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第1話

 地球は既に俺たちのものではなかった。 「――どうやら、僕たちはここで新婚生活をしてみせないといけないみたいだ」  それでも、海翔の言葉は到底納得できるものじゃなかった。  それなのに―― 「……仕方ない、か……」  俺の口から零れたのは諦念と需要の言葉。  まるで身体と心が乖離しているかのようだった。  その証拠に、俺の方に伸びてくる海翔の手を止めることができない。  “奴ら”を誤魔化すためにとやむなく二人で並んで横になった大きなベッドが今や恨めしい。  俺の上にのしかかってくる海翔にも、苦々しい思いを抱くべき筈だった。 「そう、仕方がないんだ知樹くん」  海翔は手慣れた様子で俺の顎に手をかけ、そっと顔を近づける。 「ん……」  口付けられる、と思った。  だけど実際は、きゅっと瞑った瞳のすぐ下――頬の上に優しく唇が落ちただけだった。 「だからせめて……できる限り、良くしてあげるよ」  そんな海翔の言葉に、行為に、頭の中で感情が渦巻く。  一番納得がいかなかったのは――何故、唇に触れてくれなかったのだという気持ちだった。 「あ……はぁあっ、んんっ」  身体は熱に侵されたように、異様に昂ぶっている。  触れ合う海翔もまた同じ状態のようだった。 「先に謝っておくけど……多分、今の僕たちは冷静じゃない」  あっという間に服を脱がされ素肌に触れながら、海翔は言いつくろうように声を潜める。 「夕食……とも言えないけど、アレを食べただろ?」 「食べたけど……まさか、アレが?」 「……そもそもこの箱に入れられた時から、こうなることは奴らの想定だったのかも」 「くそっ……」  あまりにも奴らの手の上で、別の意味で頭が熱くなる。  そんな俺を鎮めるように、海翔の身体が密着してくる。 「それでも……分かっていても、僕はそれに乗ろうと思う。だって……分かるだろ?」 「ん、あ……っ」  海翔のしなやかな足が俺の両脚の間に割って入る。  身体を使って強引に体勢を変えられていく。  悔しいことに完全に火をつけられた身体は、そんな体勢の変化にいっそう興奮を煽られていった。 「知樹くんは、どこが好き?」 「な、にが……」 「こっち?」 「う、あ……っ!」  言うが早いか俺の胸に海翔の唇が落ちる。  どこで覚えたのかやたらしなやかに海翔の舌が胸を這い、それと同時に指先で一番敏感な部分を転がしてくる。 「や、め……んんっ、そこぉ……!」 「それじゃあ、こっち?」 「あ、ぅうん……っ!」  そのまま海翔の膝が俺の熱を持った下腹部の一点を刺激する。 「あ……ひっ、んぁあ……っ!」  胸に、下半身に未知の感覚が広がっていった。 「良かった、どっちもお好みのようだね?」 「あぁあっ、ち、が……っ!」 「意地を張らなくてもいいんだよ?」 「あっ、やぁあっ!」  海翔の歯が胸の突起をかりりと囓る。  痛みすら覚えるその強い刺激に、思わず身体が大きく仰け反った。 「僕たちは、ただ地球のために奴らの言いなりになってるだけだ……」 「は、ぁ、ああ……」 「奴らにされるがままに欲情して、こうして新婚生活を見せつける……」 「ん、ぅん……」  噛まれながらも執拗に舌先で愛撫される感覚に、押しつけられる膝に、もう海翔の声は聞こえない。 「だからせめて……最高に気持ち良くしてあげる」 「は、あ、ぁあん……っ!」  身体中に快感が渦巻き、飲み込まれそうになる。  そんな俺の身体が一瞬解放されたかと思った次の瞬間、下半身に熱い滾りが押しつけられた。 「いいかな、知樹くん?」 「あ、え……」  何を言っているのか頭では理解できないまま、身体は肯定していたのだろう。  熱が、侵入してきた。 「あ、え、これ……んはっ、はぁあああああああ……っ!」  下半身のもう一つの熱い部分を鎮めるように、いや煽るように、大きく滾る熱を感じる。 「はぁあっ、やぁっ、これ……んっ、そんな……無理、だっ!」 「無理じゃない……そのまま、感じて」 「いやっ、だ、めだ、んふぅ……んっ!」  海翔の雄を受け入れながら、俺は必死で首を振っていた。  駄目だ。  絶対に、駄目。  