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第1話

「それでは約束通り、君のミツをいただきましょう」  真っ赤な血液が滴り落ちる。  とめどなく流れるその源には、血よりも赤い唇があった。 「全てを啜りきったら――君を俺の花嫁にしてあげます」  深紅に塗れた美しい唇をにいと歪めた笑顔は、あの日と変わらぬ美しさ。  そんな彼――カナメを僕はただうっとりと見つめていた。 (やっぱり、綺麗――)  ぼんやり開いた唇から漏れるのは再会に歓喜するため息と、こみ上げてくる大量の血液。  約束を覚えていてくれたことへの感謝の言葉も愛を紡ぐ文字も全ては血潮に蕩けて失われてしまう。  それでも、カナメは分かっているという風に僕に顔を寄せた。  先程喰らったばかりの喉笛を、嬉しそうにふんふんと鼻をひくつかせ嗅ぎ回る。  眼下に人間のそれとはまるで違うカナメの狼の耳が揺れているのが見え、それがこの上なく幸せに感じられた。 「やっぱり、君の血は甘い香りがしますね……まるでホンモノの蜜みたいに」  堪えきれないといった様子で、カナメの熱い舌が傷口をゆっくりと舐める。 「……っ」  皮膚を抉られたような鈍い痛みは――そのまま堪えきれない快感へとすり替わっていった。  ぺろり、ぺろりとまるで愛撫するかのようにカナメは優しく血を舐め取っていく。  その一舐め一舐めを、僕は声を――喉にこみ上げる血液を押し殺して受け入れていた。 「気持ちいい、ですか? 俺に食べられるのは?」  笑い声を押し殺すようにしてカナメは囁く。 「それとも、嬉しい?」  固まっていた身体を強引に動かしてなんとか頷くと、今度こそ小さな笑い声が漏れた。 「そうでしょうそうでしょう」 「……」 「左目も、名前も……そして今からはその身体の全てが、俺のものになるんだから」  我慢できないといった様子でカナメは僕をぎゅうっと抱きしめる。  そのまま僕はゆっくりとカナメに食べられていく――  カナメの腕の中で、僕は生まれたままの姿にされる。  噛まれたばかりの首の傷からは血が流れ、遮るものがないまま胸へ、腹へと流れていった。  その赤い流れに沿って、カナメの舌が肌の上を這う。 「ん……ふ、ぅうっ」  生白い胸に血液と唾液の混じった赤透明な液体が広がりっていった。  所々に古い傷を見つけてカナメはその部分に舌を当てる。 「これは……何ですか?」 「ずっと前に……親に、ちょっと」 「いけませんね……君の身体は俺のモノなのに」 「は、ぁあ……っ」  舐め取って無くしてしまおうといった様子で、カナメの舌は古傷の上を往復していった。  一つ一つ丁寧に確認してから、カナメは面白いものを見つけたという風に息を吐く。 「じゃあ……これは?」 「あ、そこ、は……ぁあっ!」  舌ではなく指が、胸の突起を撫でる。  指の腹でたまたま触れてしまった風を装いさりげなく触れ、そんな僅かな刺激を執拗に繰り返していった。 「あ……ん、くぅん……っ」  刺激とも言えないほどの僅かな接触を繰り返され、もどかしさに身体が震える。 「どうしました? そんなに息を荒げて……」  僕を抱きしめたままのカナメから、楽しそうな声が聞こえてきた。 「そ、れは……」 「こんなにも可愛い反応を見せてくれると……もっと可愛がりたくなってしまいますねぇ」 「あ……」  カナメの腕の中で僕の身体が反転させられる。  僕はカナメに背中をくっつけてすっぽり収まってしまう体勢になってしまった。  開いた着物の隙間から覗くカナメの肌が僕の背中に密着し、直接肌に彼の体温を感じる。  そして下半身には、カナメの熱い滾りが押しつけられ―― 「……っ」  その大きさに息をのむ僕の気配に気付いたか、カナメのくすくすと笑う声が耳元に聞こえてきた。 「大丈夫ですよ? 知ってるでしょう、僕は、待つのは得意なんです」 「あ、んはぁ……」  熱はゆっくりと移動し、僕の太股を後ろから割り入ってくる。 「負担にならないように、ゆっくり時間をかけて慣していってあげましょう――」 「え……ふ、ふぁあっ!」  下半身の熱い部分に雄の滾りがあてがわれた。  それだけで僕の身体は熱く痺れ、これから起こることを期待し肌が総毛立つ。  