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第1話

 桜峰(さくらみね)(みなと)が勤めている完全会員制クラブ『SILENT BLUE』は、オーナーが招いた人間以外入ることのできない店だ。  男性のキャストが客をもてなす、ホストクラブやメンキャバに近いが、客はほとんどが男性で、ほどほどに酒をのみ静かに話をして帰っていく上品な紳士ばかり。指名制もあり、人気キャストは手当てがつくが、基本給が相場より高額のため、売り上げや客の奪い合いによるぎすぎすした雰囲気もなく、スタッフは全員仲がいい。  高校卒業後に諸事情により路頭に迷っていたところをオーナーである神導(しんどう)月華(げっか)に拾われて以来五年、ここで働けているのは本当に幸運だと思う。  スタンドカラーのシャツに蝶ネクタイを締めて、細い上半身を覆う燕尾風のカマーベスト、下は黒い細身のパンツという制服姿の自分にもすっかり馴染んで、むしろ普段着の方が違和感があるくらいになっている。  五年前、湊はとても大切なものを手放した。…諦めざるを得なかった。  その時胸に開いた穴は少しずつだが 、この場所で癒されていると感じている。  湊が本日一人目のお客様を送り出して戻ってくると、またすぐにドアが開いた。  そちらへ向き直り条件反射の笑顔で出迎える。 「いらっしゃいませ」 「眠兎(みんと)、お疲れ様」 『眠兎』というのは湊の源氏名だ。  労う言葉と共に入ってきたのはオーナーで、始業前のミーティングでオーナーに来客があると店長から話があったことを思い出す。  いつ見ても、男性だが美人という表現の似合う人だ。ただし女性的な雰囲気ではなく、余裕と自信に満ちた笑顔は成功者のそれで、どんな相手も彼に引き込まれてしまう。  この店はそんなオーナーの商談用の場所の一つなのだそうだ。こういうときは、邪魔にならないようにボーイに徹する。商談相手に気に入られて席に呼ばれることもあるが、積極的な接待はしない。 「ちょっと場所借りるね」 「はい、………っ?」 「……湊?」  通り過ぎざま不意に腕を掴まれ、反射的に見上げたオーナーの客人を見て驚愕に目を見開いた。 「竜、次郎…」  うっかり口からこぼれた名前が、相手に確信を深めさせてしまう。 「やっぱりお前……っ、」 「ひ、人違い、です」 「嘘つけおもっくそ俺の名前を呼んだだろうが」  慌てて否定するも、もはや手遅れだ。オーナーの客だということも忘れて振り払おうともがいたが、力強いその手はびくともしない。  そんな、まさか、こんなところで、今更再会してしまうなんて。  松平(まつだいら)竜次郎(りゅうじろう)。  彼は湊の高校の時の同級生であり、五年前に手放さざるを得なかった、初めて好きになった人だった。

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