それは嫌悪でも拒絶でもなく、恐怖。  もし、今、彼を受け入れてしまったら―― 「僕を受け入れて……知樹くん」  それなのに海翔はあくまでも優しく俺に囁く。  耳元をくすぐるその声に、俺は刹那、抵抗を忘れてしまった。 「あ……あ、ぁ、んはぁああああああ……っ!」 「ほら……全部入った……」 「あはぁ……っ、も、これ以上はぁあ……っ」 「……大丈夫、動くから」 「ん、はぁああんっ!」  身体の真奥に海翔を感じた。  真芯をかき混ぜ、熱を打ち付ける彼の熱が…… 「あぁあっ、こ、れぇ……すごくっ、んはぁっ!」 「すごく……何?」 「いいっ、すごく、気持ちいぃい……っ!」  一瞬の心の隙間に侵入された海翔の熱は、俺を完全に支配していた。  押し寄せる快感に俺は完全に我を忘れ、彼の動きに合わせ夢中で腰を振る。 「あはぁ……っ、んんっ、そこ、いぃい……っ!」 「ここ? それとも、こっち……?」 「どっち、どっちも、はぁああんっ!」  もしも彼を受け入れてしまったらきっと全て飲み込まれ戻って来られないだろう――そんな俺の懸念は的中してしまっていた。 「あぁあっ、海翔、かいとぉ……っ!」 「知樹くん……っ!」  俺たちは完璧に奴らの狙い通り新婚を演じきることに成功したのだった――    ◇◇◇ 「知樹、お前は無事でいろよ」  そう言い残して憧れの乾先輩は俺の身代わりに戦場に向かってしまった。  奴らとの戦いに勝算なんてあるわけないのに。  地球が為す術なく奴らの玩具になってから、まだ間もなかった。  それなのに今や人類全てが奴らの管理下、そして道具。  資源ではなく道具であるのは、文字通り地球人は奴らにとって玩具でしかなかったからだ。  地球人に対して奴らが求めたのは、物質ではなく関係性の搾取。  攻撃をしてきた兵士を“箱”に捕え、自分たちにしたのと同じように互いに戦い合わせる。  だから、戦場で捕えられた俺が箱に閉じ込められた時には死すら覚悟したのだけれども―― 「君は……」  箱の中にいた俺と同じくらいの年の青年は、俺の姿を見てはっと息をのむ。  形のいい眉毛が僅かに揺らぐのが見えた。 「……この箱は、おかしいとは思わないか?」 「な、何が……?」  妙に冷静な様子の相手の言葉に、絶望に呑まれかけていた俺も思わず調子を合わせる。 「聞いた話だと、箱の中はただ殺し合いをさせられる道具のみで、人を生かす環境じゃなかった筈だ」 「それは、確かに……」 「だとしたら、この状況は明らかに変だ」  そう言われ、俺は改めて周囲を見渡す。  箱の中は、まるでマンションの一室のように環境が整えられていた。  大きな部屋にはソファとベッドが一つずつ。  いずれも透明なドアの向こうには洗面所にバスルーム、キッチンさえ存在しているようだ。 「マンションというより、まるでホテル……?」 「思ったんだが……」  あちこち部屋を物色する俺に、相手は慎重に声をかける。 「――どうやら、僕たちはここで生活をしてみせないといけないみたいだ」 「は!?」  唐突な言葉に思わず声が裏返る。 「いやいやいや、何言ってんだ? なんで奴らが俺たちを……」 「聞いたことがある。奴らは、次第に地球人の生態に興味を持ち始めていると」 「……でも、なんで俺たち男同士が……」  普通、こういうのは男女で組になるものなんじゃないだろうか。 「奴ら、男女の区分がつかないんじゃないか?」  しゃがみ込んだ俺の目の前で視線を合わせ、申し訳なさそうに話を続けてくれる。 「あるいは、異性の概念がないか……」 「じゃあ……じゃあ、なんとか分からせてやれないか? 俺たちがずっと離れて過ごすとか」 「――考えてみたんだけど、それはあまりいい方法じゃないかもしれない」  俺の提案に相手は難しい顔をして首を振る。 「俺たち二人をここに入れておいても無駄だと分かったら――どうなると思う?」 「えーと、一人はここに残って……って」  そこまで口にして、最悪の未来を想像してしまう。 「もう一人は……」  処分? それとも改めて殺し合いの箱に? 「そう。せっかく幸運にも安全な環境に入れられたんだ。手放すリスクは犯したくない。それに……」  青年は少し真面目な顔になる。  そこでやっと気がついた。  