だけど滾りはそのままで、カナメの腕が僕の身体をゆっくりまさぐっていく。 「あ……んんっ、な、に……」 「言ったでしょう、時間をかけて、って。それこそ、何時間でも、何日でも……」  胸の敏感な部分を指で転がしながら、カナメは楽しそうに答えてくれる。 「たあっぷり時間をかけて、僕のモノにしてあげます」  きっとその顔には、いつもの蕩けるような笑顔が浮かんでいるんだろう。 「ついてきてくれますよね? ミツは、俺の花嫁さんなんですから……」 「は、ひぃん……っ!」  急にカナメの爪先がきゅうっと突起を摘まむ。  緩い刺激を繰り返され鋭敏になった身体に、鋭い痛みにも近い快感が走り抜けた。 「ね、いいでしょう?」 「あぁ……やっ、また……」  今度はねだるように甘く指先で転がされる。  カナメの指先だけで僕は翻弄され息も絶え絶えになっていた。  おまけに、下半身にはカナメの熱が今にも結合しそうな形で密着し―― 「んんんっ、ついて、ついてく、からぁ……」  理性で考えるより先に言葉が漏れ出ていた。 「いい子ですねえ」 「はぁあっ、だ、だから、もう……」  挿れて……そう懇願しようとするが、それすらカナメは許さない。 「大事に、大事にしてあげますから……ほら、こうやって……」 「あ、はぁんっ!」  カナメの腰がほんの僅か動く。  熱い滾りを身体に感じるが、それでもまだほんの先端も受け入れていないのは明白だった。 「や、も、もっと……」 「だぁめ。今日はここまで」  優しい優しい声で、カナメは意地悪く宣言する。 「気が向けば明日……それとも明後日……また、ちょっとだけ進めてあげます」 「あぁあ……ん、くぅうん……っ」 「ふふっ、そんな風に啼いても駄目ですよ?」 「ん、ふぁあ……っ」  カナメは手を伸ばし、僕の髪をそっと撫でる。  先端に柔らかく唇を落とした。 「その間中、髪の毛の一本一本まで丁寧に愛してあげましょう」 「あぁ……」 「こういうのを、なんて言うんでしたっけ……ああ、俺たちの新しい暮らしを始めよう……なんてどうですか?」    ◆◆◆  森、星の無い夜、物陰――人の目の届かない闇の中には怪異が潜んでいる。  人と全く同じ形をした獣や死してもなお動き続ける屍、身体を持たぬ死霊、血を啜る化け物……数多の恐ろしい怪物が餌になる人を待ち構えていると、耳に穴が出来るほど言い聞かされてきた。  事実、時折そんな怪異は僕ら人間を襲い、犠牲になった人物の末路はよく報道で取り上げられていた。  それなのに子供の僕がそこに足を踏み入れたのは――逃げ出したかったから。  あるいは目に見えぬ未来の運命に既に魅了されていたのかもしれない。  そこで――僕は出会ってしまった。  首の無い鳥を手にした血まみれの少年に。  風を切る音と共に僕に襲いかかってきた二つ首の鳥は、その存在に気付くより早く少年の手によってたたき落とされていた。  もちろん、僕を護るためなんかじゃない。  ただ純粋に、狩る権利を主張するためのもの。  それなのに彼を見た瞬間、僕は一目でその虜になってしまった。  その少年の頭上に生えたいびつな狼の耳、不機嫌そうに揺れる尻尾……何より、その佇まい。  それはあまりに揺るぎ無く、強くて美しかった。  時代がかった神官のような白い着物に、血に濡れても艶やかさの全く変らぬ黒い髪、赤黒い液体の狭間に見える白い肌、何もかも見透かしたような鋭い切れ長の瞳。そして獲物を見つけたとばかりにこちらに振りかぶる鋭い爪。  現世の嫌気から逃げ出した僕の迷いなんか関係なしに、全て切り裂く強さを持った彼の存在――その全てに僕の魂が震える。  思わず懇願していた。 「ぼくと……結婚してください!」 「ふぅん?」  切っ先が喉に触れる直前、僕の言葉が届いたのか爪はぴたりと止まった。  捕食者だった瞳に興味のきらめきが宿る。  僕はというと、口からこぼれ落ちた言葉に自分自身でも驚いていた。  それでも、その言葉以上にちょうどいい表現を僕は知らなかった。  たとえば、「友達になってください」では全然駄目。  今、自分の中に渦巻く気持ちを表現するにはそれではあまりにも足りなかった。  