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1.ヤバい噂 ー3

「心配事、って……よくわかりますね」 ない、と完全否定しようと思ったが、だれだろうと何かしらの心配事はあると一瞬のうちに考えを変えて、颯天はおもしろがった素振りで認めた。 颯天の腕を放した祐仁はけれど、颯天に合わせて興じるでもなく、さらに首をひねる。 「なんだ」 「……え?」 「相談に乗ると云ってる。病気を治せと云われても困るが、大抵のことは力になれる」 祐仁は至って生真面目な様子で、ちゃかすのも気が引けた。 「もしかして……それでおれ、ここに呼ばれたんですか」 「それもあるし、早く慣れてほしいっていうのもある」 祐仁はあたりまえのように云うが、それをどれだけ颯天が光栄に、あるいは単にうれしいと思っているか、果たして祐仁はわかって云っているのか。 祐仁は背の高い颯天よりもさらにわずかに高い。 スタイルも細身で、Tシャツにカーゴパンツという極めて普通の服装でも“着こなしている”といった恰好良さが(うかが)える。 ただ細身なのは見た目だけで、さっき躰を支えられたとき、意外にがっしりしていることに気づいた。 容貌もけちの付け所がない。 切れ長でありながら小さくない目、すっと伸びる高い鼻にちょうどいい厚みのくちびる、そして顎のラインは強靱(きょうじん)そうな意志を示しながらシャープだ。 髪は無造作に手櫛(てぐし)を入れている感じだが、何気なくて似合っていた。 祐仁は、大抵のことは力になれるという自信を持ち合わせ、完璧な外見を持ちながら、頭が切れ、カリスマ性を備えている。 颯天も外見は悪くないと云われてきたが、トータルで採点するなら祐仁の足もとにも及ばない。 「なんか朔間さん、すごいですよ」 「何が」 「学生なんて普通は自分のことで精いっぱいじゃないですか。それなのに、EAの活動をして、メンバーの様子にまで気を配って助けようなんて、余裕があるなって感心してます。就活も内定が出る時期ですよね? それでもEAにはずっと出られてるし……」 「おれは就活する必要ないんだ」 祐仁は颯天をさえぎると肩をすくめた。 そのしぐさに見えるのは、ごまかしではなく、やはり余裕だ。 「院に行くんですか? あ……じゃなくて伝手(つて)とかコネとか、あとは……家を継ぐとか……ふぐっ」 ありったけの就活をしなくていい理由を並べ立てていると、ふいに祐仁が片手で颯天の口をふさいだ。 自分でも無駄口を叩いているとわかっていたが――いや、そうやってごまかしていたのだが。 「確かに、就活はしなくていいしEAに出てくる余裕もある。けど、はぐらかすなんていう無駄話に付き合ってやれるほど、おれは暇じゃない」 祐仁は颯天よりも――そこら辺のだれよりも一枚も二枚もうわてだ。 ちゃんと見抜かれていた。 「……すみません」 と発した言葉は祐仁の手のひらの中でこもる。 同時に、祐仁が眉をひそめて吐息とまがう、かすかな(うめ)き声を発する。 直後、祐仁の手は離れていき、何気なく目で追うとその手は握り拳をつくった。 何をそこに閉じこめたのか、そう思ってしまうようなしぐさだった。 不思議に感じながら、すみません、と颯天はもう一度ちゃんと口にして謝った。 「心配事といってもおれのことじゃないんです。家族の問題なので。もうすぐ解決できると思います。気にかけてもらってありがとうございます」 祐仁は考えこむような面持ちで颯天を見つめる。 「颯天、おれは分け隔てなく首を突っこんでるわけじゃない」 どういう意味だろう。 つまり、颯天だから気にかかるということか。 いや、きっと祐仁自身がスカウトしてきた颯天だから責任を感じているにすぎない。 ――とそう自分に云い聞かせていることに気づいて、颯天は自分のことながら戸惑う。 なぜこうも祐仁の言葉だったりしぐさだったり、いちいち気に留めて深く勘繰ろうとするのだろう。 尊敬とか羨望とか、ここまで(いだ)いた人はいない。 そのせいだ。 云い訳とも取れるようなことを思いながら、祐仁の目が射貫くように颯天を見ていて、もしかしたら内心の戸惑いが見抜かれているかもしれないと焦る。 何か切り返さなくてはと考えても見つからず、結局は祐仁のほうが口を開いて沈黙を破った。 「(らち)が明かなかったら、おれに話すって約束しろ。いいな?」 「はい」 無自覚にうなずきながら、何かあれば祐仁を頼れると、颯天はそう思うだけで心強くなった。

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