こいつ――眉だけじゃなくて顔全体がかなり整ったヤツだったんだと。  まあ、それも全く重要なことじゃないんだけど。 「……かもしれない」 「え?」  俺が相手を見ている間も、話は続いていたらしい。  ……いや、ついヤツの顔の造形に見惚れて話を聞き逃してしまっていたようだ。 「……ごめん、何だって?」 「これは、人類にとって好機かもしれない」 「ずいぶん大きく出たな」 「だって、殺し合いにしか興味が無かった奴らが、他の生態にも興味を持ち始めたんだ」  無意識だろうか、青年は下唇に手を当て軽く指を噛む。 「このまま上手くいけば、家族、社会、集団――そういった人の営みへと関心が広がっていって、観察のための地球人保護という方向に動き出すことも――」 「そうか……助かるかもしれないのか」  上手くすれば、命が。  もっと言うなら、地球人類が。  目の前にもたらされた希望に胸が熱くなる。 「俺……頑張るよ。二人で上手くやれるように!」 「ありがとう」  俺が気合いを入れて手を差し出すと、相手はにっこり笑ってその手を握る。  ――少し、笑いすぎだと思うくらい整った笑顔だった。  青年は海翔と名乗った。  俺も名乗ろうとするが、それより先に海翔が口を開く。 「知ってる。知樹くんだろう? 防衛軍校で同年だったじゃないか」 「そ……うだったのか? ごめん、俺、気がつかなくて……」 「まあ、ほとんど接点がなかったんだから仕方ないよ」  海翔は少し残念そうに微笑む。  それが申し訳なくて、なんとか思い出そうと軍校の話を広げてみた。 「俺は最初、前線科にいたんだ。ほら、乾先輩の……」 「ああ、知ってる」  するとやや食い気味に言葉を引き取られ、そのまま軍校の話は終わってしまった。  まあ、軍校は奴らに対抗するため即席で作られた訓練校……あまりいい思い出はないんだろう。 「とりあえず……何か食うモンとかないかな」  身の安全を確認し緊張もだいぶ和らいだ俺は、そこでやっと身体の異変に気付いた。  以前、食事を摂ったのはいつだっただろう。  住居があっても水と食料がないと生きてはいけない。 「さっきキッチンを確認したとき、冷蔵庫があったようだけど」  海翔に促され俺たちはキッチンへと向かってみる。  冷蔵庫を開けて――思わずげんなりした声が漏れた。 「うわあ」 「ああー」  冷蔵庫の中には、文字通りみっちりと黄土色の物体が詰まっていた。  これは、前線に出て戦っている人類にはある意味おなじみになっている物。  奴らが地球人に栄養を与える時に使う固形糧食だった。 「なるほど、冷蔵庫の中まではどんな風になっているのか理解できなかったのか……」 「必要な栄養は全て入ってるって聞くけど、このまま食べるのは少し抵抗があるねえ」  ため息をつく俺の隣で海翔はその個体をちぎり取る。  少し囓り取って首を振った。 「悪いモノは入ってないと思うけど、いかんせん味が……」 「まずいのか?」 「味が……ない」 「ないのかー」 「まあ、贅沢は言えないよね」  そんな呑気なことを言い合って食事をした結果が――これだ。  まさか糧食に薬のようなものを盛られているなんて思ってもみなかった。    ◇◇◇ 「…………」 「……ごめん。その……アレを食べてからなんだか頭がぼーっとして……」  一晩中、意識がなくなるまで盛った俺たちの朝の対面は、なんとも気まずいものだった。 「……いや、俺も……理性というか、おかしくなったのは同罪だから……」 「……とりあえず、先にシャワーを」 「あ、ああ……じゃあ、そうさせてもらうかな」  顔を見合わせないままに互いに謝罪して、なんとか平穏を取り戻そうとする。  一人、浴室に入ってシャワーを浴びて……がくりと腰が抜けたように座り込んだ。  実際、緊張が解れたというのもあったけれども―― (腰が、持たない……)  昨夜のことはばっちり覚えていた。  アイツに前から後ろからガンガン攻め上げられ、それを喜んで受け入れこちらからねだって―― 「……っ」  自分の回想に思わず頭を抱える。  そこにあったのは後悔とか嫌悪じゃなくて……興奮。  俺は海翔に抱かれる自分を思い出し、身体を熱くしてしまっていた。 「……まだ、効いてるのか?」  