だから、自分が知っている中で最上級の契約の言葉を使ってみたんだ。  少年は一瞬虚を突かれたような表情になって、それから無邪気な顔で微笑む。 「それって、俺の花嫁になってくれるってこと?」 「う、うん!」  目の前の綺麗な存在が答えてくれた――しかも笑ってくれた。  それが嬉しくて、僕は夢中で頷いていた。  僕を見つめる少年の目は太陽に反射して黄金色にきらきらと輝く。 「俺は、カナメ」 「あ……」 「カナメ」 「あ、ぼ、僕は、ミツ」  耳に心地よい響きが彼の名前なのかとその単語を噛みしめていたら、もいちど自己紹介された。  それで、僕の名前を聞いていることに付いて慌てて名乗る。 「ミツ、か。うん、悪くないですね……あ、でも」  カナメはうんうんと何度か頷いていたけど、すぐにぷいっと顔を背けた。 「うーん、やっぱり駄目」 「どうして?」  突然の拒絶に、僕は衝撃を受けながら慌てて食い下がる。  そしたらカナメはさも当然という風に僕の喉に手をかけてきた。 「ミツは、人間でしょ? 人間はすぐに俺の前からいなくなっちゃう」 「いなくなんてならない!」 「でも、痛くなったら逃げるでしょ?」 「に……逃げない」  正直、少し不安はあった。  それでも、痛みよりも目の前の少年……カナメの存在のほうがよっぽど重要だ。  魅入られてしまったように僕は一生懸命首を振って否定してみせる。  するとカナメはもう少し視線を尖らせて、僕の喉に手を……爪をかけた。  ほんの少し触れただけなのにそこはじんと熱くなり、ぬるりとした液体で首元が濡れていくのが分かる。 「でも、食べたらなくなっちゃうでしょ?」 「……なくならない」 「嘘」  実際、嘘だった。  こんな美しいものに食べられたら、きっとちっぽけな自分は消えてなくなってしまう。  そんな残酷な現実が自分に襲いかかってくるのが分かった。  なのにカナメはふっと面白そうに微笑んだ。 「……それじゃあさ、俺に、証拠を見せてください」  丁寧なんだか乱暴なんだか分からない歪な口調で囁くと、カナメは僕へと手を伸ばす。  僕の、左目に。 「約束の証に、君の大切なものを俺にちょうだい」  ふわりとしたカナメの手の柔らかい感覚が顔半分を覆った。  その手の感覚と近づいた距離に、僕はただ胸を高鳴らせる。  その間に左目はカナメの手に包まれて――そのまま奪われてしまった。 「あ……」  いつ手が離れたのかも分からない。  僕の視界はずっと片方が欠けたままだったから。 「まずは右目」  カナメは嬉しそうに唇を舌で湿らす。  それはまるで僕から奪ったモノをゆっくり味わっているかのようだった。 「さあ、次は何を貰おうかな」 「次って……?」 「俺は、君の大切なものを貰ってく」  首をかしげる僕の前で、カナメは当然といった様子で宣言する。 「君の全てを貰っても、俺の前からいなくならなかったら――その時は、君を信じてあげる。俺の花嫁にしてあげる」 「……」 「わかりましたか?」 「あ……」  念を押すカナメの強引な言葉の裏側に、ほんの僅か揺れる感情を感じた。  人間はすぐに目の前からいなくなる。  食べたらなくなる。  それが嫌で――カナメはこんなにも念を押してるんじゃないだろうか。  それなのに、もし僕が食べられて消えてしまったら…… 「……ごめん」 「え?」 「ごめん、なさい……ええと、僕、僕は……」  最初のごめんは、嘘ついたことへの謝罪。  だけどその後僕は必死で考えていた。  嘘を嘘でなくすためには…… 「はあ」  そんな僕の言葉をどう受け取ったのか、カナメは急に冷めた様子で僕を見下ろす。 「やっぱり、俺にくれるのは嫌なんですか?」 「ううん……」 「別にいいんですよ? 今までの約束はぜーんぶナシってことにしても」  そしたら、改めてここで君を食べてあげますから……そう言いながらカナメはゆっくり舌なめずりする。  その瞳にはもう感情の煌めきは感じられなかった。 「あげる! あげるから! 僕の大切なもの!」  だから僕は必死で縋るように言葉を続ける。 「だけど……一つだけ残して欲しいんだ」 「駄目ですよ?」  もう会話の余地はないとばかりにカナメは首を振る。 「大切なものは全部貰うって言ったじゃないですか」 「時間、は?」 