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第80話

 大切な人を失いたくないという気持ちが湊に戦う決意をさせた。  戦うといっても湊には、八重崎のような頭脳も、三浦のような戦闘力もないし、危ないことをすれば余計な手間をかけさせることになるだけだというのもよくわかっている。  考えた末に導き出した戦い方は、根回しだ。  コネクションを増やし、交渉の材料やチャンネルを多く持つこと。直接介入はしなくても、事態をほんの少しだけ有利な方へ動かす力があればいい。  ただ、思いついたばかりでそれを意識して行動するのは全くのこれからだ。  何しろ湊は今までかなり閉じられた社会で生きていたのだから、これからやるべきことを考えれば、八重崎のような博識な友人の助けがいるだろう。  だから協力してもらえないかと頭を下げた湊に、八重崎は当然のように頷いた。 「もちろん、協力する……。ガチ五郎の見せ場を全部奪う勢いで暗躍する……」  見せ場が必要な事態を作らないように動きたいという意味のことを言ったのは湊なので、八重崎の言うことは間違ってはいないのだが、見せ場は残しておいてあげて欲しいと思ってしまうのは人情か。 「打倒ガチムチ極道」 「ええと……打倒すべきは敵組織なのでは……?」 「そう……だったかもしれない……」  とぼけた様子でやけに力強く握った拳を開く八重崎を見ていたら、少しだけ不安な気持ちになってきた。  何か、ガチムチな人に嫌な思い出でもあるのだろうか? 「中尾宗治を……社会的に抹殺するのはそう難しいことじゃない。オルカを潰すのも、黒神会には容易い事。でも黒神会はそれをしない。それは何故か?……裏社会にもパワーバランスというものがある。今回の件で、黒神会は表向きは松平組に力を貸すことになっているけど、そう積極的な助力はしないと思う。動かないということは、そういう事態を望まれているということ」  竜次郎は何もそういうことを湊に話さないが、松平組にとってはシビアな状況のようだ。 「俺が中尾さんに接触して、何かまずいこととかないですか?黒神会的に」 「少なくともトップは気にしない。それに中尾が湊に傾けば図式的にも美味しい感じになる……」 「美味しい?」 「三角関係は……ボーイミーツボーイに欠かせない……」 「は、はあ」  立ち位置的なことではないらしい。言っていることはよくわからないが、いいならいいかと思うことにした。  いつの間にか八重崎のカップの中身が空になっていたので、ポットから注ぎ入れる。  柔らかいミルクティー色が再びティーカップを満たす。マサラチャイのスパイシーな香りが控え目に広がり、湊も自らのものを口にした。 「まずは、中尾宗治と接触すること……」 「いただいた資料を見ていたら行きつけの店なども出ていたので、そこにうっかり行ってしまったふりをして……とかちょっと考えたんですが」 「行きつけの場所は確実にオルカのシマ。危険度は高い。湊はガチ五郎の身内だということは割れてるから、例えば本当にうっかりだったとしても、通用しないと思う……」 「……難しいですね」  そう簡単に行くわけはないかと肩を落とすと、八重崎は少し考えて。 「間者上等で敢えてやってみてもいいかもしれない」 「でも、竜次郎に迷惑をかけるようなことはできるだけ避けたいので、」 「虎穴に入らずんばヘヴンを得ず……」 「……それは何か、違うような」 「昔の人の……衆道の心得的な慣用句……」 「……徹底的に違うと思います」  博識な八重崎が言うともっともらしく聞こえてしまうのでやめて欲しい。 「冗談はともかく、いざとなれば、オルカの内部情報全てばらまかれたくなければ道を開けろって言えばモーセになれる」 「……拘束されて酷い目に遭うだけのような気もするんですが……」 「八重崎木凪は交渉材料としては世界トップクラス。盾にすればいい。中尾宗治はたぶん利用価値をよく知ってる」 「って八重崎さんも一緒に行く気ですか!?」  知識的な助力だけのつもりだったのだが。  八重崎は驚愕をすました顔で受け流した。 「もちろん行く……湊だけじゃ心配……。獣欲を持て余した醜いオークの群れに美少女を放り込むようなもの……そういうのは創作や妄想の中でのみ許される行為……」  オルカのシマはどんな治安なのかとか自分が美少女かどうかなどはともかく。八重崎が増えても被害者が二人になるだけのような気もするが、思いとどまらせることはできない雰囲気を感じる。 「美味しい瞬間をこれ以上見逃したくないし……」 「美味しい瞬間?」 「置いていってもこっそりついてく」  何かとてもやる気(概ね好奇心と思われる)に満ちた瞳がこちらを凝視しており、湊は早々に諦めて八重崎と二人で潜入作戦を決行することにしたのだった。

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