昨日うっかり口にしてしまった糧食のせいだろうか?  それとも……いや、そんな筈はない。  大きく首を振った時だった。 「知樹……?」  聞き覚えのある声にはっと身を強ばらせる。  海翔ではない。  忘れるはずのないこの声は―― 「乾先輩……!?」 「死ね」 「え……っ?」  振り返るより早く、浴室の床にあっさり押し倒されていた。  そのままマウントポジションを取り、俺が抵抗できないようにして首に手を当てる。  完璧な手際の良さと無駄の無い体術は間違いない。  乾先輩だ! 「まさかこんな所でお前に会うなんてな」 「……っ」  それはこっちの台詞です!  そう言って再会の喜びを伝えたくても、そもそも何があったのか問いただしたくても今の状況では言葉さえ発することはできなかった。  いや、もしも普通に相対したとして、俺は普通に再会を喜べるだろうか。  優しかった先輩の表情はそぎ落とされたように無表情に陰り、瞳だけは鋭く光を帯びていた。  笑顔で戦場に向かった時の先輩とはまるで別人のようで――その理由を、なんとなくは推測できて。 「運が悪かったと思って諦めろ……ああいや、その前に」  先輩の視線が俺の全身に注がれる。  シャワー中で全裸だったことを思い出し、そんな場合じゃないのに身体の芯が熱くなってきた。  俺の喉にかかっていた先輩の大きくて硬い手が離れ、俺の胸の方へとすうっと下がっていく。 「少しは、楽しませてもらっても罰は当たらないよな……」 「せんぱ――」  問いかけようとしたその時だった。 「知樹くん!」  扉が開き、海翔の声が響く。  同時に華麗な跳び蹴りが乾先輩に決まった。  ――いや、その前に先輩が両腕でガードする。  それでも衝撃で身体が揺らいだ隙に俺はなんとかマウントから脱出することができた。 「――何だ、ここは。二人がかりか、それともバトロワか……」  それでも先輩は相変わらず臨戦態勢だ。 「違います!」 「落ち着いてください。戦場じゃありません!」  俺と海翔は口々に先輩の説得に入った。 「――はぁ、マジか……」  二人がかりで説得して、なんとか状況を飲み込んだ先輩はくたりとその場にへたり込んだ。 「それじゃあ……ここでは、もう……いや」  何かを言いかけて首を振る。  だけど「もう人を殺さなくてもいいんだ」と言おうとしたのはすぐ分かった。  かつての先輩とはまるで違った様子だけど、そんな気遣いだけは以前の先輩のままで…… 「あの、先輩……」  俺の身代わりでそんな風になってしまったことを謝りたい。  そう思って伸ばした手を、先輩ががしりと掴んだ。 「ああ、でも……そうか、ここじゃ、別の方法が必要なのか」 「先輩……?」  下から覗く先輩の瞳には、再び異様な光が宿っていた。  そのまま先輩は俺の腕をねじり上げる。 「痛……っ」 「死ぬよりマシだろ?」  先輩が唇の端を上げた。  それは、ここに来て初めて見せた先輩の笑顔。  腕を取られたまま俺は壁際に追い込まれてしまった。 「どうせ殺す前にヤろうと思ってたんだ……それだけで生きられるなら儲けモンだ」 「先輩……」  優しかった先輩とは思えぬ肉食獣じみた獰猛な笑みを浮かべる先輩に、俺は言葉を失っていた。  先輩がここまで変貌してしまうまで、一体何があったんだろう。  それは容易に想像できた。  先輩は奴らに捕えられて、ずっと箱で戦ってきたんだろう。  今回も、また新しい箱で戦うものだと思っていたんだろう。  全部、俺のせいだ……  前線に送られるはずだった俺の身代わりで、先輩はあの場所へ向かったんだから。  だから、俺はその償いをしなければ―― 「知樹くん! 乾先輩も!」  覚悟を決めた瞬間、横槍が入った。  今まで俺たち会話をずっと聞いていた海翔だった。 「邪魔すんじゃねえ」 「そのつもりはありません」  先輩がドスの効いた声と共に睨みをきかすが、海翔は平然としている。 「乾先輩の希望はここで生き延びることですよね? だったらそれは得策じゃないと言いたいだけです」 「あ?」 「俺たち三人がここに入れられ、新婚生活を送るように期待されている――それは、ほぼ間違いないと思います」  海翔は努めて冷静に説得しようとしているようだった。 