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第67話
竜次郎はやっぱりすごい、と、湊は己の手をじっと見ながら思う。
手の震えも止まったし、あんなことがあった後なのに、ちゃんと笑うことができる。
昔からずっとそうだ。竜次郎と一緒にいると嫌なことを忘れてしまう。
高校生の時は逃避だったかもしれないが、今は、竜次郎がいてくれることできちんと辛いことを直視して、乗り越えていけそうな気がしていた。
自分は、何か少しでも彼の力になれるだろうか。
風呂で湊と自分の体を洗うと、竜次郎は用事があると言って事務所の方へ行ってしまった。
湊を一人にしてしまうことを気にしていたが、流石にこれ以上引き留めたりはしない。
竜次郎のことを好きでいる以上、離れていると寂しいという気持ちは消えないだろう。
短い間に色々なことがあって、きちんと整理はついていないものの、それでも少しだけ不安は和らいでいた。
今はまだ心配をかけないように、大丈夫だと言って送り出すことくらいしかできることはないけれど、いつか竜次郎を支えられるくらいの存在になれるよう頑張りたいと思う。
とりあえず。一人になると物凄く疲れていることを思い出し、就寝するにはまだ早い時間だが、少し横になろうかと蒲団の方へと移動した。
大変なことになっていたであろう蒲団は、何事もなかったかのように別のものが整えられており、誰かが片付けてくれたことを思うと申し訳なさで穴に入りたい気持ちだったが、…今度からは、ローションをたくさん使いたいときは風呂で、と心に決めて、今日のところはありがたく休ませてもらう事にする。
…が、しんなり横になったタイミングでスマホが震えた。
重い腕を伸ばすと、仕事用の方に八重崎からのメッセージで、『一応報告。中尾の組織『オルカ』に、データになかった人物との接触あり。松平組のことは本人たちがなんとかするだろうからスルーでいいけど、湊に接触してくる奴もいるかもしれないから気をつけて』という警告だった。
一瞬、返事は後にして休もうかという誘惑に負けそうになりながらも、情報の礼と、謝礼代わりに(…なるのかどうか甚だ疑問だが)ぬるぬる相撲をしたという返信をすると、間髪を入れずに電話が鳴った。
『……元気?』
相変わらずの抑揚の少ない挨拶に、苦笑する。
「元気……は、まあ元気ですけど」
『ぬるぬる相撲のこと、聞きたい』
かぶりつかれて、かくかくしかじかと今回の事件についてかいつまんで話した。
八重崎には流れで色々なことを話しているし、北街のことも客観的に話せるので気が楽だ。
聞き終えると、八重崎が満足そうに息を吐くのが聞こえた。
『今度はガチ五郎が助けに来た……。王道。……じゃあ、他の男に体を触らせた咎で嫉妬に狂った鬼畜ヤクザに上書き的ハードなプレイを強要されたりした……?』
「い、いえそういうのはなかったですけど……その流れ?で、ぬるぬる相撲…ローションプレイをしました」
強請ったのはどちらかといえば湊だったし、上書きという風でもなかった気がする。
鬼畜ヤクザモードな竜次郎は……少し見てみたい気もする。
『ぬるぬる相撲……やってみたい。でもきっと基武は……嫌がる……』
八重崎から零れた言葉に、思わず聞いていた。
「八重崎さんと三浦さんは…恋人同士なんですか?」
『恋人……ではない気がする……でも友達でもないから……肉体関係のある保護者……?』
物凄くアウトな表現に、後ろめたいことはないはずなのに背中を嫌な汗が流れた。
「え……っと恋愛感情はない…っていうことですか?」
『『好き』は難しい……。よく創作では『セックスできることが好きってこと』みたいな表現があるけど、別に好きじゃない相手ともできる。湊は、どうして友情じゃないってわかった?』
「……それは、……」
八重崎の言うことには、少し、覚えがあった。
湊は、義父にしろ見知らぬ男性にしろ、性的な視線にさらされることが多かったせいで、好きでもない相手の体でも欲しくなることがあることを知っていた。だから恋愛の話にあまり夢を持てなかったし、両親のこともあったので好きな人も欲しくないと思っていた。
それなのに、卒業式の日、竜次郎が離れてしまうと思ったら、なりふり構わず引き留めていた。
その時のことは長らく、子供だった自分が一人になるのを寂しく思って引き留めただけだと思っていたが、よく考えてみれば誰でもよかったわけではないし、竜次郎以外にそんなことを思ったことはない。
竜次郎だから、一緒にいて欲しかった。竜次郎にだから、触れられても嬉しいと思えた。竜次郎だから………。
だが、やはりその感覚を説明するのは、とても難しい。
「『好き』に境目は必要でしょうか?竜次郎と一緒にいるとき、友情のままの部分もあるし、…その、もっと触って欲しいなとか思ったりもするし、俺はあんまり分けて考えたことはないですけど」
『月華や望月のことは好き?』
「もちろん好きです」
『セックスする?』
「しないです」
『……………その差が、やっぱりわからない……………』
「はあ……お力になれずすみません……」
湊にも、そう感じるから、としか言いようがなく、頭を下げた。
もっと『好き』についてわかるようになったら、八重崎にも話してみようと思う。
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