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始まりの朝は一杯のコーヒーで。
ぽたん、ぽたん、ぽたん。コーヒーメーカーの中で、コーヒー豆の美味しい抽出液が落ちていく。それを横目に、俺はサンドイッチの下ごしらえをしていた。
白い清潔感あふれるエプロンをして、キュウリを切り、卵をゆで、食パンの耳を切り落として。俺が学生時代にバイトしていたカフェのマスターからもお墨付きの、サンドイッチ。その下ごしらえを。
一通り卵サンドの下ごしらえが終われば、時計の針が、ちょうどいい時間を指している。よし、あの寝坊助を起こそうか。そう思い、俺はコーヒーをカフェオレにして一杯、マグカップに入れて、階段を上がっていった。
◇
緑と白のチェック柄の布団。そこに包まって、微睡みの中に、僕はいた。カーテンの端から、日光が差し込む。埃っぽい僕の部屋が日光で照らされ、僕にもまぶしい光が当たる。でも、まだ起きてやらない。
下の階から、軽快に包丁がまな板をたたく音が聞こえる。コーヒーの、甘く香ばしい香りが、鼻腔をくすぐる。でも、まだだ。まだ起きてなんてやらない。
ガチャリ、と扉が開く。入ってきたのは、糸目の、エプロンをつけた一人の男性。僕の、愛おしい男性。
「おい、もう六時半だぞ」
そう、低音の心地よい声が、僕の鼓膜を揺さぶる。そう、これだ。彼の声が無ければ、僕は目覚められない。僕は、ゆっくりと微睡みから覚醒し、瞼を開けた。
「ん、おはよう」
「おはよう。なあ、もうそろそろ自力で早く起きたらどうだ」
「ん、もっと、優しく抱いてくれるんなら。考えとく」
僕は、ベッドからその裸体を起き上がらせる。体中に、噛み痕や、口付けの痕の残る裸体を。この噛み痕、口付けの痕一つ一つが、彼が僕をマーキングしてくれた証だから、とても誇らしく思う。
彼は、僕のだらしのない姿を見て顔をしかめる。だが、頬が少し赤いのは気が付いていないことにした。
「早く服を着ろ。馬鹿」
「え、良いじゃんか。二人だけなんだし。それに、昨日、飽きるほど見たでしょ」
「そう言う問題じゃない。まったく」
そう軽く溜息を吐きながら、糸目の彼は、机にマグカップを置く。中身は、僕の味覚に合わせて甘く作ってくれた、カフェオレのはず。
僕は、無造作にベッドの下に捨てられていたパンツとズボンを履く。そして、ベッドに腰かけて、カフェオレに手を伸ばす。
「しかし。本当に……本当に、俺達。同棲し始めたんだな」
「ん、何をいまさら言うんだよ。僕の実家にまで行って、同棲を認めてもらったでしょうが」
そう、彼と僕は、昨日から同棲している。本当は、夫婦になりたかったんだけど。まだ、この国の法的に、認められないから。夫婦同然の同棲で我慢している。
「まあ、そうなんだがな。何だか、まだ実感がわかないよ。だって、俺達。大学時代も同じ部屋だったしな」
僕と彼の出会いは中学校。いじめられっ子の僕と、優等生で庇ってくれた彼は、よく一緒に帰ったりして、守ってくれた。そして高校で一度離れて、大学で再会した僕と彼。彼は相変わらず優等生で、糸目がかっこよくて、いつの間にか。僕は、本来異性に抱くべき感情を、彼に抱いていることに気が付いた。そして、それは。幸運なことに、彼も同じだった。
そう。再開した僕たちは、いつの間にか相思相愛になっていたのだ。
「まあ、昨日の今日だし。でも、君が僕のお父さんとお母さん相手に、土下座して息子さんをくださいって言ったの。とっても、かっこよかったよ」
一口、二口とカフェオレを口に含み、飲む。とても美味しい。落ち付く味だ。
このコーヒーを手土産に、少し前に僕の実家に彼と行ったのだが。お母さんは判ってくれたけど、お父さんはなかなか分かってくれなくて。そして彼が、土下座してこう言ったのだ。
