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愛してなんかなかったのに!

「赤ちゃんできちゃった」 「ぉお、おめでとう。誰の?」 「お前の」 「はぁ?」  いやそんな筈ねえだろ、と呟いた時には俺はもう祐樹の頬を張り倒していた。反射とは言え腹は避けたあたり、どうやら俺も人の子らしい。上目遣いに俺を睨んで頬を摩る祐樹を見ながら、そんな筈はない、と心の内に繰り返す。そんな筈はなかった。だって、俺たちの間には、愛なんてなかったんだから。  人間は本当にろくでもないもんで、だから俺が救い難きロクデナシなのは俺の所為というよりは俺が人の子である所為だ。そういうことにして、俺はこれまでの三十二年の人生をそれなりに謳歌してきた。そもそも好きな奴なんて居なかったから、誰に嫌われたって構わなかった。そういう態度で人と接している方が、無駄に喧嘩を吹っ掛けられることもなく、むしろ風通しのいい人間関係が築けた。わざわざ男の身体を貪っているのだと誰に言う必要もないという意味では俺は時代に感謝すべきかも知れないが、それでもやっぱり人間はろくなもんじゃないと思う。俺の生まれた時には既に、妊娠は女体持ちの特権ではなくなっていた。精子さえ注入すれば、女体、男体の別を問わず妊娠可能だ。これはそのように俺たちが遺伝子をいじくられた結果で、全世界的な少子化による絶滅の危機に対する、人類の科学的進化とでもいうべきものだった。今生きてる人間が死に怯えるのは分かる。だが別に人間という種が続こうが続くまいがそんなことはどうでもよくないか? というより、それに対して自分事としての危機感を抱ける感受性が俺には理解し難い。一体どういう料簡なんだと思う。お前はただお前として一人きりでこの世に存在しているのであって、お前のどんな思考も意識も感受性も正義もお前の肉体が生命活動を停止したその瞬間に永遠にこの世から消える。それは別にお前だけじゃなくてこの世の誰もがそういう条件を生きている。俺だってそうだ。つまり、人類が続くか続かないかということはそもそもお前にとっても俺にとっても問題にしようがない。お前も俺も、ただお前の身体として俺の身体として生きているだけであって、お前の身体と俺の身体が生命活動を停止したその瞬間に終る。その後のことは気にしたって仕様がない。太陽だって何十億年か後には爆発するみたいだし、それどころか宇宙だって縮んでるって話だ。そういう中で、たまたま生まれた俺らが俺らの生命を全うするということはそうせざるを得ないのだからそうすればいい。けれど、それをわざわざ続けていこうだなんて全く無意味だ。そんな、誰の望みかも分からねえ、本当は誰一人望んでいない、望み様がない欲望の為に人の身体をいじくりやがって、恥を知れ。いや、生まれた時には既にこの身体だった訳だから何をいじられたって訳でもないけど、でもまあやっぱりいい気はしない。人類が続くかどうかなんて話より、俺にとってはこの不快感の方が遥かに重大で具体的で切実な痛みだ。ともかくそういう訳で俺もケツの穴に突っ込んだ肉棒の先から精子を注がれれば妊娠することができる。但しそれは物理的には、という話であって、現実的には例え精子をケツにぶち撒けられても俺が妊娠する可能性は限りなく低いだろう。何故なら妊娠が可能である為には精神的な条件がある為だ。即ち、互いが互いを愛し慈しみ合っていること、というのがその条件であったし、そもそも俺は肉棒を突っ込まれる方ではなく突っ込む方だからだ。 「おら、ふざけるなよお前クソが。死ね。三百回イッちまえ」  祐樹の後頭部を枕に押し付けて、俺はバックで激しく腰を打ち付ける。イッちまえと言い終わった瞬間に射精してしまって、少し恥ずかしくなる。 「光司、気持ちよかった?」 「ん、ああ、まあいつも通りだよ」  俺は煙草を咥えて誤魔化す。火は点けない。咥えてるだけで気が紛れる。まるで赤ん坊のおしゃぶりだな。 「いつ生まれんだよ」 「来年の夏? くらいだって」 「へえ、俺が父親になんの? マジで?」 「なりたくないなら、別にならなくてもいいよ。俺一人でも育てられるし、っていうのは金はあるしって意味だけど、光司と違って」 「うるせえよ、ガキと一緒に殺されてえのかよ」 「でもさ、光司は俺と一緒に子育て、してみたくない訳?」 「したかねえよ。つうか、堕ろせよ、ふつうに」 「嫌だよ。だって、光司が俺のこと愛してたって証じゃん」 「愛とかさ、マジ有り得ないだろ。勘違いだって絶対それ。つうかどうやって測んのそもそも。なんかさ、あれだろ、アドレナリンがどうとかでさ、身体ん中バグって、たまたま事故ったみたいな感じなんだろ? 絶対そうだって」 「そうやって光司は、死ぬまで一人で生きていくの?」 「当たり前だろ。つうか、誰だって一人だよ。俺も、お前も、そのガキも」 「ふうん。でも、光司のそういうとこ、俺は好きだよ」  黙れよ、と言って俺はまだ精液の滴る祐樹のケツの穴に中指を突っ込む。ああでももしかしたら。この瞬間に愛はあるのかも知れない、なんてことを思った。愛ってつまりこういうことか? 分かんないけど、だったら、やっぱり俺は祐樹を愛していたのかも知れない。でも、ガキは可哀想だな。お前は誰からも愛されずに生まれてくるんだよ。バカな大人がクソみたいな遊びをした結果排泄物みたいに生まれてくるんだ。そして死ぬまで、自分一人で生きていかなくちゃいけない。誰も助けてはくれない。人類を絶滅させない為にすら、お前は生きれない。何の為でもなくただ、生まれさせられてしまったというそのことだけの為にお前は生きていかなくちゃいけない。ムカつくか? ムカつくなら、俺を殺しにこいよ。待ってるからさ。お前にだけなら、殺されてやってもいいかって気がしてるんだよ。それに、もしかしたら、万が一奇跡が起こって、ケツの穴に中指ぶっ刺すのが死ぬ程気持ちいいって思える相手にだって、出会えるかも知れないしな。

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