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第1話
気付けば草原に倒れていた。
ゆっくり身を起こす。
特に体に違和感は無い。だが、ここは何処だ?
周りを見渡してみる。
うん、見晴らしのいい草原だ。吹き抜ける風が心地よい。
そんな草原に呆然と座り込んでいる僕と…背後に同じく倒れている人間一人。
お前もか。っていうか身動き一つ無いんだけど、これ生きてるよな…?
注意して見ると微かに胸が上下してるから、生きてはいそう。
ほっとしつつ、肩を揺さぶる。
「大丈夫ですか?どうされましたー?」
お願いだから、起きて欲しい。
で、この状況を説明して頂きたい。
勝手な希望をいだきつつ、揺さぶり続けた。
「…ん…?」
やった、目を覚ましたようだ。
「意識はありますか?体は動かせますか?」
問うと、パシパシと長い睫毛を瞬きながら、 僕の手を借りながら身を起こした。
「…っ、貴方は…」
こちらを見てびっくりしたような顔をしている。
いや質問したいのはこっちです。
というか、こちらもびっくりした。
濃紺でサラサラの長い艶髪、小さな顔、サファイアを溶かしたような切れ長の瞳に、泣き黒子。
長身でやたら足長いし!何このモデル並みの美形。
あまりの美しさに思わず見惚れかけたけど、今はそれどころじゃなかった。
「えっ…ちょっと待って」
あれって狼なの?なんかやたら黒くて大きいし、
心なしか一匹につき頭2個乗ってる気がするんだけど。
そんなのが数十匹。
気付けば周りを取り込まれていた。
なんで皆さんこちらをもの欲しそうに見てるんですかね…
ジリジリ距離詰めてきてらっしゃるし…
もしかしなくても、僕達狙われてますか?
「ええええ…こっち来んな…僕は餌じゃないぞ…」
ガクブル。
鋭い爪に頭二つ分の牙。自分よりふた周りは大きなガタイの狼もどき。×数十匹。
対してなんの武装もしてない人間二人。こんなの勝てっこない。
周り囲まれてるし、ここが何処かさえわかってないし逃げようもない。
駄目だ、詰んだ。
「攻撃魔法などお持ちですか?」
途方に暮れてたら、周りの状況を把握したらしい美形が話しかけてきた。
ていうか今なんて言った?魔法??
やばいよこの人起き抜けで混乱してない?
これ夢の続きとかじゃないよ多分。いやそうであって欲しいけどね?
それにしては迫り来る狼もどきの荒い息づかいやら獣臭やらがやたらリアルなんだけどね?
「お持ちじゃないよ!!」
そんな便利そうなもの持ってたらとっくにぶっ放してるってばよ!
そうこう言ってるうちに狼もどきの群れの内の何匹かがこちらに飛びかかってきた。
あああもうおわりだあ…短い人生だったな…
こんな事ならもっと好きな事しとけば良かったよ…
「では私の後ろに控えていて下さい」
美形が僕を庇うように前に出る。
気持ちは有難いけど、順番が変わるだけだと思うなあ。
それとも何?この美形さんは攻撃魔法とやらを
「氷刀(アイスエッジ)」
持ってた。
美形が一言唱えた次の瞬間には、突如出現した鋭い大きな氷の塊が飛びかかってきていた狼もどきを貫いていた。
それだけではなく、後方で控えていた狼もどきの群れも次々と。
とんでもない質量とスピード。
後に残ったのはことごとく氷の塊に貫かれ息絶えた狼もどきの群れの残骸と、しんと凍える冷気のみ。
魔法とやらを一言発しただけでこれか。凄いなこの美形、何者だよ。
「お怪我はありませんか?」
「お陰様で、かすり傷一つないよ。有難う助かった」
「それは良かった」
穏やかに微笑む美形。笑顔も美しいね。
「で…貴方は何者なの?」
そしてここは何処なの?
しれっと魔法とか使ってたけど、もしかして地球じゃないの?
ラノベで良く見るあれかな。異世界とか。まさかね。
…そうなの?!