「真司君を、必ず、幸せにします」
真司とは、僕の名前。単純な。その一言。それがたまらなく嬉しかった。僕はつい涙を流してしまい、少し混乱があったものの、僕と、彼の交際と同棲を、お父さんも認めてくれた。
そして、僕と彼の親が、せめてと出してくれたお金。そして僕たちの貯めたバイトのお金で、この一軒の家をローンを組んで買った。二階建ての、小ぢんまりとした家。僕と、彼の家。
「はは。そう言ってくれると嬉しいな」
そう言うと、彼は僕の隣に座った。彼が近くにいるのが好き。彼の体温や気配を感じられるから。そして、撫でられるのはもっと好きだ。
彼は、僕の心を見透かしたかのように、僕の頭を撫でる。頭から、頬、首、肩へと降りていく手は、心地よかったけど、何だかこそばゆくて、どこかいやらしい手だったので、ぺちんと叩いておいた。
「何朝から盛ってるのさ。昨日あんだけ激しくしたくせに」
「っと、すまない。ほら、朝ご飯で来ているから、降りようぜ」
「その前に」
「ん? 」
「おはようの、キスしてよ」
僕は、にっこり笑って、キスをねだった。
◇
愛おしいこいつにキスをねだられたので、じっくりと、深めのキスをしてやった。甘く、ほんのり苦いカフェオレの味が微かにするキス。その後は、頬を朱に染め、服を着たこいつと、一階へと降りる。
朝食は先ほど下ごしらえしたサンドイッチだ。後は、耳を切り落とした食パンに挟むだけ。自分で言うのもなんだが、手際よく卵とキュウリをサンドしていく。
そして、テーブルの上に出してやれば。こいつはにっこりと笑う。
「へぇ。サンドイッチかぁ。おいしそうだな」
「ああ、店で出す卵サンドに勝るとも劣らない出来だぜ」
こいつは、サンドイッチにかぶりつきつつ、カフェオレも楽しんでいる。それを、俺は目を細めて眺めつつ、サンドイッチにかぶりつく。うん、中々の味だ。
俺はコーヒーはブラック派なので、そのままマグカップに注ぎ、コーヒーの香りと苦味を楽しむ。
「慎一郎」
「ん? 」
「慎一郎はさ、今日何時に出るの? 」
慎一郎というのは、俺の名前。どうやら、何時に仕事に行くのか知りたい様だ。
「ん、サンドイッチ喰い終わったら、すぐに出るよ」
「わかった。僕は今日中に短編一つ書き上げたいな」
こいつは小説を書いている。いわゆるプロの物書き見習い……のようなものだ。まあ、普通の仕事にも就きたいらしいが、こいつはけっこう鈍くさいから。なかなか難しいかもしれない。
サンドイッチを食べ終わったら、二人で、片付けて。俺は仕事に出る。ちなみに、俺はとあるカフェに勤めている。
エプロンを脱ぎ、仕事着に着替えて。玄関で靴を履いていると。
「慎一郎」
「ああ」
「いってらしゃい」
そう言って、キスをしてきた。今度は、俺の方が真っ赤になりつつ。
「行ってきます」
そう言って、こっちからも後頭部を抱き、此方からもキスしてやる。
二人で真っ赤になって。俺は玄関から出た。
日光がまぶしい。葉桜が緑に輝いている。まるで、俺達の新生活を祝福しているかの様だ。
俺は、真司との新生活に期待に胸を膨らませつつ、一歩、一歩と。俺は歩き出した。
◇
僕は、彼と深いキスを二回交わし、僕は家に残った。顔が真っ赤になっているのがわかる。
「行ってらっしゃい。慎一郎」
そう、もう一度呟き、僕は二階に上がる。そして、パソコンを立ち上げ、頭の中にある世界観を、文章に起こしていく。
窓から入る日光がまぶしい。窓から見える葉桜は、緑に輝いて美しい。
僕は、彼との日々に胸を期待を膨らませつつ。キーボードを叩く。
カタカタ、カタカタと。小説を書いていく。新婚生活を始めた、夫婦の物語。
そうだ、この小説の題名は……
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