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Macaron Kiss
大学の帰りに寄ったケーキ屋でのことだ。ショーケースの中に愛らしく陳列されたマカロンを見て、優希は「これだ!」と目を輝かせた。
ピンクにオレンジ、ホワイトにグリーン。カラフルなマカロンたちを好きなだけ注文し、箱に詰められていくのをにこにこしながら見つめる。この店のケーキは格別に美味しいから、きっとマカロンもほっぺたがとろけるほどに美味しいはずだ。
店を出て自転車に跨り自宅へと急ぐ。昼下がりの住宅地はとても静かで、穏やかだった。
「ただいま!」
玄関のドアを元気よく開き、きっと二階の書斎で仕事をしている父に聞こえるように声を上げる。バタバタと靴を脱いで二階へ向かおうとしたら、ちょうど書斎を出てきた父――誠一郎が、笑顔で「おかえり」と声をかけてきた。
「自転車の音が聞こえたからお前だろうと思ってな」
「僕、うるさかった? 今日はパパにお土産買ってきたから、急いで帰ってきたんだ」
顔の横にマカロンの入った小さな箱をかかげて微笑むと、誠一郎は螺旋状になっている階段をゆっくりと降りてきた。大柄で筋肉質な誠一郎は『恋愛小説家』らしからぬ風体をしている。ギッ、ギッ、と階段を軋ませながら一階まで降りた瞬間、駆け寄った優希の身体を抱きしめた。たくましい腕に抱きすくめられた優希は厚い胸板に鼻先を埋める。
「はは、くすぐったいな」
笑いながら誠一郎の手が優希の細い腰を掴む。ぎゅっと引き寄せられ身体を密着させると、窓から降り注ぐ日差しに照らされているにも関わらず、たまらない表情を浮かべてしまう。
「パパ、ぁ……」
「おいおい、そんな目をするんじゃない。土産を買ってきてくれたんだろう?」
誠一郎に手首を掴まれ、引き上げられる。誠一郎が好きなケーキ屋の名前が印字された箱が揺れる。
「お茶にしようか」
「……いじわる」
「そう言うなよ、甘いものが食べたい気分なんだ」
眩しい光の中で睦み合いたかったが、誠一郎はそう言ってさっさとキッチンへ行ってしまった。
誠一郎がコーヒーを淹れ、優希はその間にマカロンを皿へと移す。色とりどりのマカロンが真っ白な皿の上にころころと並んで、優希は嬉しくなった。自然と柔らかな笑みがこぼれてしまう。
「ん? 珍しいな。今日はケーキじゃないのか」
「うん。お店にマカロンがいっぱい並んでて、なんか可愛いなーって思って」
「ふうん……まあ、俺にとってはお前の方がずっと可愛く見えるんだがな」
にやにやと笑いながら誠一郎が言う。そして、マカロンを並べ終えた優希の頭を大きな手がふわりと撫でた。
スウィーツよりもずっとずっと甘い時間。こんな時間が永遠に続けばいい。愛しさに締めつけられる胸を押さえて、優希は頬を赤く染めた。
「変なこと言わないでよ……もう」
「なあ。一個食わせてくれないか?」
熱くなった頬をするりと撫でられて、優希は身を震わせた。濡れたような視線がこちらに向けられている。ただマカロンが食べたくてこんなことを言っているわけではないようだ。
「早く。味はなんでもいいから」
「わ…わかった…」
ピンク色のマカロンをつまんで、それを誠一郎の口元へと運ぶ。背の高い誠一郎は少し屈んで、優希の指ごとそれを口に含んだ。
ぬるりとした感触に肩が撥ねる。かしゅっ、とマカロンが潰れていく音。肉厚の舌が細い指をかすめていく感触。ただマカロンを食べさせているだけなのに、ひどく卑猥な感じがした。
気がつけば、マカロンは無くなっているのに指だけを執拗に舐められていた。指の股までれろれろと舐められて、背筋がゾクゾクする。
「も……やだ、パパっ……!」
ちゅぱッ、と音を立てて指から口が離れていく。
「甘いものが食べたい気分だって、言ったはずだが?」
「変な食べ方しないでよ……!」
「ああそうか。俺ばかり食べてるのはズルイよな」
誠一郎はひょいとグリーンのマカロンを摘まみ上げる。それを口に咥えて、一口噛み潰してしまった。そしていきなり抱き寄せられて、唇が重なった。
ピスタチオの味が口の中に広がる。少し溶けたマカロンが口移しで優希の中へ入ってくる。
「んんっ……う、ンッ……!」
息が苦しい中、逃れられない濃厚なキスに翻弄される。
――甘い。
苦しくて、甘くて、淫靡なキスだ。こんなキス、今までしたことがない。
感じてしまう。溺れてしまう。ぽろぽろとマカロンのかけらが床に落ちてしまうのも気にせず、二人は混ざり合う唾液とピスタチオの味をしばし味わった。
くちゅくちゅといやらしい音を立てながら互いを貪りあい、マカロンが口の中から消えた時、やっと二人の唇が離れた。
「は……ぁ、はぁッ……ぁ…パパ……ぁ」
「可愛いな。とろとろに蕩けた顔をして」
優希は喘ぐように「パパ、パパ……」とつぶやく。その目は潤み、ティータイムには似つかわしくない淫らな眼差しをしていた。
「もっと、して……」
「どんなことを?」
「……もっと、すごいコト……」
マカロンよりも、キスよりも、ずっとずっと甘いことをしてほしい。
キスの快楽で足が立たなくなった優希は、誠一郎にすがりついた。
「パパの……好きなように、して」
とびきり甘い台詞で誠一郎を虜にする。
無意識なのか、意図的なのか。わからなくなるような蠱惑的な笑みを浮かべる優希に、誠一郎は思わずキスをしていた。
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