「私は…何者でしょうか?」
待て。聞いてるのは此方だ。
美形は自分の状態に今気づいたとばかりに、しきりに首を傾げている。
「私は…名前も出身地も年齢も、何故ここに居たのかも…思いだせません。
性別は男だと思いますが…」
それは見ればわかる。美形だけど長身でガタイいいし骨格も男のそれだ。
しかしこの美形記憶喪失か。まじで?魔法とやらはスラスラ唱えてたのに。
部分的なものなんだろうか。
「なら…この場所の事はわかる?」
「ええ、それなら。遠方に見える森と太陽の位置、さらに先ほど出現した魔物からこのあたりはシン国の遥か南に位置する草原かと。」
シン国ね。聞いた事ない国だね。それに…
「さっきの狼もどきって魔物なの?」
「ええ。シンロウという魔物です。二頭を持ち、獰猛で群れで狩りをします。通常森から出てくるのは稀なんですが」
やっぱり魔物か。いるんだー魔物。これはますます異世界くさくなってきたなーハハハ。
…やっぱり僕夢見てるのかな?
この所ラノベといえば異世界ものばかり好んで見てたから、大分影響受けてるなあ。
などと現実逃避をしていたら、今度は美形から質問された。
「それで…貴方はどちらの方ですか?ここで何を?」
いやいや、ここで何をしていたのかとか、僕が聞きたい位だってば。
どちらの方って、地球の…日本の…えっと…あれ?
「僕は誰だっけ…」
ナンテコッタ、僕もかよ!!
二人揃って記憶喪失だという事が判明してしまった。
何だこれ。どうしたらいいんだ。
「性別は男だと思うけど…」どうでもいい情報だけどね。
「えっ、男性ですか?!」やっぱりどうでもよくない。
「何でびっくりしてるの!何処からどう見ても男でしょ?!」
そりゃこの美形みたいに身長高くないし、ガタイもいいとは言えないけどさ!
さすがに自分の性別位感覚でわかるよ!ついてるし!!
「こんなに可憐で天使のように愛らしく美しいのに…?!そんな事が…」
美形が何か言ってるけど聞こえない。そんな事より。
「これからどうしようか」
ため息を吐きつつ。
何だって二人揃って記憶失ってこんな所に倒れてたのかは知らないけど、
こんな魔物が出るような所にいつまでもいたくない。
何処か安全な所に行ってとりあえず落ち着きたい。
あと、お腹減った。
「この森を抜けると、小さな村があります。まずはそこを目指しましょうか。」
自分の事は記憶に無いが、この世界の事は知ってる美形に指示を仰ぐ事になった。
草原から森に移動。途中出る魔物は美形が危なげなく倒していく。
食事は途中で捥いだ果物と川で捕まえた魚。
「魚焼きたいんだけど…魔法で火、出せる?」
「出せません」
美形は水、風属性持ちで、その他の属性はないとの事。
さすがに良く知らないこの世界の魚を、生でいきたくはないなあ。。
じゃあ頑張って火起こしするか。出来るかなあ。
いや出来る出来ないじゃない!するんだ!一応知識はあるしなんとかなる、多分。
だいたいここ来てからずっと美形頼りだし、僕も何かしないと申し訳ないし。
「貴方は何の属性持ちですか?」
「いや…わかんない」
記憶ないし、そもそもこの世界の人間じゃないし。
何の属性も持ってない。
この世界に来ることで得られる、とかあればいいけど
ついでにチート能力でもあればいうことないんだけどね。
「ステータスウィンドウを見てみては」
ステータスウィンドウ!そうか、
異世界もの見てるとだいたい初期から使えることが多いよね。
今の僕でも使えるかも。
美形に使い方を教わる。といっても、唱えるだけでいいらしい。
「ステータス」
ドキドキと少し期待しつつ唱えてみると、目の前にウィンドウが現れた。どれ…
〇〇〇〇〇〇
ヒューマン
男性
レベル:1
体力:10
魔力:20
攻撃力:10
防御力:10
速さ:20
属性:無属性
スキル:収納
ユニークスキル:妄造
おお…我ながら見事な雑魚っぷり
レベル1にしてもこのステータスって低くない?こんなものなの?
こんなんじゃ、スライムにもやられそうだ。
〇〇ってのは本来名前が入る所だそうだ。
本人に記憶がないからか律儀にステータスにも反映されているようで
美形も同様の状態らしい。
それから属性は、無属性。何これ、何の属性もないって事?
何それ酷くない?
