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第1話
大人に自分を理解してほしい、なんて思ったことはない。どうせ理解されないし、カズミだけが理解してくれれば良かった。理解されなくても、ただ話を聞いて、なんとなく相槌を打ってくれて、話を聞いてくれているんだって分かるだけで嬉しかった。
僕らは、もうすぐ大人になってしまう。
生きているだけで年齢は上がっていく。世界の外側に定義した大人たちに近づいて、好きでもない大人になってしまう。そして、受け入れなければならないのも分かっていた。
ユウマとカズミの出会いは中学生だった。席が近くて、話すうちに気が合って、なるべく一緒にいるようになった。
クラスが変わっても、休み時間には一緒に過ごすし、休日には一緒に遊びに行く。周囲に恋人が出来ても、ユウマとカズミは二人とも彼女という関係の人物はいなかった。
「カノジョいねーの?」という友人からの問いにも「ユウマがいるから」「カズミがいるから」とちょっとおふざけっぽく、笑って答えていた。
二人は同じ高校に進み、大学も同じ学校に進学した。大学は家から遠く、夜遅くまである実験で終電を逃すことがしばしばあるため、二人でルームシェアを始めた。
ルームシェアを始めてしばらくして、政府が結婚していると大幅にメリットがある政策を実施した。結婚していない人にペナルティはない。しかし、結婚すれば大幅にメリットがある。しかも結婚は同性、異性を問わない。恋をする必要もない。ただ一緒に住んだり、密に連絡を取ったりすれば良い。様々な社会問題に対して孤立を避けさせるため、とニュースでは言っていた。
結婚は成人していれば可能だった。
あと1ヶ月でユウマは成人する。
カズミは数ヶ月前に誕生日が来て、成人していた。
周囲はとりあえず友人同士で結婚するものや、恋人同士で結婚する者が多かった。成人済みの大学の生徒の中で三分の二の大学の生徒が結婚制度を利用していた。
ユウマはカズミと結婚するつもりでいた。
カズミもそのつもりだと、政策が大々的に報道された時に言っていた。
「俺の名前、女の子にもいる名前じゃん。名前だけ見たらユウマが男で俺が女で、異性同士の結婚じゃん」
「え?」
今まで、ユウマは名前のことで悩むそぶりは見せなかった。同級生の女の子に『カズミ』という名前の子がいても、「名前なんて生きているうちにどこかで誰かと被るもんなんだよ」と、揶揄った奴を笑っていた。
それに、悩むことがあったら打ち明けてくれていた。だから、余計に驚いた。
「名前はどうでもいいんだけどよ。異性としか結婚出来ないなんてジジイの発想だし。ただ、本当にいいのか、結婚して」
「どういうこと?」
「散々嫌だって言ってたじゃん、大人なんてって。身勝手で都合のいいトコしか受け入れないバカって言ってた大人に、括られるんだぜ? 大人として。俺は嫌だよ」
そうだよ。俺も嫌だったよ。俺もカズミも大人になるのが。
「受け入れられなくても、子どもは大人になっちゃうんだよ」
「そうだな。俺はなったし、お前もなるんだろう」
そうだよ。それに、結婚は大人しか出来ない。
「結婚すると、大人って事実を実感するってこと?」
「そうだよ。俺、大人になったらやろうと思ってたことがあるんだ」
「何、それ」
「お前に恋してることを告白する、あと、嫌なものを葬る」
「何を言って……」
「ユウマが好きだよ。愛してる」
「俺だってカズミが好きだよ、高校生の時に何度か告白しようか迷った。でも、嫌なものを葬るって、なに」
カズミが好きだった。友人として好きだったし、恋してた。カズミが自分を同じように想ってくれて嬉しい。
でもカズミの『嫌なものを葬る』っていうのが気になった。
「大人になったユウマをユウマが受け入れられないのなら、子どものまま時を止めるってこと」
「タイムカプセルに生物は無理だよ、死んじゃう。──まさか」
「受け入れられなくて、どうしても何もならないなら一緒に社会から外れようっていうただのお誘い。社会で上手くやってけるなら、そんな必要ないから、誘いにのる必要もないけど」
「俺ね、多分まだ大人になることが受け入れられない。でも、年齢的に大人のカズミを拒絶したくない。だから、精神も大人になれるようにする。俺が嫌いな大人じゃなくて、俺なりの大人になるよ」
「そっか」
カズミはいつものように、馬鹿みたいに笑いだした。
「俺、お前が誰かを殺した時、死体を埋めたり協力してやるからな」
「やらないよ、ばか」
「キスは?」
「してもいい」
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