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第1話
半分ほど中身の減ったコーラの氷が音を立てる。
尊は横目で遊作を見た。遊作はその控えめな視線には気づかない。
休日。
尊の家にやってきた遊作は、早々に持参したタブレットPCを起動させた。何かのプラグラムを作るだか解析するだかで、尊が話しかけても上の空だが、一応返事が返ってくるし、気が散ると言われたこともない。
初めて一人暮らしの家に遊作を誘った日、来てそうそうPCを機動させ黙りこんだ遊作に面食らった尊だったが、その日の帰り際に「今日は楽しかった」と遊作がいつもの表情で真面目に言ったので、尊はその後も家に遊作を誘っている。
遊作が文字だらけの画面に真剣に向き合っている横で、尊は買ってきたばかりの漫画雑誌を開いた。手持ちの電子端末でも読めるのは知っているが、いまいち馴染めなくて、駅前の本屋で雑誌を買ってしまう。
「不霊夢とAi、遊びに行くって何処行ったんだろうね」
「・・・・・・。ああ」
遊作はタブレット端末をから顔を上げずにいつものように生返事を返した。
尊はローテーブルに肘を突いたまま、雑誌のページを捲った。
「雑誌。電子書籍で買ったほうが安いし、本屋行かなくていいし、不霊夢も端末の中で読めるし、読んだ後処分しなくていいのは知ってるんだけど、電子版ってなんか読みにくいんだよね」
「そうだな・・・」
新型デュエルディスクの商品紹介ページを眺めながら、尊は呟いた。
「最近、僕たちずっと一緒にいるよね」
「・・・ああ」
同じ学校に登校して、一緒に授業を受けて、放課後は連れ立ってカフェナギへと向かう。休日もこうして一緒に居る事が多くなってきた。
ほんの数ヶ月前まで、リンクヴレインズを救った英雄として、画面越しに見ていた相手と日々を一緒に過ごしているのは不思議な気持ちになる。
尊はすっかり氷が溶けて薄くなってしまったコーラを飲み干した。
・・・・・・
尊にはさっぱり理解できない難しいことをやっている遊作の横で読む雑誌も残りあと数ページ、というところで『休日の彼女との過ごし方』という特集ページが目に止まった。
田舎にいた頃は、学校にほぼ行ってなかったに関わらず、それなりにモテていたように思う。面倒見の良い幼馴染の顔が思い浮かび、尊は緩く頭を振った。
「やっぱり彼女欲しいよね」
雑誌を捲りながら尊が何気なく呟いた言葉に、タブレット端末を覗き込んでいた遊作が反応した。
「やっぱり?」
今まで上の空だったはずの遊作は顔を上げ、尊を見た。
視線が合う。
「え、いや、『やっぱり』にそんな意味はないんだけど」
「そうなのか?」
「うん」
本当に意味のある発言ではなかったのだ。尊は、また適当に相槌が返ってくるだろうと思った。
「彼女」
遊作が呟いた。
(えっ。遊作、この話続けるの?)
「尊は彼女が欲しいのか」
「う、うん。欲しいか、って言われたら、まあ」
頭を掻く尊を、遊作はじっと見ている。
「いや、なんていうか、遊作構ってくれないしすることなくて退屈でちょっと呟いちゃっただけだから。気にしないでよ」
「・・・・・・」
遊作はタブレット端末をテーブルに置いて、尊に向き直った。
「彼女。交際している相手だろう」
そう呟いた遊作は少し考えた後、
「彼女がいたとして、彼女と何をするんだ?」
と言った。いつもの至極真面目な顔つきで。
「えっ?そ、そうだな。彼女がいたら・・・」
尊は考える。そんな質問される機会などそうそうないだろう。遊作が真面目に質問しているのだから、答えるほうも真面目に考えるべきだ、と尊は思った。
「例えば、彼女が同じ学校だったら一緒に登校したり、お昼を一緒に食べてそのまま休憩時間を一緒にすごして・・・」
「そうか」
そのまま遊作は続けた。
「お前は今日も昨日も俺と登校している。昼飯も俺のところで一緒に食べたろう。その後も尊は俺と一緒にいたな」
「不霊夢たちも居たけどねっ!」
尊は妙に焦って言い加えた。
(僕に友だちがいないことを指摘してるのかな?でもそれなら遊作も一緒なんじゃ・・・。あれ?僕ら今何の話してたんだっけ・・・?)