「無属性は…珍しいですね。何の属性もないという利点がない代わりに、何の弱点も無いという事です。そう悪い事でもないと思いますよ」
美形が僕のステータスを覗きながらうんうんとうなづいている。
「…やっぱり男性ですか…」そこ何か問題ある?
収納は異次元空間に物を収納できるというスキル。
これも異世界もの定番の能力だね。
こちらではこのスキルは割とレアらしい。
試しに道中捥いできた果物入れたらすんなり入った。
いれておけば時間の経過は無いので腐る心配もない。
容量は人によるらしいのでおいおい試しておきたいね。
最後に。
ユニークスキル:妄造
何これ?創造とかじゃなくて??
「初めて聞きました」
美形にも不明らしい。
ためしに唱えてみたけど何の反応も無い。
何なの、もしかしなくてもこれハズレ能力なの?
いやいや、まだ決めつけるのは早い…筈。
せっかく異世界に来たらしいというのに、それじゃ、ねえ?
頼みますよ本当…
美形にもステータスを見せてもらった。
〇〇〇〇〇〇
ヒューマン
男性
レベル:50
体力:8800
魔力:12000
攻撃力:5500
防御力:9900
速さ:10100
属性:水、風属性
スキル:水魔法、風魔法、魔法攻撃耐性、物理攻撃耐性、状態異常無効、空間移動
ユニークスキル:縮小化
何これ全然レベル違う。
ステータス桁違い過ぎない?
一万超えてるのとかあるんですけど。
耐性とか無効とか夢のスキル持ってるし。
空間移動とか、凄い!これってあれでしょ、どこでも扉みたいなあれでしょ?!というか
「空間移動で、村とか街とか一瞬で行けるんじゃないの?あ、僕も同行できるのかな」
「はい、可能です。ただ、空間移動は一度行った経験がある所にしか行けません。地理の知識はありますが、記憶はないので…」
今は使えないって事ね。まあでも僕も同行できるなら、いずれは使えそうな便利スキルだね。
あとはユニークスキルの…縮小化?
「こちらのスキルも初見ですが、文字通り物質を縮小するスキルかと思います」
「元に戻す事もできるの?」
「はい、おそらく。」
試しにと美形は近くにあったひと抱え程ある大きさの石を親指の先サイズの石コロにまで縮小してしまった。そのまま元の大きさに戻す。
成る程これも便利そう。僕の収納スキルがどの位の大きさか分からないけど、美形に縮小してもらってから収納すれば、元が大きな物でも出し入れも楽だし、相当入ったりするんじゃないか。
「美形の縮小化と僕の収納は相性が良さそうだね!」
「そうですね。良かった」
美形が嬉しそうに笑う。
うーん、眩しい。何でそんなにキラキラしてるの?
しかし本当この美形大変使えそうというか、まあぶっちゃけ
チート ってやつですかね!
僕って何、おまけなの?
「ところで…その美形という呼び方は止めてもらえないでしょうか。貴方にそう呼ばれるのには違和感が…」
美形を美形と呼んで何が悪い。
けど呼ぶ名前がないのはお互い不便かな。
思い出すまで仮の名前でもつけるか。
「そうだね、名前つけようか。んー、何がいいかな」
日本の名前だと通じにくいかもだし、こちらの世界
っぽい名前つけられたらいいけど。
「…ナルセ」美形がそっと口ずさむ。
「ナルセ?美形の名前?」
日本で使われそうな名前だな。
「違います。貴方の名前はナルセ…お嫌ですか?」
あ、お互いに名前つけ合う方式とか?
「別にいいけど。ナルセね…違和感無いしそれでいいよ」
「はい。…ナルセ様」
「様は止めて。お互い今は記憶無いんだし対等って事で!」
思ったんだけどなんでこの美形、いちいち下手なんだろ。
記憶無くす前は主従関係だったのかな?
