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第10話

4月1日。 春なのに、紺碧色の空がひろがっていた入学式。 その空も、今は見覚えのある濡羽色に変わっていた。 俺は、鞄の中のキーケースを取り出す。 同じ鍵が2つ付けられたキーケース。 どちらでも開けることが出来るが、必ず左に付けている鍵を使う。 ガチャリと鍵を開け、扉に手をかけた。 俺は、やっぱり我儘だった。 手紙を読み終えた俺は、横井先生に菜生の実家の住所を聞いた。 すると先生は、(いぶか)しげにこう言った。 「住所を教えてもいいが、実家に牧瀬の両親はいないぞ」 「牧瀬の両親は、牧瀬がここに入学する2週間前に交通事故で亡くなっている」 「一緒に車に乗っていた弟さんもだ」 俺は、言葉を失った。 その後も、ずっと菜生を探した。 二人で行った場所、数少ない菜生の友人から聞き出した菜生がよく行っていた場所、行きたいと言っていた場所。 勿論、横井先生に菜生の本当の進学先を聞いた。 しかし、 「牧瀬と、大学の事は誰にも話さないと約束した」 と言い、頑として口を割らなかった。 「ただいま」 暗がりの部屋に、虚しい声が響く。 パチリと電気をつけると、無駄に広いリビングが照らされる。 大きめの二人掛けソファーの前に、ブルックリンスタイルのローテーブル。 それらの下には、そのまま座ってもいいように、毛足の長い若草色のラグを敷いている。 一緒に海外ドラマを見ようと思って購入した42インチのテレビは、まだ一度もつけていない。 いつものようにキッチンに目をやる。 カウンターに色違いのマグカップが二つ。 『俺は、ペアグッズだらけとか嫌だかんな』 そう言われる前に買っていたペアのマグカップ。 君のいない新しい生活は、まだ始まったばかりだ。 I can't listen to your selfishness. So, I miss you...

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