないかな」 「家の?」 「ああ……もう家電がうるさくて、電話線をハサミで切っちゃって、」  こりゃおばさんでもおじさんでも見付かっちゃうな。  まあでも、限界が来てたもんな。――イジメ。 「気持ち悪ぃの。スマホからの電話もおっさんの声にしろ、女の喘ぐ寸前の声も、全部わけのわからない奴等からで。たまにあっちから他校名を言ってきて、ヤらせろとか」  それは突然だった。  受験生の俺等は高等学校の見学でそれぞれの期間から選んで行く時期。今、言ったように知らない番号、非通知、公衆電話から不在着信数が三桁を越すぐらい酷い。  非通知設定で電話を出来ないように、公衆電話からも出来ないように設定したにもかかわらず、今度は番号そのものを、そのままにしてかけてきては切るという迷惑行為が続いていたんだ。  そんな犯人もわからず、不特定多数からの番号は和也一人じゃどうこう出来るものではない。  どこかに和也の携帯番号を書かれたのか、掲示板に書き込みをされたのか、まだわからないが。わからないが、次は通っている学校で、クラスの教室の黒板に全裸の男と抱き合うような和也の写真が貼られていた。  明らかにヘタクソな編集写真だったが、その一枚のせいで和也が男と売春しているんじゃないかと噂を立てられた。もちろんそれは教師の耳にも入るし、受験生なのになにをやっているんだとも怒られていた。  親にも連絡すると言った教師に、俺が割り込み、真実じゃないことを説得しまくったんだけど。  それでいて、俺は幸いにも教師達から信頼されている生徒だったから幼馴染みってことで、なかった事にしてくれた。だけど生徒達に広まった噂は消えるわけでもなく、これを機にほぼ全員からいろいろやられるハメになったんだけど。 ――今日はなにが悪かったのか……放課後にヘタクソな編集でも、綺麗で丁寧な編集でもない、知らぬ男と寄り添うように寝ている和也の写真が黒板中に貼られていたのだ。  放課後だから良かった、のかもしれない。  それを見たのが本人の和也と、俺だけだったから。  友達という友達がいなくなった和也はもう俺だけしかいなくて、そのせいか俺を失いたくないからって廊下に突き飛ばされて一人、教室のドアを閉めては写真を剥している姿に、胸が痛くなってしょうがなくなった。  どうして和也がこんな目にあわないといけないのかな、って。なにがキッカケだったのかな、って。  泣きそうになりながら一心不乱に写真を剥す和也に、俺は後から抱き締めて動きを止める。震えているのがよくわかる。――だが、まだ泣いてないあたり、こいつはなんて強い奴なんだと思った。  まだ剥されていない写真を俺は綺麗に一枚も残さず取って、鞄に入れては和也を立たせて、家に帰らせたんだ。  ちゃんと和也が自分で家に入る姿をこの目で俺は見届けていた。なのに、またすぐに出て行ってはこの公園に足を運ばせていたなんて……それでいて通報。  お前の人生、めちゃめちゃだな。 「……」 「……」  まだ泣かない。強い。  手で顔を覆ったままの和也に俺はそっと膝に手を乗せる。  リズムよく、あやすように叩けば、こいつはだんだんと落ち着くんだ。  小さい頃からの変な癖、というべきか。 「……春樹(はるき)」 「ん?」  唐突に呼ばれる俺の名前。 「……あんなの、ヤってないんだ」  あぁ、知ってるよ。 「俺の知らないところで始まってる噂だけど、」  あぁ、ずっとそばにいたからな。  和也がそんな事をするわけがない。 「本当にほんと、なにも知らないんだ……」  知ってる。 「だからっ、春樹だけでも、信じてくれたら、って、」  信じてるさ。泣くのを我慢しているなら、それはもう解いていいと思うぞ。  そんな辛そうな和也、見たくない。  幼馴染みの、俺の気持ちも考えてくれたら嬉しいな。 「春樹……」 「うん」  そのままそのまま、そのままだ。  ちょっとずつちょっとずつ、ちょっとずつ。落ち着けばいい――って、いうにのこのタイミングで公園に響き渡る電子音が鳴り始めた。  着信だ。俺のじゃない、和也の、スマホ。 「……っ、」 「あ」  嫌気がさしてるらしい和也は着信音に敏感になったみたいで鳴った瞬間、地面に叩きつけていた。そして和也の膝上に置いてた俺の手の上に、重ねて来た手は和也の手。  急な行動に驚いてしまった俺は思わず和也の横顔を見る。  溜まっていた涙が、 「春樹……ごめん――お前高校は県外、だっけ」  おちた。 「……おう」 「……俺も、そこに、行く、」  落ちた。 「……ああ、そうか」 ――落ちた、な?    *   *   *  だいたい和也がいけないんだ。  夏休み前に俺と違う高校にするとか言い出すから。理由もなしに俺を突き放そうとするから。  俺の勝手? 知らないさ。  去年まで地元の学校を一緒に行こうとか言ってたくせに、中三になってまた新しい後輩が出来ては増えた友達後輩に、調子に乗って仲良かった先輩の学校な行こうとした、和也がいけないんだ。  俺とだったらなんでも良いとか、その口が言ったくせに。俺と一緒だったら楽しいとか、その口が言ったくせに。俺と人生の半分以上居て手放せないと、その口が言ったくせに。  堂々と俺を手放そうとしてるお前が悪い。  俺をその気にさせて楽しいか?――とか言わないよ。  知らないとは言っても、やっぱり俺の勝手にはかわりない勝手なんだろうし?  実際、周りの奴等も理解してくれてないしな。  まあでも、いい。こうして俺が手を回して和也をみんなから離す事が出来たから。こうして俺の元へ落ちた和也を救ってやるばんが来たんだから。 「かず、今日は俺の家に泊まろうか。もう、大丈夫だから」  落ちたこいつの判断とか、もういらない。 「わりぃ……」  ずず、とすする鼻に俯く和也は限界を超えたせいか恐怖と安心で体を震わせながら謝っている。 「いいよ。俺はいつでも和也の味方だから。そこは、忘れないでほしい」  だけど、そんなのも気にしない俺は慰めるように頭をガシガシと撫でてベンチから立ち上がる。  嬉しくてニヤける口元はまだはやいな。少なくとも、和也が寝てからの方がいいに決まってる。  よかった。  受ける学校は全寮制だから、人見知りが激しくなっている和也。親しい誰かを作る気もないだろう。俺だけの和也になってくれるだろう。――よかった。 「もう泣くなって。電話線、切っちゃったんだっけ?事情は説明しなくてもいいから、明日謝ろうな?」 「ん、」  差し伸べた手を掴む、かわいそうな和也くん。  落ちた方が確実に楽で、幸せな和也くん。  よかったな。 (あ、知らぬ男として写ったは大切に閉まっておこう。) *END*    

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