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第1話
ぼくの初恋は幼稚園のときだった。
忘れもしない、かわいらしい笑顔でいつも優しくしてくれた、ゆかり先生。
幼稚園の先生に恋をした、だなんてよくある話だろう。
あまりにもありふれていて、笑い話にすらならないかもしれない。
それからぼくは小学生になり中学生になって、いつも好きになるのは女の子だった。
ぼくは自分が男である、という自覚を持つよりもうんと前から、好きになるのは自然と女の子であるべきだと分かっていたのかもしれない。
性別なんて意識するよりも以前から、それはきっとざわめく小学校の教室でクラスメイトたちと声をひそめて話をしたり、聞いたりするうちにごくごく当たり前のようにぼくの中にすりこまれてきたのだろう。
小学生の時にも笑顔がかわいらしくて優しい女の子を好きになり、違う中学校に行くのだと知った時にはずいぶんと悲しいと思ったのに、それでも新しく入った中学校でもまたよく笑う優しい女の子を好きになった。
どうやらぼくは朗らかで明るくて優しい子が好きみたいだ。
いつのまにかそれを知って、そうしてままごとのようにかわいらしいお付き合いを始めたのは中学二年の時だった。もちろん、相手の子は笑顔の可愛い優しい女の子だった。
学校が休みの日にファーストフードで何時間も話したり、たまに貯めたお小遣いで映画を見たり。
だいたいは近くにあるショッピングモールなんかをうろついて、雑貨屋や本屋やゲームセンターで遊んでばかりいた。
今から思えば、なんてかわいらしい恋とも呼べないようなお付き合いだったのだろう。
彼女とは結局手をつなぐことすらしないまま、受験が近付く中学三年生の夏ころから疎遠になって、いつしか一緒に時間を過ごすことはなくなっていった。
なくした恋の痛手、なんて感じたこともない。たぶん、それほど好きだったというわけでもなかったのだろうと思う。
さみしくなかったというわけではないけれど三年生になるなり急に目の色を変えてきた同級生たちに焦らされるように、ぼくも自分の志望校に受かるためにそれなりに勉強をがんばらなければならなかったから。
その時のぼくが目指していたのは県内でも有数の進学校。
ぼくの歳の離れた従兄弟がそこの卒業生で、そのまま付属の大学に進学していたので学校の雰囲気やなんかもよく話には聞いていた。
何より、その学校はぼくの家から一番近くにある高校だったのだ。
余裕で受かるというほどには成績のよくなかったぼくだけれど、それでも頑張ればギリギリ何とかなるかもしれない、という成績だったから。
ある程度の成績さえとっていれば大学受験をしなくてよくなるんだからな、と自分に言い聞かせてぼくは毎日机にかじりつくほどに…とまではいかないけれど、怠け者のぼくにしてはよく頑張ったと思う。
それでも受験前最後の模試の結果は五分五分。当日どんな問題が出るか分からないが、受かるか落ちるかまったく分からない。
運良くぼくに分かるような問題が出てくれたら良いなと思いつつ、入試を終えた後でも手ごたえなんかちっとも分からなかった。
だから無事に合格していたことを知った時には本当に嬉しくて、掲示板の前に立ち尽くしたまま泣いてしまうかと思った。
自分の頑張りが報われたことも嬉しかったし、このあたりでは本当に有名な学校にぼくも通えるのだと思ったら何だか誇らしいような気がしたものだ。
入学式のその日。真新しい制服に身を包んだぼくは、真新しいクラスメイトとともに教室で担任の先生の話を聞いている。
どこか浮かれたような気配が漂うのは、やはりみんなもこの学校に入れて嬉しいからだろう。
これからどんなことが待ち受けているのか。ほんの少しの緊張もありながら、それでもぼくもどちらかといえばわくわくどきどきといった気持ちになっていた。
ホームルームが終わり、本格的な授業は明日からはじまる。
今日は見たいドラマの再放送がある。ちょうど最終回だから絶対に見たい。
そう思って気もそぞろになっていたのがいけなかったのかもしれない。教室を出たところで横から歩いてきた人とぶつかってしまったのだ。
別にその人もぼくも走っていたわけではないから軽くとん、とぶつかっただけだけれど、それでも咄嗟に顔を上げてすいませんと叫ぶように言ってしまう。
「いや、俺の方こそあんまり前見てなかったから。ごめんな?どこかぶつけたりとかしてないか?」
その、少し困ったような笑みを浮かべた顔を見て、ぼくの心は今までに感じたことのない感情にゆさぶられていた。
笑顔がかわいらしいわけでもない、どちらかといえば意地悪そうな顔をしていたそのひとに。
どきどきと突然高鳴りだしたこの心臓は、いったいどうしたことだろう。
だってその人は、どこからどう見てもぼくと同じ制服を着た、男だったのに。
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