「え?」  僕の言葉が以外だったのか、カナメの瞳に光が戻る。 「ほんの少し……ううん、どれだけかかるか分からないけど、時間をちょうだい。それが終わったら、全部を君にあげるから」 「時間、ですかあ……」  カナメは腕を組んで大袈裟に唸ってみせる。 「それは、別にそんなに大切なものじゃあないですね」  やがてうんと小さく頷いた。 「いいですよ、それくらいなら残してあげましょう」 「それじゃあ……!」 「あー、でもですね」  ほっと息を吐く僕の前でカナメは急にまた冷たい表情になる。 「その前に、もうひとつくらい君の大切なものをいただいておきましょう」  じいっと品定めするように僕を見つめ、それから玩具を見つけた子供のように微笑む。 「“ミツ”って、なかなかいい名前ですよね」 「う、うん……?」 「決めました、君の“ミツ”をいただきましょう」  言うが早いか再びカナメの顔が接近する。  左目を覆った手が更に近づき――顔の横を通り過ぎふわりと後頭部を掴む。  次の瞬間、僕の唇はカナメに奪われていた。 「ん……!」  くちづけ、なんて認識する間もないほど強引に、カナメが動く。 「んん、ん……っ!」  僕の唇を割り開き、口内を舌で蹂躙する。  冷たい舌の感覚に身体が思わず身を震わせ、だけどそれ以上に柔らかな未知の感覚に意識が蕩けそうになっていた。  その時、僕の身体に異変が起きる。 「ん……!」  ミツ。  唇を合わせたまま、カナメはそう言った。  僕の中に注ぎ込むように。  ミツを、ちょうだい? 「う、ぅん……っ」  カナメの言葉に呆然としながら、なんとか切れ切れに返事をする。  するとカナメは、唇ごしにでも分かるくらいにやりと笑った。  僕の後頭部を持つ手に力が入る。 「んんん……っ!」  カナメの舌がより深く僕の中へと侵入していく。 「んふぅ……んっ」  音を立てて口内をかき混ぜ、乱暴に舌を絡め取る。  かと思えばその舌で優しく口蓋を撫で上げ歯列を丁寧に愛撫していった。 「ん、む、うぅ……っ」  いつの間にか、僕の身体の奥が……全身が燃えるように熱くなっていた。 「んはぁ、あ……っ」  本当に身体中が蕩けてしまったかのようにトロトロになった僕を、カナメが啜る。  唾液を……いや、それだけではない、“何か”を。  じゅるり、ちゅる……っ。  本当に美味しそうに、カナメは僕を啜っていく。  僕の唇からカナメへと、身体から溢れる熱が吸い取られていった。  吸われる度に、身体の中から何かが奪われていくのが分かった。  それなのにあまりの多幸感に、僕は略奪されるままになっている。  そして、僕のそれは完全にカナメに吸い取られてしまった。 「……やっぱり、名前の通りミツは美味しいですねぇ」 「ん、ん……っ」  僕の何かを吸い取ったカナメはゆっくり唇を離すと満足そうに微笑んだ。  指先で唇をぬぐい、舌でその指をぺろりと舐め取る。  解放された僕は、息を吸うのも忘れてそんなカナメの様子をうっとり見つめていた。 「僕、は……」  頭が朦朧として、考えがまとまらない。  ああ、僕は一体“何”だったんだろう。  それを意識しようとすると、頭の中に靄がかかったかのように思考がまとまらなくなってしまう。  ただ一つ分かっているのは、僕はカナメのモノだということだけ…… 「それじゃあ、約束どおり時間だけは残してあげましょう」  赤い実が沢山実った大きな木の横で、カナメは微笑む。  つい先程の乱暴な略奪なんて忘れてしまったかのように。 「あ……りがとう。なるべく早く戻るから……約束する」 「約束?」  ぼんやりした頭でなんとかそう言うと、カナメは大きく目を見開いた。 「約束……なんてするの、初めてですね」  その言葉を噛みしめるように呟くと、にっこり笑う。  それは今までのようなどこか獣じみた笑みではなく、年相応の子供のような無邪気な笑顔だった。 「分かりました、約束しましょう。俺は、時間が終わるまでここで待っています。10年でも100年でも」 「そ……そんなにはかからないから! ……多分」  上機嫌なカナメを僕はじっと見つめ、もう一度誓うように宣言する。 「なるべく早く……戻る。