「だけど、先輩のように来て早々に彼を抱き潰してしまったら……俺たちは入れ替えられるか、また別の所に収容されるか……どちらにしてもこの状態は早々に終わってしまいます」 「時間稼ぎがしたいって言うわけか?」  先輩もさすがに頭の回転が速い。  海翔の言いたいことをすぐに理解したようだ。 「今、知樹はだいぶ疲労しているので……休ませてあげてください」 「ふーん」  ……海翔の余計な一言から、更に色々察したらしい。  意味ありげに全身をねめつける先輩の視線がいたたまれなかった。 「……まあ、俺も休息に異論はない。……いい加減休みたかった所だ」  先輩はそう言うと浴室から出てそのままソファに向かい――人数を考えベッドは遠慮したんだろうか――そのままごろりと横になると、すぐに眠ってしまった。  よっぽど疲れていたんだろう。  そのまま昼が過ぎ、夕方になっても先輩は目を覚まさなかった。  といっても閉鎖された箱の中、時計の針の動きだけで時間を計るしかないのだけれども。  ――それから、空腹感。  昨日夕食で冷蔵庫の中のアレを食べておかしくなってから、俺たちは何となく糧食を食べるのを避けていた。  といってもそれ以外食料があるわけでもなく、食べなければ空腹は抑えきれなくなっている。 「食事、どうする?」 「……いや、いい」  申し訳なさそうに聞く海翔に首を振る。  アレの正体が欲情を煽るものだと知ってしまった今、素直に食事として食べる気は失せていた。  そのままソファで熟睡する先輩の様子をちらりと確認する。 「先輩……」  先輩は、食事をどうするんだろう。  それに……  なるべく考えたくなかった事実を目の前に据える。 「三人に増えたわけだけど……その、新婚生活、どうすれば……」 「僕にちょっと考えがあるんだけど――」  海翔は俺に顔を近づけ声を潜める。 「考え?」  思わず俺が身を乗り出したその時だった。  俺の口に、何かがねじ込まれた。 「!?」  味気ないそれは糧食で、何の返答にもなっていないその行為に混乱している隙をついて海翔は俺を壁に押しつける。  冷蔵庫に隠れて、先輩の姿は見えなくなってしまった。 「う、んん……」  なにを、と問いただそうとする口を再び海翔が塞ぐ。  そのまま服を脱がそうとする海翔の様子がおかしいことに、俺はやっと気付いた。 「ん、んん……っ、おま、え、また糧食を……」 「食べてないよ。僕はね」  海翔は酷く冷静な様子で首を振る。  そのまま丁寧に俺の服を剥いていく海翔を、喉元からこみ上げる身体の熱さに耐えながらただ見ているだけだった。 「謝らなければいけないことがある」  静かな口調のまま、海翔は懺悔する。 「――その前に、君は乾先輩のことをどう思ってる?」 「……っ」  その質問に、身体の温度がまた一段階上がったような気がした。  乾先輩は俺の憧れで、恩人で……そして謝らなければいけない人だ。  謝りたい、償いたい、そして……  言い淀んでいる俺の首元に、海翔の手が伸びた。  首を、喉を、柔らかな手が這い進んでいく。 「一体、何……」 「多分、だけど……君がここに来たのは僕のせいなのかもしれない」 「え……あ、んんんっ!」  海翔の意外な告白に息を呑むが、長い指が胸の敏感な部分を刺激して吸い込んだ息はすぐに零れ落ちる。  おまけに開いた口に指を突っ込まれそれ以上の言葉を奪われてしまった。 「君は覚えていないみたいだけど……軍校での最初の課題で隣になったのが君だった。いきなり軍校送りになって自暴自棄になっている生徒がほとんどの中、君の真っ直ぐな姿勢はとても印象に残っていた」  それは、憧れる乾先輩がいたから……  そんな俺の気持ちは口の中に挿入された海翔の指で言葉にならないままかき混ぜられていく。 「最初、この箱に来たとき僕は一人だった。奴らによる地球人の観察実験かと思ったけれども……」  ねっとりと海翔は指を動かす。  そのうちゆっくり俺の口から出し入れする……そんな彼の指が妙に艶めかしく思えた。 「つい、思ってしまったんだ。――もしもここに君がいたら、って。そしたら君が現れた」 「……!」  海翔の指に翻弄されていた思考が急にクリアになる。  もしも、海翔の気持ちが俺を呼び寄せたなら……乾先輩は?  乾先輩をここに呼んでしまったのは、俺……? 