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優しいということ

誰かが泣いてる声が聞こえる それは、幼くて自分の事を何も知らない子供みたいだった 泣き喚いた後に、小さく息を詰めて言う 「 」 あれは多分、昔の自分だろう 親の言う事、何一つ聞かずに我が儘ばかり言って周りに迷惑を掛けていた小さい餓鬼だった。 本当に、自分の事ばかりで、構ってもらえない時は怒られるようなことも平気でした。そんな事が出来る自分を誇らしくも思っていた。図々しい餓鬼だった。 「ははっ……そうだったのか?、…親御さんも苦労されてたんだな。」 「………それこそ……カチョウは、どんな子供でした?とても大事に育てられてきたって感じはします。」 「……俺?………俺かあ……ん〜……よく、お菓子を強請ったりはしたかなあ。」 「昔から好きなんですね甘い物」 「………まぁな。……それでも、そんなに強くは言えなかったな。」 「……どうして、ですか?」 「あまり両親を困らせたくなかったから、かな?…ははっ」 「………。」 そういう所も昔から変わらないのかと 少し箸をつかんでいた手が重くなって 揃えて皿の淵に置いた 「…食べないのか?…好きだろ?筍の煮物」 「ちょっと手洗い行ってきます」 「あ。うん。……行ってらっしゃい」 水を出したまま洗って濡れている 手から目線をそらして ふと、鏡に映る自分を見た 自分は自分でしかない 他の誰かを100%理解は、出来ない あの人の事も。 そう思って瞼を閉じれば 浮かぶ、優しい笑顔 それは自分だけではなく差別なく見境えなく誰にでも向けられる その優しさに救われている人は確実にいる 自分がその1人なのだから ………では、あなた自身には、その優しさを向けられているのかと思えば そうは、思えなかった。 「……………。」 水を止めてから、排水口に流れていく水滴を見下ろしていた 俺は、自分のエゴで人を傷つけることができる人間だ。 自分の欲求を満たす為ならどんな手段でもどんな犠牲を生むことになってでも構わない そうやって今までで生きてきた それをあの人は知ってる 俺の本性を理解して許してくれている そんな優しさに漬け込んで、告白までした 長年の思いを伝えられてそれなりに満足はした それでもあの人の態度は今までとは大差ない 過剰な接触を測れば少し恥ずかしさを見せるくらいで そんな現状に不満を抱かないことに違和感を感じていたのは あの人の優しさに触れて、それで満足しているだけの自分勝手な自己満足のせいだったと気付いた 「カチョウは、俺の事、好きですか?」 「………ッ……ゴホッ…………え?」 手洗いから戻り、着席したあと 再び対面したカチョウに言った一言目だった。 少し飲んだ味噌汁のお椀越しに目を見開くカチョウは、視線を泳がせた後、逸らしたまま頬を赤く染める 「………好きじゃなかったら、こうして2人で飲みになんか来ないだろ。」 今の言葉で軽く脳震盪が起きた気がした 「カチョウは俺のどんな所が好きなんですか?」 「どんな所って…んー思いやりがある所とか」 「はい。」 「……あとは……案外、素直な所もあるな」 「素直ですか…」 それは主にあなたの俺に対する勘が鋭いだけなんじゃ…と思いつつも少し照れくさくなって顔をそらすと 「ははっ…そんなに照れなくても吉村の事は大体好きだ……うん。」 自分に言い聞かせるように呟いたカチョウも顔をそらすとグラスの酒に口をつけた この人のこういう所は素直に好きだしわかりやすい でも自分の事となると途端に言葉を濁してわからないように内側に隠されてしまう。 だから俺はこの人の事を本当の意味で理解ができていない。 好意だけで付き合っている。お互いに。表面上の思いだけで。 それが何だか寂しく思えてならなかった 目の前にいるのに触れない透明な壁があるみたいに感じる その壁を俺は、壊したくなった どんな手を使っても 「俺は、そんな曖昧な返事なんか…聞きたくありません。」 「………え?」 「………正直、あなたのそういう所嫌いです」 「…………。」 それから言葉を交わすことなく 俺達は、しばらくの間顔を合わせることが出来なくなっていた。 「嫌い」という言葉を人から言われたのは初めてだった。 正直、動揺した あの言葉が嘘だと分かっていても心の奥で重くトゲのように刺さった 「………軽率だったろうか。」 「どうかしましたか、カチョウ?はい。コーヒです。」 「あぁ。…ありがとう宮崎」 「………よかったですね。」 「え?」 「あのうるさい眉毛がしばらく出張で、ここ数日静かじゃないですか!快適というか!邪魔者がいなくて考え事も捗るんじゃないですか?」 ニコニコ笑う彼女を見て、少し俯く 自分の胸の内に問いただすように宮崎に質問した 「………どうして、そんなに嬉しそうなんだ?」 