約束する」  そんな僕を、カナメはずっと笑顔で見送ってくれた。  ――だけど、早く戻る約束は思った異常に困難を極めることになる。  名前を奪われた僕の異変に、両親はしばらくの間気付くことはなかった。  もとより両親の仲は悪くて、僕に構っている暇なんてない。 そんな二人の側にいることが苦しくて、だから森の中へと逃げだしたくらいなんだから。  だけど、祖父は違っていた。  そこにいるのに存在を感じられない、名前は分かっているのに呼ぶことができない僕の異常に即座に反応する。  おまけによくよく確認してみれば、右目の視力もないようだ。 「――森の怪異に魅入られたな」  そう判断を下され、僕は抵抗むなしく即座に引っ越しさせられてしまった。  森から離れ、遠い遠い所へ――そして離婚した片親に引き取られ、そのまま海外へ。  僕は抵抗むなしく、約束した場所から遠い所へ連れて行かれてしまった。  だけど、どれだけ距離を置かれても僕はカナメのモノ。  奪われた右目は光を感知せず、あるはずの名前は用をなさない、通常の人間からはどこか欠け落ちた存在になってしまった。  ――それは、僕の目的のためには逆に都合が良かったけれども。  それから僕は、ずっとただひとつの目的のために動き続けた。  たったひとつの約束のために――    ◇◇◇  ――そして僕は戻ってきた。  かつて一度だけ足を踏み入れたことのある森の中へ。  赤い木の実がたくさん実った木の下で、彼はあの時と同じように佇んだまま待っていてくれた。  ただひとつ違っているのは、美しい少年だったカナメはすらりとした目元の凜々しい美青年になっていたこと。  それでも、人間離れした美しさや絶対的な存在感はあのときのままだった。  まるで、分かれたときから全く時が経っていないかのように。  僕もまた、彼と同じ年格好の姿でカナメに歩み寄って行った。 「……遅くなってごめん」  こんなに時間をかけるつもりじゃなかったのに。  なんて言ったらいいのか分からないまま、口から零れたのはありきたりな謝罪だった。 「――別に、俺はそんなには待っていませんよ。それに……」  カナメは相変わらず丁寧なんだかよく分からない歪な口調で答えてくれる。 「約束、しましたからね」  その単語が気に入っているのか、機嫌よく笑ってくれた。 「それで、もういいんですか?」 「うん」  カナメの期待に満ちた瞳に小さく頷く。  残してもらった時間は、全部使い切った。 「それじゃあ……君の全てを奪って俺のモノにして……それで、花嫁になってくれる?」 「うん」  その返事に迷いは無かった。  あの日と全く同じ気持ちのまま。 「それじゃあ……」  カナメの瞳が歓喜に輝く。 「ようやく、君のミツがいただけますね」  ――そして僕は、ゆっくり彼に食われていく。    ◆◆◆ 「どうしました? まだ、半分も挿れていませんよ?」 「あはぁ……んっ」 「いい子にしてないと、今日はそのままで過ごしてしまいますからねぇ」 「ん、はぁあっ、そ、それは……っ」  カナメの元に戻ってから、もうどれくらい時間が過ぎたのだろう。  ほんの一瞬なのかもしれないし、あるいは永遠とも知れぬ時だったのかもしれない。  昼夜を何度繰り返したのかも分からなくなっていた。  ただその間中、僕はカナメの腕の中で喘いでいた。  あまりにも緩慢に時間をかけて僕の中を犯していく彼の熱がもどかしく狂おしい。  一方それ以外の身体のあらゆる箇所は陵辱され、何度達したかも分からなかった  僕は人ならぬ身のカナメの愛し方に、心も体も完全に犯されていた。 「あぁ……ここ、もう血が止まったんですね。では、またいただきましょう」 「ん、ぅ……っ」  カナメは気まぐれに僕の身体に歯を……いや、牙を突き立てる。  これも、その延長線上のことだったのだろう。  喉元に刺さった牙は止まること無くそのまま深く抉り込み、血肉を貪っていった。 「ん、ぐ……っ」  声を、奪われる。 「ふふ……っ」  それでもカナメは上機嫌で僕に語りかけていた。 「そんなに締めたら、また入らなくなってしまいますよ?」  カナメに抱かれたまま、前触れも何もないまま僕は彼に食われていく―― 「――ミツ?」  