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第12話
知矢は自分が口にした言葉の女々しさに自己嫌悪に陥り、兄の様子を伺う。
兄はとても悲しそうな顔をしていた。
「……お兄ちゃん……?」
苦しそうに眉を顰め、重い溜息をつき、辛そうに掠れる声で典夫は言葉を紡ぐ。
「……俺いつも言ってるよな? 知矢。俺のことを信じてって。俺にはおまえだけだって。なのに」
「……っ……だって……」
「おまえが見たのは多分、仕事の後輩だよ。ただそれだけの相手」
「え? ……あ……」
「俺、ずっとおまえに伝えてきたはずなのに。伝わっていなかったんだな。……心変わりするような軟弱な気持ちなら最初から実の弟なんて選んでいないって」
「お兄ちゃ……」
兄の切れ長の目が悲しく伏せられ、肩に触れていた手が離れて行く。
「お兄ちゃん、待って!」
そのまま兄が遠くへ行ってしまいそうな妄想に駆られた知矢は、その手に縋りついた。
「知矢……」
「お兄ちゃん……ごめんなさい……僕、綺麗な女の人とお兄ちゃんが一緒にいるところとお母さんから言われたことの二つのショックが重なって……だから」
縋りつく手を強くすると、兄はようやく吐息のような笑みを零してくれた。そのままコツンとおでことおでこを合わせられる。
「あのさ、知矢。ちょっとした嫉妬ならうれしいけど、さっきみたいにガチに疑われるのは辛いかな。俺がどれだけおまえのこと好きだと思ってるんだよ?」
「お兄ちゃん、ごめんなさい。好き、大好き。だからどこにも行かないで」
「どこにも行くわけないだろ。だってここが俺とおまえの家だもん。知矢、そうだろ?」
「うん……お兄ちゃん……」
知矢がしっかりとうなずくと、典夫は蕩けるような笑みを……愛する弟にだけしか見せないそれを浮かべながら、そっとキスを贈ってくれた。
唇を重ねながらカーペットへ押し倒される。
「……ん……お兄ちゃん、やだ、こんなところで……」
「だめ。もう止められない……知矢……」
兄の手が服の中へと忍び込んできて、胸の突起をいじられる。
「あっ……お兄ちゃん……」
知矢の口から零れる甘い吐息。
体温がどんどん上昇していく中、肌を撫でまわす兄の手が一瞬止まり、言葉が紡がれる。
「典夫って呼んで? 知矢」
「えっ……?」
「俺たちは兄弟っていう関係以上に恋人同士だろ……?」
そんなふうに言って兄がおねだりをしてくる。
「そんな、だって……恥ずかしいよ……」
今までずっとお兄ちゃん、としか呼んだことがないのに、名前で呼ぶのはなんとも恥ずかしい。
「お願い、知矢」
小首を傾げての重ねてのおねだり。兄のそんな仕草がなんだかかわいくて、知矢は勇気を振り絞って口を開く。
「……の、典夫……?」
「うん。知矢……好きだよ……」
兄がとても幸せそうに目を細め、そしてまたしっとりと唇が合わせられる。
誰にも邪魔されない二人だけの城でまた愛し合う。
何度も何度も、愛し合う。
二人から溢れ出た愛液で汚れてしまったカーペットは、また新しいのを買う羽目になってしまったけれど。
二人一緒に買い物をするのもまた楽しいから。
誰にも言えない、知られることは決してあってはならない。
兄と弟の新生活はまだ始まったばかりだ――――。
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