なぜなら、俺も、嫌いと言われた相手と少し距離ができて、正直安心していたからだ 「カチョウが、黙々と作業している姿が何だか目新しいくて、いつもはあのバカがうるさくカチョウ周りうろついてましたからね」 「………すまん」 「え?何でカチョウが謝っちゃうんですかぁ、悪くないですよ」 「うるさくて仕事に支障が出ていたのなら、それを吉村に注意できなかった俺も悪い。」 「いえ、カチョウは悪くないですって……あ、えーと。じゃあ私戻りますね」 「………。」 吉村は悪くない。 いつも誰かの為に何かしてやれたらと思う こんな不甲斐ない自分でも それが人の優しさだと思うから でも、それが何故だか仇になってしまった 「好き」という言葉を聞くと くすぐったくなる嬉しい反面恥ずかしいような心地いいような 言い合えばお互い認め合ったような関係になれるってどこかで信じていた でも、それは 全然………違っていたみたいだ。 「そっちの調子はどうだ?」 「ええ、順調ですよ。お土産は何がいいですか?」 「何でも構わないよ」 「分かりました」 「何かあったら連絡くれ」 「…………。」 1週間前にやり取りした履歴を辿っていた 顔を合わせなくても複雑な気持ちでも文字は打てるんだなと少し自分でも驚いた 嘘をついているわけではないけど ただ、何となく気持ちがない文章ではあると頭が冷める それより以前の履歴を辿る 「今夜はどこ行きましょうか?よかったら 新しい店が近くに出来ていたので行きませんか?ここの煮物美味しんですよ!」 「カチョウ、おはようございます。起きましたか?」 「俺は、残業して行きますカチョウは先に帰ってて下さい。」 「…今日は最後まで付き合ってくれてありがとうございます、それと」 「俺カチョウの事、好きです」 文字からでも伝わる情熱的な言葉だった 「………。」 その言葉にいつも「ありがとう。」という言葉を返していた その時はなんとも思わなかった、が、 今は、どうしようもなく大事な言葉に思えてくる彼が側にいないだけで 「……嫌われて、しまったんだろうか」 自分が言った軽率な発言で彼を傷つけてしまったんだろうか 思わず、ごめんという文字を指で打っていた すぐに「どうかしましたか?」と返事が来た 次の文字が打てないでいると電話が鳴り出す 何を言っていいかわからない しばらく電話を置いてから 鳴り止んだあとにメッセージを返した 「何でもない、明日会社で待っているな」 「………カチョウ」 何か思い悩んでいるのだろうか、まあ、それもそうだろうとは思う。 あの後からずっと顔も声も合わせてないのだから 正直、後悔している。 出張先でも上手くいかないことばかりで 全部人のせいにしては自己嫌悪に陥っていた 人に八つ当たりして少しトラブルになった事もあった あの人の事を思うと余計に胸が避けそうで早く顔が見たい声が聞きたいと強く思った それと同時に やっぱり俺はあの人しか愛せないとも思った 他の誰かを好きになるなんてもう考えられないのに あの人に嫌いと嘘を言った ごめんと返ってきた答えに あの人の優しさを感じた それだけで心はまた満足した 満足してしまう 「あまり食欲がない。」 と、後輩達の飲み会を断って家の近くの定食屋で軽めの晩飯を済ませることにした 明日、吉村が帰ってくる 何て言おうか、どんな顔をすればいいのかとそればかりが1日中頭にあった なので、仕事が疎かになりミスをしたりした 周りの社員達が手助けをしてくれてなんとかはなった、食事を断ったけど今度はご馳走すると約束した 吉村は大丈夫だろうか。 何も相談されなかったが…。 初めての出張だっただろうから 文字では人の顔色を伺うことが出来ない 何も感じ取れない 吉村の側にいない自分がとても無力だと思えた。 何もしてやれない、嫌われてしまった、どうすればいいかわからない そんな感情が目まぐるしく交錯する 結局、定食に手をつけることなく料金を払い家に帰った その日の朝は、雲行きが怪しく 部屋は薄暗かった 「………。」 浅い眠りから目覚めると、いつもの見慣れた天井を見つめる 数分経って携帯の目覚ましが鳴り出した 止めてから少ししてから布団から出る トイレに行き、顔を洗い、相変わらず無気力で食欲がない体をリビングまで運び テレビを付けてからポットに茶葉を入れて電気ケトルからお湯を注いだ 「速報です、…今朝5時頃、墜落事故がありました」 「…………………。」 ふと、視線をテレビ画面にやると そこには見知った顔があった 「現在、搬送された病院にて、死亡を確認……」 「…………。」 