いや僕は異世界から来てるし、美形はこっちの人間っぽいし関係無いよね。
今は世話になりっぱなしだし、ただでさえ肩身狭いんだから様付けとか勘弁だ。
「はあ…わかりました。」
敬語も…まあそれはいいか慣れてきたし。単にそういう口癖なのかもだしな。
さてと。
「美形の名前は…うーん…」
次は僕が美形の名前決める番だな。どうしよう。
濃紺の長髪にサファイア色の瞳か…
「…碧。アオで。どう?」
「アオ…ですね。はい、それでお願いします」
僕はナルセ。
美形はアオという事で仮の名前が決定した。
それから肝心の火だけど、結局二人共炎の属性は持ってなかったので、地道に原始的な火起こしした。
二人で頑張ったけどやたら時間かかったし疲れた…。
アオも魔物倒すより大変だとぼやいてたよ。
アオ位チートなら火起こし位何とでもなるのではと思ったけど、繊細な仕事には向いてないらしい。残念。
この世界にはライターやらはないけど、簡単に火を起こせる火打石というものがあるらしい。村に着いたら探そう。あるといいな。ぶっちゃけ火起こしはもう勘弁だ。
しかし、ふと気づく。
村に無事たどり着いたとして…
まともな食事をしたり、宿に泊まったり、火打石を初め旅に必要な物を調達したいけど、その代価はどうすればいいのか。
生憎こちら二人共、気付いた時から手ぶらである。
途中捥いできた果物がいくらか収納に入っているけど、これだけでは大した代価になるとは思えない。大変な貧乏っぷりである。
「お金どうしよう。日雇いとかあるかな」
「お金ですか?それでしたら倒した魔物を売ってみたらどうでしょう」
あっ成る程。魔物の皮とか素材になりそうなもの売るわけね。
道中アオが出てくる魔物片っ端から危なげなく倒してた。
収納スキルの事は知らなかったし、今までは倒してそのまま放置してたんだけど。
「そうだね。これからは売れそうな魔物は収納しようか」
「はい。ただ、冒険者ギルドでしか魔物は取り扱っていません。冒険者ギルドは大きな街にしか無い事が多いので、この先の村では難しいかもしれませんね。」
あらら。
「ギルドがありそうな所って遠いの?」
「この先の村からさらに北へ、馬車で半日程でしょうか」
ふむ。それ位なら何とかなるかな。
その後、アオが倒したシンロウや猿と狒々がまざったような魔物等を収納しつつ、森を進む。
大分日が傾いてきたけど、そろそろ森を抜けられそうだ。
途中止むを得ず森の中で一泊したけど、固い木の根を枕に、魔物が跋扈する物騒な森で安眠などできるはずが無い。一晩中見張ってたアオなんて言わずもがな。交代するって言ったのに「徹夜には慣れてますので」って聞かないんだよな。見るとせっかくの美形なのにうっすら目の下にクマをつくっている。アオの為にも僕の安眠の為にも、早く村に着いてほしい。
そろそろ森の出口だ、っていうところで大物が出た。
ジャイアントグリズリー。
でかい熊だ。日本産の通常の熊の10倍はありそうな巨体。
その迫力に思わず腰が抜けそうになる、が。
アオがスキルを使い、小熊サイズにまで縮小化。
その後にアイスエッジ一発であっさり倒してしまった。
「省エネです」
ってアオ言ってたけど、寝不足でまともに闘うのが怠かっただけじゃないだろうか。
「縮小化って生物にまでつかえるの?」
「そのようですね。試しにやってみたら出来ました」
はいはい、チートチート。
ジャイアントグリズリーの毛皮やら牙やらは高値で売れるという事で、嬉々と収納。
金銭化できるのはもう少し先だろうけど。
そうして日が暮れる寸前に森を抜け、こじんまりとした村の入り口にようやくたどり着いた。
「身分証の提示をお願いします」
村の入り口に立ってた門番に足止めされる。
「私達は旅の行商人なのですが、道中魔物に襲われました。なんとか逃げる事は出来たのですが、荷物はほぼ紛失してしまいました。身分証もです…」
身分証どころか記憶の持ち合わせすらない僕達は、適当にでっち上げる事にした。
「そうですか…それは大変でしたね」
上手く同情をひけたようで、すんなり通された。
門番さんがやたら親切で、食事や自宅で良ければと宿泊まで提示してきたが、アオが頑として受け付けなかった。
「全く油断も隙もない」
何やら憤慨している。
せっかくの親切だし、有難く受けても良かったんじゃないかと僕は思うんだけどなあ。
とはいえ騙してる罪悪感も多少はあるし、まあいいか。
村はこじんまりとはしていたが、人々の活気はあった。メインストリートと思われる通りからは、並んだ屋台から美味しそうな香りが漂っている。
あ、焼き串売ってる。なんの肉だろう。
でもいい匂い、美味しそう。食べたいが、残念ながら先立つものが無いんだった。
それに、先程から視線を感じる。
どうも僕が注目されてるようだ。理由は多分、この服だろうな。
日本の、おそらく高校の制服そのままなのである。異世界じゃ浮くよなやっぱり。
悪目立ちしそうなので、まずは服を売ったら大変に珍しい上に上質な品だったらしく、思いの外高値で売れた。代わりにこちらの世界の服を調達したけど、それを差し引いても結構な利益である。
思いの外楽にこの世界の金銭を手に入れられた。
よし、焼き串だ!
