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第1話

 『腐男子』  最近、この言葉のおかげで、僕はBLコーナーに立ち寄りやすくなった。  以前までは、女性達の視線が怖くて、通販だけでBL本を購入していたのだが、如何せん、ジャケ買いではハズレを引くことが多く、お金を無駄にしてしまっていたこともしばしば。  けれど、今では堂々と書店へ出向き、見本まで読めるのだからありがたい。表紙と中身のギャップに悩まされることも無くなり、僕は心置き無くBLを買うことに成功しているのだ。  自己紹介が遅れましたが、僕は、男子校三年、松岡光(まつおかひかる)。光、なんて名前だけれど、学校ではかなりの陰キャラだ。いつも本を読んでいるような、所謂オタク。クラスメイトも、気持ち悪そうに僕を遠巻きに見ている。それはそれで、僕的には楽だ。人付き合いは苦手だし、人と上手く話せる自信もない。ならば教室の隅っこでBL小説を読んでいるのが一番いい。  元々、僕は少女漫画オタクだった。あの可愛らしい絵に、甘酸っぱい恋愛劇。それが、彼女がいない僕にとって、疑似恋愛的な、僕にとっての恋愛! になっていたのだ。  それが楽しくて、僕は、少女漫画を買い漁っていた。  そんな僕がBLに出会ったのは、事故のようなものだった。  この表紙、綺麗! そう思って、手に取ったのが初めてのBL本だったのだ。  僕は衝撃を受けた。男同士で恋愛をしているだと!? そんな馬鹿な!   世の中にはゲイと言われる皆様が存在していることは知っている。その方たちを差別するつもりもない。ただ、こんな綺麗な絵で少女漫画じゃないということに、衝撃を受けたのだ。そして、もうひとつの衝撃。ストーリーがとても良かった。これはもう、少女漫画だ! そう僕は思ったのだ。綺麗な絵。そして、性別という立ちはだかる障害。それをものともせず、愛し合う二人を見て、僕は感動してしまったのだ。  と、言うわけで、僕は今日も池袋に来ていた。もちろん目当てはBL本。しかも、かなりお気に入りの作家さんの新刊が出ているのだから、僕は今にもスキップをしてしまいそうだった。  池袋のとある本屋。エレベーターなど待つ時間すらおしく、僕は階段を登っていく。  少し息を上げながら、たどり着いたBLコーナーには女性が楽しそうに本を物色している。その中に入ると、一瞬視線をよこされるが、直ぐに気持ちはBL本へと向いてくれるようで、僕のような『腐男子』には用はないらしい。たまに、好奇な目で見てくる輩もいるが、今となっては全く気にしていない。  僕は新刊コーナーの前に立ち、平積みされている、目当ての作家さんの本を手にしようとした時、手がぶつかった。 「あ、すみません」  僕は驚いて手を引く。女の子の手に触れるなんていつぐらいのことだろう。ドキドキする。 「あれ? 松岡?」  男の声に、僕は顔を上げた。ぶつかった手の持ち主は、女性ではなかったのか。  そして、その声の持ち主の顔を見て、僕は瞠目した。 「へ? 皇(すめらぎ)?」  僕たち二人は、しばらく見つめあってしまった。ざわ、と周囲が色めきたったのが分かった。このままここに居られない。しかし、なぜ皇が? 僕は混乱しながらとりあえずその場を去ろうと、踵を返す。そんな僕の腕を、皇が掴んだ。 「松岡、お前……腐男子なのか?」  とりあえず腕を離してくれないか? 女性の目が痛い。 「皇、とりあえず腕離して」 「離したら逃げるだろ? 少し話をしようぜ」  僕は逃れる術を見いだせず、皇と共に、その本屋を後にした。  本屋近くの公園に、二人で腰を下ろした。そして、しばしの沈黙。  沈黙するくらいなら、話をしようと、なぜ言った? 皇よ。  皇煌(すめらぎこう)。僕のクラスの中心的存在。いつも友だちに囲まれ、クラスの人気者。噂では、男子に告白されたことも多々あるらしい。そんな彼で、多少BL展開を考えたことがあったとしても、僕は誰にも責められはしなだろう。 「お前ってさ……、あんな趣味だったんだ」  お前がそれを言うのか? お前だって、僕の推し作家さんの本を手にしようとしたじゃないか。  いや、もしかしたら姉とかがいて、逆らえず買いに来ていたということもありうるな。そうなった場合、僕だけが弱みを握られてしまうのか。困った。 「皇だって、あれ、手に取ろうとしてただろ? そもそも、BLコーナーに居たのは何でたよ」  一か八か。お互い『腐男子』ならお互いが秘密を守り、この先そのことに触れなければ万事問題ない。 「俺は……、お前がいつも読んでるのがなんなのか気になって、付けてきた」 「は?」  僕はあっけに取られ、馬鹿みたいな声を上げてしまった。 「なにそれ?」  僕は、意味が分からず、皇に視線を送る。そんな僕を、皇は見つめてきた。 「お前ってさ、いつも、小説読んでるだろ?その時の表情がさ、可愛くて……その……気になってたっていうか……」  僕の頭にクエスチョンマークが埋め尽くす。何を言っているだ? 皇は。 「そう思ったら、お前のこと気になりだしちゃって……。それで、お前の趣味がなんなのか知りたくてさ……」  え? 待ってくれ。それって、どういう意味? まさか、皇が僕のことを好きとかそういう? いや、まさか。漫画じゃあるまいし。そんな馬鹿な話しあってたまるか。 「えーっと……。皇の言っている意味がわからない」  僕は、思ったことを口にした。とにかく、この話を終わらせて、早く新刊を手にして帰らなくては! 「なぁ、松岡。お前がクラスメイトに『腐男子』たって知られたらどうなるかな?」  なんとも、意地の悪い顔をして皇は笑った。なんだその怖い話。何故そんなことを急に言ってくるのだ?  「なぁ、松岡。バラされたくなかったら、俺と付き合ってよ」 「は?」  僕は目を瞬かせて、一言呟いた。まさか、自分がBLに巻き込まれるなんて、予想だにしていなかった。

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