「先輩のことは、君が負う必要はない。だって戦場や他の箱の中よりも、ここの方がずっとマシだから」  俺のショックを受け止めるように、海翔は片手で俺を抱きしめる。 「それでも正直……先輩に君を渡したくない。あの人を追い出してでも、君を独占したい」 「ん、ぅ……っ!」  海翔の身体がより密着して、壁と海翔の間に挟まれた形になってしまった。  そのまま海翔は俺の片足を抱え上げ、いつの間にか怒張していた自身の欲望を押し当てる。 「ここで……ずっと僕と一緒に過ごそう」 「ん……っ!」  昨夜何度も味わった熱の塊を感じ、身体が素直に反応し始めていた。  もう、駄目だ……  心と体が完全に彼を受け入れようとしたその直前、俺の頭に手が落ちた。 「――勝手してんじゃねえ」 「ん、ふぅ……っ!」  乾先輩だった。  俺と海翔とを酷く強引に引き離す。 「先輩……あ、今の、話……」 「――俺を呼んだのはお前だそうだな。知樹」  俺自身も受け入れがたい事実を先輩から突きつけられ、びくりと身を竦ませる。  それでも身体の熱は収まらず、みっともなく俯くことしかできなかった。 「すみません、先輩……」 「……別にそれは構わねぇ。殺し合いの箱に入ってた時より万倍マシだ。それより……」  先輩は鋭い視線を海翔に向ける。 「邪魔者として追い出されるのはどっちか――見せつけてやらねぇか?」 「あ……あぁっ!」  ふいに先輩に後ろから抱きしめられた。  いや――強引に引き寄せられた。 「この箱の中じゃ、いつでも発情できるみたいだな……」 「あ、やっ、せ、先輩……っ!」  指で後ろの窄みを確認される。  糧食と海翔の愛撫のせいで、そこはわかりやすく解れていた。 「これなら、すぐにでも問題なさそうだ」 「あ……や、だめ、だ……っ!」  後ろからあてがわれた熱い滾り……その大きさに、それが先輩のモノだという事実に頭が真っ白になる。 「新婚生活……すればいいんだろ?」 「あ、ひゃ、ふぁあああああっ!!」  一気に熱が貫いていった。 「あぁあっ、んっ、はぁあああ……っ!」  昨夜とはまるで違う質量と熱に身体が千切れそうな錯覚に陥る。  それでも……身体の奥の熱は先輩の熱との交合に嬌声をあげているのが分かった。 「あはぁ……っ、せ、先輩ぃ……っ!」 「お前は……昔から俺に憧れていた。見ていれば分かる」 「やぁあっ、き、急に動いたらぁ……っ!」 「俺も……そうだな、可愛い後輩とか……ヤれる、くらいには思っていた」 「んんんっ、お、おく、ひゃあああんっ!」  先輩が何を言っているのかも、もう分からなくなっていた。  昨夜のように、ただ熱と欲望に溺れていく――はずだった。  だけど、たった一つ大きく違うことがある。  俺の前に、海翔がいた。  先輩は海翔に見せつけるようにして俺を抱いている。  俺を、ここに必要とした海翔に―― 「あ……ま、まって、せんぱい……っ」  身体中から溢れるような嬌声を押し殺して、俺を責め立てる先輩に懇願する。 「待たねえよ。俺が満足するまでは」 「んんっ、じ、じゃあ、待たなくても……いぃいっ!」 「知樹くん……?」 「あ、か、海翔……」  快感に惑いながら、それでも必死で海翔に手を伸ばす。 「お前、も……居て……この箱で、生きよ……うぅんっ!」 「ははっ、俺じゃ不満か? そいつじゃ出せない声をあげさせてやるぞ?」 「ひ……ひぃいいんっ! あはぁっ、やっ、すごぉ……っ!」  引き抜いた滾りを一気に気持ち良い部分に叩きつけられ、腰が砕けそうな快感に襲われた。  それでも、海翔に伸ばした手が彼の腕を掴む。 「さ、三人で……っ、俺、お前も受け入れる、から……」 「知樹くん……」 「き、きて……」  求めるように開いた口に、海翔の唇が落ちる。  深く吸われ、口内から真奥まで犯されているような錯覚に陥っていく。 「……人に抱き潰さないように忠告しておいて、いい度胸だな」 「……俺は知樹を大切にしますので」 「んんんっ、んはぁ……っ!」  二人に挟まれ、俺はただ甘い嬌声を上げ続ける。  三人の新しい生活は始まったばかりだ――

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