ややあって、顔を血だらけにしたカナメは僕に声をかける。 「返事はどこにいっちゃったんですか?」 「……」 「ねえ?」  腕の中の僕に呼びかけるが、返事は無い。 「……食べても、なくならないんじゃなかったですか?」  その声に、ほんの少し不満の色が混じる。 「まだ、全部食べてもいませんよ?」 「……」 「……」 「……」 「……嘘つき」 「嘘……じゃない」  ほんの微風かと思うほど小さなカナメの声が響く。  そこで、僕はやっと彼に応えることができた。  食われてしまった筋ではなく、心で舌を動かして。 「ミツ?」 「食べられても……なくならない」 「……本当だ」 「僕は……身体を奪われても目の前から消えない」  だって、そう約束したから。  ――そのために、ずっと探し求めた。  名前を奪われ何者でもなくなってしまったのは、かえって都合が良かったかもしれない。  だって、こうして見つけることができたのだから。  たとえ死んでも動き続ける不老不死の屍の秘術を。  海の向こうの遠い地で。  戻って来れるまでに少し――ほんの80年ほど時間がかかってしまったけれども。  これでもういくら奪われてもずっと側にいることができる。 「……よかった」  顔の横に、いつものように微笑むカナメの頬が当たる。  その顔は今までにない程晴れ晴れとして、本当に嬉しそうだった。 「それじゃあ……もう、いくらでもミツを奪えるんですね」 「うん」 「それでもずっと側にいてくれるんですね」 「うん」 「約束……守ってくれたんですね」 「う……んあぁっ!」  ミツは後ろから力任せに僕を抱きしめた。  その勢いで挿入途中の熱がまた少し僕の中に侵入し、思わず熱い息が漏れる。 「……ふふっ、相変わらず苦しそうですね」  そんな僕に、ミツが甘く囁いた。 「俺も、今はとっても気分がいいんですよ。だから……ミツが望むなら、今すぐ君の全てをいただいちゃいましょうか?」 「あ、は……っ」 「奥深くまで全部挿れて……突いて、深いところまで愛してあげてもいいんですよ?」 「あ……」  耳朶をくすぐるその声だけで達してしまいそうになるくらい、頭に興奮が渦巻く。 「お、ねがい……全部を、食べて……」 「分かりました」  掠れた懇願に頷くと、カナメは僕の腰を持つ。  ――そのまま一気に僕を貫いていった。 「あ――あぁっ、んっ、んはぁああああああ……っ!」  想像よりずっと猛々しい雄の印に、僕のちぎれた声帯が声にもならない音を漏らす。 「は、ん、はぁあ……っ、んんっ、んくぅ……っ」 「ああ……ミツの中、きゅってして……こんなにも俺を抱きしめてくれてますね」 「く、ふぅん……っ」  囁くほど小さな声の震えを身体全体で感じ取り、ひくんと甘く痙攣する。  だけど当然、それだけでは終わらなかった。 「まだ、慣れてないとは思いますが――約束通り、行きますよ?」 「え、あ、あぁあ……っ」  腰を持つ手に力が入る。  そのままカナメは激しく腰を動かし始めた。 「あぁあ……っ、あはっ、ひぁあああんっ!」 「たあっぷり、突いて、かき混ぜて……愛してあげますからね」 「はっ、はひっ、んはぁああああっ!!」  身体の真奥、これ以上ないほど深い部分を更に抉って容赦なく熱が打ち付けられる。  熱く怒張した欲望がナカをかき混ぜ、今まで挿入してようやく慣れてきた部分もまだ未到達だった部分も全てぐちゃぐちゃにしていく。 「ひぁあっ、あぁっ、かな、カナメ……っ!」 「もっともっと……いくらでも、愛してあげましょう」 「んくぅっ、ああっ、あい、して……っ」 「本当はもっと時間をかけて俺のモノにして、それからゆっくり愛するつもりでしたが……」 「んはぁっ、そこ、そんなに深くぅう……っ!」 「こうなったら、準備の時間も含めて……何日も、何年も……たあっぷり愛し合いましょう」 「あひっ、いっ、いぃいっ! カナメの愛……んはぁああっ!!」 「だって俺たちには、こんなにも時間があるんですから……」 「あはぁああああああ……っ!」  幾度も日が昇り、また沈む。  二つの人外の交合は終わることなく続いていった――

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