「吉村大輔さん(32) 会社員」 ゆっくり、テレビの電源を落とすと 手早くスーツに着替えて 携帯電話を取り出す 「現在、電波の届かない所にあるか電源が入っていない為お繋することができません」 頭が真っ白になった 何も働かない頭で一目散に報道されていた病院に向かった 息を切らして辿り着くと そこには、報道陣や警察が入口に群がっていた なんとか中に入ると待合室で泣いているお 年寄りがいた 「吉村のお母さんですか?」 「……ッ…あなたは?」 「吉村の仕事の上司で、小山と言います。吉村は……」 「まだ、見れていません……ッ怖くて、……ぅッ…」 釣られて息が詰まりそうになるのをぐっと抑えながら 母親の震えている肩に触れて気を確かに持つように促した しばらくすると院内の看護婦が近寄ってきて身寄りの者かと確認された 「一緒に行きましょう」 「………ええッ」 俺は、吉村の母親と共に霊安室へと歩み出した 「………。」 「……………。」 「では、顔の確認を、お願い致します。宜しいですか?」 霊安室の中は外とは反対にひどく静かで 物音すらしない 寒さすら感じた 腹の底から緊張で臓器が強張るのを感じる そこに寝ている吉村が 無機物の置物のように思えた 近くにいた刑事が、吉村の母親の様子を伺いながら 小さく頷いたのを確認して近くにいる看護師に顔に被せてある白布取るように目で訴えた ゆっくりと捲られる 「………ぁああ、…大輔ぇ……どうしてッ……」 「………ッ!」 そこには 別人の顔があった 「………………。」 目の前で泣き崩れる母親に 釣られて涙を流した 心の底から…安堵したからだった。 よかった……と言葉に出そうになって口を紡ぐ 同時に、母親にも同情した 見ているのがあまりに痛々しく静かにその場を後にした 「………。」 少しふらつくと通路の手すりに掴まり壁に寄りかかった 血が逆流するみたいに冷えきっていた体は 涙を流す度に熱くなった 視界もまだ朧気で体に力が入らない 「カチョウ!!」 「…………ッ!」 向こうから、誰かが歩み寄ってくる 少し小走りになって目の前まで来た 思わず、その体に倒れ込む 「大丈夫ですか!!しっかりしてください!カチョウ?!」 「………ッ……」 「………泣いてるんですか?」 「………………。」 言葉が出ない。湧き出る複雑な感情で喉がつっかえている。 「……宮崎から、連絡があって…早朝、病院に行くから欠勤するって言ったそうですね。」 「………。」 「そしたら、あいつがもしかしたらニュースの事見て行ったんじゃないかって言うから、…連絡、したんですよ?」 「…………出なかったのは……そっちだろ」 「……あの時間は、丁度、飛行機に乗ってたので、着いてからその後かけたんです。携帯、家に忘れたんですね?」 「…………。」 言われてたからポケットを探っても財布くらいしか見当たらなかった 「………もう、泣かないで下さい、お気の毒かも知れませんが、」 「……違う、違うんだ……吉村」 「え?」 目を閉じて吉村の肩に頭を預けて 腕を回した 「………俺は、あの人が死んでしまって悲しくて泣いていたわけじゃない」 「………。」 「お前じゃなくて、…本当に……心の底から安心したんだ。」 「!」 背中に回された腕に力が込められた 「………すいません、余計な心配かけました。」 「……何言ってるんだ、ただ、俺が勝手に、勘違いしただけだ、謝るな」 「いえ、……カチョウを泣かしてしまったのは俺ですから。」 「…………。」 そう言われてキツく抱きしめられると 何とも言い難い、暖かい気持ちになった 「………ありがとう、吉村……その」 「……!」 耳元で聞こえた言葉に、愛情を感じた 後日、吉村大輔さんの葬儀に2人で出席した 母親にも、勘違いだったが仕事の上司だと言ってしまったことを弁解するとあの時あの場で付き添った事に大変感謝された 1人では顔も見る勇気がなかったと笑いながら言っていた 線香を上げている間 吉村にこんなことを言われた 「嫌いって言った事気にしてますか?」 「………ッ何を……今更……気にしてないぞ」 「そうですか、……俺は他人に優しすぎるあなたが好きじゃなかったです、でも」 「……。」 「あなたのような人を好きになれた自分がもっと好きになりました」 「………!」 柔らかい顔をして笑う吉村は優しくそんなことを言った 惜しくも、そんな言葉に心を動かされてしまう自分にも吉村にも到底叶わないと思った 夢を見た 誰かが泣いてる声が聞こえる それは、幼くて自分の事を何も知らない子供みたいだった 静かに泣いたあとこちらを見て優しく微笑みこう言った 「愛してる」 あれは多分 小さい頃のカチョウの姿をした 好きという素直な形 あの人の気持ちをそのまま表している その体を優しく包み込むと そっと胸の中で寝息を立てた あなたを守っていきたい この気持ちは、もう二度と優しさとは呼べない End

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