1 / 1

久我と野田

  「君は、おかしい」  それは、どうだろうか。少し考えてみてほしい。  確かに同じクラスだし席は前後だ。活動なんて無に近いほど存在がなくなってきた美化委員としても、同じ。いえば、学校の時なら半分も一緒に行動をしているだろうと思う――久我(くが) 俊二(しゅんじ)。  そんな久我から放課後、話があるから残っててほしいと言われた。  彼とは中学からの仲だがそれほど付き合いはしていなかった。むしろ高校生になるまでは関わりなんてしていなかったし、目が合ったかどうかもわからない。  久我の顔は整ってて、その年齢よりもずいぶんと落ち着いた素振りを見せていたから女子に人気だった。加えて嫌味のない絡みに同性である男からも人気でいて、つねに久我の周りは人だらけ。  校門前とかで人だかりが出来ていたら『あぁ、また久我がいるんだな』と思うだけで俺が一方的に久我の存在を知っていた、それだけな関係だった。  それがどうだ。  高校受験を機に電車通いだった中学とは別で家から徒歩で行けそうな学校を探していたのが、この男子校で、男子校の需要というものを考えては担任に相談して、親にもぐだぐだと垂れ流しで相談してみて、最後は可愛い妹(5歳)に『どうかな、兄ちゃんあそこの学校に行ってもいいかな?』と問いかけてみれば、小さな猫のぬいぐるみを抱き締めてエンジェルスマイルで、良いと思う!とか。  それで受けてみれば合格。  中学で同じだった奴等が一人もいなかったことに驚いたが、もともと浅く広くな関係性なだけで悲しまずに卒業しては受かった男子校に入学した。  その時も校門前に人だかりが出来てて、思い出す久我にそこを素通りしようとしたんだ。  そしたら急に腕を掴まれて、ギョッとして振り向けば見た事もないほどの焦りを見せた久我からだった。――あれ、久我だ。中学で同じ奴いたわ。  思った時には最後。 『野田(のだ)と約束があるから、帰るな』  野田とは、俺。野田 陸人(りくと)、ちなみに俺達は今、高校三年生。  入学式のこれがキッカケでよく話すようにはなったが、断じて俺から話しかけているのではなく、久我から話しかけてくるんだ。  俺はべつにそこまで話したいとは思っていないし、今後もそうだろうと思ってたんだけど、なんだか話が合う時も合って。癪ながらたまに俺から話しかけていたりする。  積み重なって積み重なって、積み重なった結果、周りからはとまとめて呼ばれるんだけど。まあそこはいい。どうでもいい。  長くなったな。話を戻そう。  そんな久我から言われたように放課後、誰もいなくなった教室でただただ久我と、二人で待っていたのにもかかわらず、 「君は、本当におかしいよ。どうして俺を好きにならない?」  なんて言われたから、もう帰ろうかな。 「……久我、俺にはお前がわからない」 「俺も野田がわからない。君の目はどうなってるの?」  質問に質問返し。むしろ質問にも成り立っていないこの会話に意味は果たしてあるのか。  いいや、ないない。絶対にないんだ。無駄な時間過ぎてそろそろ情報番組内でやるグルメニュースが始まる時間じゃないか?あー、見たい。  腹も減った。 「どうしてそう思ったのか。俺は優しいから聞いてやるよ。なぜ俺がおかしいのか。あと、」  ――なぜ久我を好きにならなければいけないのか。  九割五分ほど興味なんて持てず、聞き流す程度に相槌でも入れとこう。  態度なんて関係ない。聞く姿勢なんていくらでも出来る。とりあえずのとりあえずだ。  時間確認とともにスマホを手にしながら、俺は久我の話をザル耳にして用意。 「俺はカッコいい。頭もいい、運動神経なんてつねにトップクラスだ。それは小学生の時から変わらない。過去も、今も、あと、これからも。俺は俺であり続ける。周りの奴等が老若男女と問わずに俺を見て、必ず惚れるか憧れの存在対象としてあり続ける。俺を、みんなは愛してくれる。それほどの人間だ。なのに野田は違かった。初めて会った中学から俺という俺を見向きもせずに眠そうな顔でなにもかもをやり過ごしていた。俺がいるのに。そりゃ、最初は俺が美し過ぎて近付けない、子犬状態かと思ったのに違うとわかった俺は、もう、お前をずっと追いかけている。それなのに、それでも、野田 陸人という男は、見向きもしない。――君はおかしい。俺を好きになって当然なほど近くにいるのに」 「……」 「なのに、なぜこの場でスマホを弄ってるんだ?」  首を傾げて、眉を垂らして、純粋にわからない事を聞いてくる可愛い妹みたいな表情で久我は一気に言ってきた。  正直こんな久我は初めてで戸惑ってる。理解出来ない言葉ばかり吐かれて脳の処理が追いついていない。  こいつは今なんて言ったんだ。なんかとりあえず自画自賛してたよな?自画?とりあえず自分のことを褒めていたよな?  当たり前な事も言われた気がするが、それはそれでまた嫌味に聞こえてしょうがない。  なんだ、こいつ。つーか中学の時から俺を知っていたのか。すげぇな。 「必ず俺を好きになると思っていた。思っていたのに野田はなかなか落ちてきてくれない。俺の心に。腕の中におさまってくれない。野田は何者だい?もしかして自分が男でなんの取り柄もないことに、容姿に諦めてるとか?だとしたら安心しろ。俺は男女問わず愛せる。そう、俺を愛してる人なら、お返しが出来るほど、俺も君を愛せる。――俺を愛してくれればね」 「――、」  なにか言い返そうとした。だけど、 「おーい、久我野田。お前等まだいたのか?もう18時超えてるぞ。帰れー」 「……」 「……」  担任が来てしまった。注意をされてしまった。  でも、助け舟だった。担任への返事とともに俺は心の中でホッと一息ついて机の上に置いてある鞄へスマホを入れる。  もう本当に帰ろう。くだらない。 「先生、ちょっとだけ。あともうちょっとだけ時間ください。今、野田が俺を好きになろうとしてるんです」 「はっ!?」  久我のよくわからない電波発言に大きく反応をしてしまったものの、担任は途端に表情を変えて、慌てた様子を晒しながらも『悪い悪い!でもあとちょっとだぞ!』と言っていなくなってしまった。  おい、おい、おいおい。 「さあ、俺はもう告白をした」 「告白って、なんだよ……」 「俺は男だろうが愛せるという告白さ。恥ずかしくて言えなかった俺への想い――言ってみろよ。美しいものはずっと見ていたくなるだろう?ずっとそばに置いときたくなるだろう。独り占め、したくなるだろう?――さあ、ほら、」  わけのわからない綴り言葉に差し伸ばされる手。  どうしても理解が出来ない俺はその手をはらいながら、帰る宣言をして鞄を掴んだ。 (いつの間にか野田を好きになってて独占したいけどそれに気が付いてない久我と、そこまでの考えに辿り着かない野田のお話) *END*  

ともだちにシェアしよう!