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コーヒーが好きな君を好きな俺
ここ数ヶ月、とあるカフェが気に入ってよく足を運ぶようになった。いや、お店の雰囲気を気に入ったというよりも、そこで働いている吉田さんという人が気に入っているのだ。
きっかけは、このカフェの前を偶然通りがかったことからだった。コーヒーのいい匂いがふと鼻腔にくすぐり、お店へフラフラと誘われてしまったのである。今思えば、普段余りコーヒーを飲まない自分が、そのコーヒーの匂いに誘われ店に入ったのは運命的なことだったのかもしれない。
「いらっしゃいませ。何になさいますか?」
そう、優しく柔らかい笑みと声で、店に入ってきた俺に対応してくれた。お客さんの誰にでもそうなのだろうと分かってはいたのだが、気分はよかったし好印象だった。
俺が、コーヒーはあまり飲まないんだけど・・・と言うと、好みの酸味や苦味、甘味などを色々訊いてくれて、じゃあこれはどうでしょうかと出されてハマってしまったのが、今毎日のように飲んでいるコーヒーだったりする。今では、いつもの、と言えば通じてしまうほどで、ちょっと嬉しい。
吉田さんは、コーヒーのことになると表情がキラキラとしてくる。いつだったか、自宅でもコーヒーを淹れて飲んでみたい、と俺が相談というか、少しだけ話したことがあった。そしたら、吉田さんは熱心に一時間も話してくれた。その時は俺以外にお客さんが居なかったこともあってか、熱を入れて話してくれたのだろう。
時計を見た吉田さんが、ハッとして少し顔を赤くし、
「山田さんの貴重なお時間を消費しちゃってすみません・・・!」
と慌てながら謝っていた姿がとても愛らしかった。そう。俺は、吉田さんと接していくことで、気が付いたら恋をしてしまっていたのだ。
なら、告白したらいいだろうという人が居るかもしれない。が、一つだけ問題があった。それは、吉田さんが男である、というものだった。
まさか自分が男を恋愛対象として好きになれるとは思っていなかった。今まで、女性にしか興味がなかったし。
一体どうしてしまったんだ・・・。と悩んだこともあったが、次の日また吉田さんの顔を見てしまえば、どうでもよくなってしまう。それだけ、好きだった。
そんな、ある残業終わりの帰り道。終電も間近で、近道としてホテル街の通りを小走りに進んでいると、少しだけ争うような声が聞こえた。
いやな予感がして、その声のするほうへ駆け寄り、おい!と声をかける。すると、そこに居た50代くらいの男性が、それまで掴んでいた人の腕を放して逃げ去るのを目撃した。
「大丈夫ですか?」
ちょうど陰になって顔の見えない灰色のパーカーを着たその人に、声をかけつつ近づく。と、顔が見えるところまで来て、気づいた。
「・・・よ、しだ、さん・・・?」
そこには、吉田さんが居た。あの、カフェで見せていた顔とは違う、笑みのまったく無い顔だった。
とりあえず、吉田さんの腕を引いて近くにあったファミレスに入る。コーヒーを二つ、と店員さんに頼めば、その後は静寂が訪れてしまった。非常に気まずい。
なんでこの時間にあそこに居たのか、あの男性は誰なのか、何を言い争っていたのか・・・。訊きたいことは沢山あった。が、この吉田さんのこの雰囲気から見るに・・・訊かずとも結果が分かっていた。だから、なおさら訊けなかった。
二人して黙っていれば、さっき頼んだコーヒーが運ばれてくる。匂いも味も、自分の好みではないコーヒーだった。
「・・・・訊かないんですか。なにも。」
吉田さんが、コーヒーに視線を向けながら先に口を開く。今言われたら一番刺さる言葉だ。
「・・・訊いて欲しいんですか?」
自分の口からやっと出てきた言葉は、それだった。すると吉田さんはふっと笑って
「別に。どっちでも。・・・まぁ、山田さんはなんとなく分かってらっしゃるみたいなんで、話す必要あるのかなって思いますけどね。」
と、今までに見たことのない笑みを俺に向けてきた。色気交じりの笑みだった。俺はそれを見て、無意識に少しだけ息を呑んでしまった。
「僕がそんな人間だって分かっててもなお、軽蔑した顔も見せずにこうして喋れるって事は、山田さんもそういう人だったんですね。だろうなぁとは思ってましたから、別に驚きませんけど。」
そう言う吉田さんの表情に、少しだけ影が見えたのを俺は見逃さなかった。
「た、たしかに、吉田さんのことはその・・・・好きでしたよ。カフェには、吉田さん目当てで通ってました。けど、吉田さんがコーヒーについて語る時の表情がすごく素敵で、惹かれちゃったんです。馬鹿みたいな話ですけどね。あはは・・・」
言い訳のようですごく恥ずかしかったが、言葉は案外スルスルと出てきてくれた。
「なに、それ・・・。」
「へっ・・・?」
なんと言われるか恐くて顔を見れなかったが、そう言われて、素っ頓狂な声を出して顔を見てしまった。そこには、頬や耳を赤くして照れる吉田さんが居た。
「ちょ、今、見ないでください・・・!」
目と目が合って、更に赤くなった吉田さんがそう言って顔を隠す。その様子は、その後口をつけた苦めのコーヒーの味すら甘くさせた。
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