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第21話
ピンポーン。
くり返されるパターン。
朝、目覚めれば一人。
チャイムが鳴る。
ドアを開ければ中田が立っている。
中田の持ってきてくれた朝メシ。
風呂場の洗面台の鏡に映る疲れたオレの顔。
それから…。
灰谷がカラダ中につけた〈しるし〉は、どれもこれもうっすらとして、今にも消えそうだった。
首筋についた指の痕だけが、かろうじて残っていた。
灰谷。
灰谷。
灰谷。
ザーザーとオレのカラダを滑り落ちる水が排水口に吸い込まれていく。
それをただ見つめる。
「真島。真島」
風呂場の外から中田の声がする。
「真島、遅刻する。学校行こう」
学校…。
そうだ。灰谷がいるかもしれない。
灰谷が。
いる…かもしれない。
昼間は学校にいるのかもしれない。
そうだ。ミルハニのシークレットを渡してやろう。
いらないなんて言ってたけど本当は欲しいはず。
オレはシークレットをポケットに入れて学校へ向かった。
*
相変わらず、壁際一番後ろの灰谷の机の上には花瓶がのっている。
灰谷には花なんか似合わないのに。
オレはゆっくりと灰谷の席に近づいた。
もしかしたら灰谷の姿が見えるんじゃないかと。
気配を感じ取れるんじゃないかと。
「真島」とオレの名を呼ぶ灰谷の声が聞こえるんじゃないかと。
でも、灰谷の姿は見えず、気配も感じず、声も聞こえなかった。
灰谷は沈黙していた。
そう、学校ではオレたちはそんなに親しくもない、ただのクラスメイト。
だからなんだろ灰谷。
でも、これでオマエも黙ってはいられないはず。
ポケットからボトルキャップフィギアを取り出す。
シークレットのミルハニ。
灰谷の机の上に置いた。
「灰谷、これでフルコンプリートだよ」
返事はない。
そっかなんだっけ。ええと…。
「野郎ども、天国の門にキッスしな。ミル~ク。ハニ~。ヘブンズキーッス」
そんで、そうそうドロップキック。
オレはフィギアを持ち上げて、花瓶にドロップキックさせた。
そいでパンチラと。
灰谷、オマエの好きな巨乳ミニスカTバックだぞ。
しかもシークレットの赤Tバック。白じゃないんだぞ。
うれしいだろ。
「エロっ!」て言う灰谷の声を待った。
灰谷は言わなかった。
いつまで待っても言わなかった。
言わないの?言わないのか…。そっか。そっか。
やっぱオマエ、ムッツリじゃん。
トントンと肩を叩かれる。
ふり返れば中田で。
「真島。予鈴鳴った。ホームルームはじまる」
中田は痛々しそうな顔をして言った。
あれ?オレ、イタイの?
そうか…。
「…ああ」
自分の席に戻ろうとしてはじめて気がついた。
クラス中の視線がオレに集まっている。
何アイツ、とでもいうような。
ビックリしたような、引いたような。
ああ…オレ、やらかしちゃったみたい。
まあ、いいけど。
そして七瀬。七瀬と目があった。
ちっちゃくて白くて胸がデカくて男のオレとは真反対の女。
灰谷が付き合っていた女。
夏休みの間、灰谷を独り占めにしていた女。
そしてたぶん、灰谷が抱いた女。
死の直前まで会っていた女。
でも…灰谷が最後に会いに来たのはオレだ。
誰も知らないけれど。誰にも言えないけれど。
オレは口角だけを持ち上げてニッと笑ってみせた。
七瀬はビクッとして目をそらした。
席に着くと佐藤が寄ってきた。
「真島ー。お前どうしちゃったの。大丈夫か」
「佐藤、やめろよ」
中田が言う。
「いや、だって真島がさー。いきなり大声でヘブンズキッスとか言い出すからさ~」
ああ…そんな大きな声出しちゃってたか…。
「やめろって」
「どうしちゃった?マジマジックリン」
マジマジックリン…ああ…灰谷、オレにあだ名つけてたって言ってたな。ツーカー。
「マジに頭がクリックリンしちゃったか」
「佐藤、てめえホントに、ちっとは人のこと考えてモノを言え!」
中田がめずらしく感情的になっている。
「なんだよなんだよ。中田は真島には優しいけどオレにはいっつも冷てえよな」
佐藤がむくれている。
「お前、なんでそういうこと…ガキか」
「ガキで悪いか!」
ククク…オレは思わず笑ってしまう。
「お前らホントにいいヤツだよ。オレにはもったいねえ」
佐藤が目を丸くして、中田が困った顔をした。
その時、本鈴が鳴り、「ほらー席つけー」と担任が入ってきた。
また、始まる。
日常が。
灰谷がいないことなんて、まるで関係ないみたいに。
息を吸って、吐いて。
息を吸って、吐いて。
あと、どれ位くり返せば灰谷が今いるところに行けるんだろう。
灰谷。
灰谷。
灰谷。
会いたい。
会いたい。
会いたい。
オレの心はただくり返す。
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