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第1話

───ミーン、ミーン。 う、る、さ、い。 うるさい、うるさい、うっさいッ!! 蒸し暑い夏の陽気に朝っぱらからテンション高く鳴いている蝉とは真逆で、俺、夕凪 海斗(ゆうなぎ かいと)は朝からテンションガタ落ちだ。 ゴールデンウィークも終わって、6月に入って衣替えも終わり、待ち遠しい夏休みがやってくるのをただひたすら祈るのみ俺は、田舎町で産まれて田舎町で育った高校2年生。 コレといった目標もなく、未来のビジョンも描けないまま今日も変わらず学生生活を送るために、俺は徒歩で登校中。 眠い目を擦り、蝉の鳴く声を嫌々耳に入れ、俺の脳では理解し難い教科書たちを担いで整備不足の砂利道を歩くのは苦痛で仕方がない。 夏服の白シャツは涼しく感じるものの、学校指定のベスト着用は暑苦しく感じるばかりで溜め息が洩れる。田舎の中では偏差値がそれなりの高校に向かっているけれど、見た目重視で無駄に洒落込んだ制服は俺からじりじりと体力を奪っていくんだ。 焦げるんじゃないかと思う程、照りつける太陽が眩しい。そんな朝の光を受け、日に日に傷んでいく髪は少しだけ赤く染まって見える。小麦色とまではいかないけれど、確実に焼けていく肌が俺は可哀想に思えて。 自然豊かな通学路を最大限に利用し、勝手にそびえ並ぶ木々を日除け代わりに俺はダラダラと歩くけれど。 「閑さや岩にしみ入る蝉の声……って、風流だな。海斗」 俺の心の声を聴いていたような発言をしてきたヤツを睨みつけ、俺は木に止まり鳴いている蝉に殺意を抱いた。 「どこがだよ。セックスしてぇ、セックスしてぇっつって鳴いてるヤツらに風流もクソもあってたまるか。1週間の寿命のうちに、交尾のこと以外考えないような虫なんて嫌いだ」 「それは俗説、成虫は長いもので1ヶ月生きると言われている。6年から最長で17年、土の中で眠っていたんだから子孫を残す為に精を出しても許される」 俺と同じ制服に身を包み、俺の歩幅に合わせて歩く黒髪の男。ついでに、俺より上から目線でそう言ってきたコイツは俺の幼馴染みの東 桐陽(あずま きりはる)だ。実際に俺より目線は12cm、年齢は1つ上な桐陽は、なんとも涼しい顔をしている。 物心がついた頃から、当然のように俺の横にいる桐陽。それは俺も変わらず、当たり前のように桐陽の背中を追いかけて桐陽が通う高校に進学を決めた俺にとって、この男が隣にいることは日常の中の日常。 毎日毎日、片道20分の道のりを徒歩で通学しているのは桐陽も同じなのに。なんなら、隣の家の俺を迎えに来てから学校に向かう桐陽は、俺よりも30歩くらい歩数が多いはずなのに。 朝っぱらから天気が良く、その日差しを後押しするような蝉の鳴き声に苛立つ俺とは違う桐陽の言葉が俺は気に食わないから。 「俺は許さねぇ……グロテスクな見た目、クソうるせぇ鳴き声、全てが癇に障んだよ。蝉なんてなぁ、一生眠ってろってんだッ!!」 ぶんっと大きく振り上げた右足、ステップを踏むように蹴飛ばした石ころが転がる先は、道端に咲いた花の前だった。

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