「いや、宿屋でしょう。」
アオに諭された。
「宿屋なら食事は提供されますし、このような小さな村です。先に宿屋を確保しておいた方が良いでしょう」
「じゃあ、食べながら宿屋探そう」
アオの分も買ってあげるからさ。
…んー、ちょっと筋張ってるけど、この肉ウマー!塩加減もちょうどいいね!
「全く仕方がないですね」
ちょっと困ったような、でもどこか嬉しそうな顔で笑うアオ。
ふふ、アオもこの焼き串気に入ったのかな。美味しいよね!
宿屋は一軒しか無かった。
狭くも広くも無いけど清潔な部屋。風呂は無いけど、裏の井戸で体を洗い流す事はできた。
宿の食事はシンプルな味付けだけど中々美味しい、んだけど。
「おら、とっとと酒持ってこい!」
隣り合わせになった客が騒いでいて喧しい。
髭面の巨漢男とその取り巻きの二人。
意味もなく大声で話したり、テーブルに足をどっかりと乗せたりマナー違反甚だしい。
「ぎゃははは!今日は儲かったぜ!おらどんどん酒持ってこいコラア!」
あーもううるさいなぁ。久しぶりのまともな食事だっていうのに、台無しだ。
「追加のお酒です…」
「やっとか!おっせーんだよ全く!」
「!お客様、困りますっ」
追加のお酒を持って来た女性店員さんに絡み始める巨漢。
「遅れたんだからこれ位のサービスしろよ」
下品に笑いながら店員の手を握ったり、腰に手を回したり。
「いい加減にしたら?みっともないな」
関わりあいにはなりたくなかったけど、こんなの見て見ぬ振り出来るか。
「ああ?なんだチビ。」
巨漢がこちらに気づいたらしく、ドスの効いた声を発してきた。
僕に気を取られた巨漢から、無事店員さんは逃れ厨房に戻っていく。
「…なんだ、お前女か?チビだがよく見たら結構な別嬪じゃねえか。何だ、俺に構って欲しいのか?仕方ねえなあ、一晩くらいなら可愛がってやるよ」
グハハ、と笑い飛ばす巨漢。俺にも回してくださいよ、しょうがねえなあ、今日の俺は機嫌がいいからな!特別だぞなどと取り巻きと言い合っている。
取り巻き共々、つくづく下品でどうしようもない奴らだな。
だいたい僕は女じゃないし!チビでもない、まだ成長盛りだし!多分!