「それで、他には何をするんだ」
遊作に促されて尊はまた考える。
「ええと。他にって、そうだな。放課後も一緒に帰るかな」
「放課後、お前は俺とカフェナギに行ったな」
「・・・」
確かに、一連の流れはここのところのお決まりのパターンだ。
尊は考える。
「あ、あとはなんだろう。休日はどっちかの部屋で過ごして・・・」
遊作が尊の目をじっと見た。
遊作は立ち上がると、尊の横に移動して腰を下ろした。
近い。互いの肩と肩が触れそうなくらいには近い位置だ。
「遊作?」
「それで、部屋に来てどうするんだ?」
床に直接座り、こちらに体を傾けて向き直る遊作は、いつもの制服ではなく緩いパーカー姿なので幼くみえる。そして、近い。近いのだ。
「うーん。どうするって、どうするんだろうね。映画見たり、他愛もない話をしたり、あとちょっと……スキンシップとかするんじゃない?」
(僕、何をいってるんだろう)
尊は大分言葉を選んだ。
「そういうものなのか?」
「た、多分」
「映画は……一緒に見たことはないが、他愛もない話は俺たちもするだろう」
(えっ、あれ僕たち会話してたの!?別に不満はないけど、会話らしい会話はしてないよね!?)
「スキンシップ」
遊作が呟いた。
「スキンシップとは具体的にどういう行為だ?」
「えっ」
尊はぎょっと目を見開く。
(たすけて不霊夢、なんだか話がおかしなことになってるんだ!!!)
彼女が欲しいと呟いた自分をからかっているのかと思ったが、遊作の表情は変わらず真剣なままだ。
「手とか、繋いだり?」
「……」
沈黙。中学生か?いや、小学生でももう少し何かあるんじゃないのか。言った自分が恥ずかしくなり、尊は赤面した。
「ねえ、遊作。この話はもうやめよう!」
するり、と遊作は尊の手を取った。
「!?」
そうして、指を絡めながら遊作は言った。
「こうか?」
体温が暖かい。小首をかしげる仕草が可愛い。尊は思わず後方に仰け反った。ガツン!と鈍い音を立てて頭を床にぶつける。
「おい、平気か」
「痛ぅ……」
手も自分の体側に引いたつもりだが、遊作がしっかりと指を絡めていたので外れず(力が強い!手を繋ぐって、そんなぎっちり握り込むことってある!?指、ちょっと痛いし!!)一緒に床に倒れ込み、遊作は尊の上に乗りあげた。
ますます近くなった。顔が近い。近すぎる。
「ゆ、遊作……?」
尊は恐る恐る遊作に声をかけた。
「それで、このあとは何をするんだ?」
「!」
遊作は全く色気のない表情といつも通りの声色で、
「キスくらいはするんじゃないのか?」
と言いながら尊に体重をかけた。
「……っ」
尊はきつく目を閉じた。
「いけない。もうこんな時間か」
そう遊作が呟くのと同時に、尊の上から体温と重さが消えた。尊は目を開く。
「え?」
なんとも間抜けな声が出た。
「すまない、これから草薙さんの店の夜の仕込みの手伝いを頼まれてるんだ。もう行かないといけない」
遊作は言いながら、テーブルの上のタブレットを鞄にしまい込み始めた。
「え、ええ?」
拍子抜けしている尊を尻目に、遊作の帰り支度は順調に進んでいき、遊作は荷物を手に立ち上がった。
「それじゃあ、尊。また明日」
そう言って一度も振り返らずに、遊作は尊の家を後にした。
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