「…貴様」
巨漢達のあまりの有り様にアオがキレはじめたようだ。
巨漢達と僕の間に出る。
こんな狭いところで力を持つアオが暴れたら周りにも被害が及ぶかも。
それはまずいな。
「アオ、落ち着いて」
「しかし…」
「ヒョロいのが出てきてなんだってんだ。先に相手してやろうか。そのお美しい顔面ボコってもっといい男にしてやるぜ!」
「そうだな。では相手になってもらおうか…」
「アオ!」
こら巨漢、アオを煽るな。
アオがイケメンだからって焼きもちやくなっての。本当みっともないったらないなーもう。
そんなに構ってくれる相手が欲しいなら、勝手に巨漢とその取り巻きで仲良くやってたらいい。
そうだな…巨漢×取り巻きだと普通でつまらないから、取り巻き×巨漢でどうだ。
酒に酔い、頬に赤みがさし、いつもより機嫌がよくニコニコ笑う巨漢。酔いつぶれ力を失う巨漢を介抱している内に、そのあまりの無防備さに取り巻きはある種の欲望を覚える…。
店には通常の代金に大幅の迷惑料を上乗せして払い、巨漢を支え店を出、夜の闇に消え失せる巨漢とその取り巻き。
そんな妄想をしていたら、突然巨漢がテーブルに突っ伏した。
「ボス?!どうしやした…?!…酔いつぶれてる?そんな、今までこんなになったこと無いのに」
「こんな所で無防備に…!…って、この人こんなにかわいかったか…?!」
酒では無い力で頬を赤らめているように見える取り巻き二人。
熱い視線で巨漢を見つめ、ゴクリ…と喉を鳴らしている。
「おい…ずらかるぞ。…釣りはいらねえ!」
巨漢の懐から相当な額の金銭を出し、テーブルにバン、と置く。
その後無言で急用が出来たとばかりに急いで、巨漢を抱え店を出て行ってしまった。
「一体何が…」
「さあ」
アオも店員も、周りにいた客も一連の出来事にポカンとしている。
本当どうしたか知らないけど、面白かったからまあ良しとしよう。
ちなみに巨漢とその取り巻き、どちらも立派なオッサンでした。
無事平和に食事を楽しんだ後、同じ部屋で眠ったアオは寝付きは悪かったようだが疲れが出たらしく、その後ぐっすり眠れたようだ。
「同じ部屋で眠ってしまった…」
なんか凹んでるようだけど顔色はいい。良かったね。
宿屋で朝食をとった後、精算した。
アオに言わせれば、村唯一の貴重な宿屋の割には相当な割安価格だったとの事。昨日の巨漢達が去った後しきりにお礼言われてたから、おまけしてくれたのかも。僕達は特に何もしてないんだけどなあ。
まあ次の街に着くまで収入は見込めないし、まだ出費しそうだし、節約できるに越した事はない。有難く気持ちは受け取っておこう。
旅に必要な品を最小限購入した後、宿屋で聞いた次の街までの乗合馬車に乗り込む。
この馬車で次の街まで半日程かかるらしい。
6人乗り位のこじんまりとした馬車に自分たちの他老夫婦が二人乗り込む。
老夫婦とこの世界の事を話しながら、馬車に揺られること数時間。
ドカアアア!!!「ヒヒイイイン!!」
地鳴りと馬の鳴き声と共に、馬車が急停車した。
危うく仕切りに鼻ぶつける所だったけどアオが抱き抱えてくれたおかげで免れた。有難う、イケメン。
しかし、急停車するって何が起きた。
「どっ、ドラゴンです!!直ちに降りて下さい!!」
わお、ドラゴン出現か。さすが異世界だね。
馬車を降りると、前方が焼き野原になってた。
凄い熱気である。
「…黄竜ですね。」
アオが空を見上げながら呟く。
東の空をすっぽり覆うほど、大きい。
「凄い、本物の竜だ。」
黄金に輝く黄竜。やばい、カッコいいかも。
見惚れていたら、また一段と大きくなった。
…ん?こっちに飛んできてる?
「こちらに来ます!皆さんは逃げて下さい!!」
老夫婦達が慌てて西の森に逃げていく。
やばい、あんなでかい竜が突っ込んできたらどうしようも…
いや、でかいという事は。
「GYAAAAAAAaaa!!!a?kyaaaaa??」
アオがスキル縮小化を発動した。
みるみる小さくなる黄竜。最終的には手の平サイズになった。
…ちょっとかわいいかも。
「kyaaakya…,kyaaaa!!!」
縮小化を発動させたアオに向かって、黄竜怒りのドラゴンブレス。
ボオオオ!アオが炎に包まれる。
「アオ!!」
小さくなってもドラゴンのブレスである、無事で済むはずが…
「…もっと小さくなりたいですか?」
無事だった。水属性を持つアオは小さくなり威力が落ちたドラゴンブレスを相殺したようだ。それでも熱かったようだし、髪の先がちょっと焦げている。アオおかんむりである。
「…ごめん、悪かった!!だから元に戻してくれ!!」
アオの怒りを察したドラゴンが、ポンっと人化し、しゃべった。
おお、人化出来るんだ。さすがドラゴン。
金髪に赤目、通った鼻筋。長身でガタイも相当いい。
アオとは違う方向で、イケメンだな。
後から人化したせいか小人というサイズでもなく通常の人サイズだ。
「急に人を襲うような危険な奴を元に戻す訳ないでしょう。何ならもっと縮小化してもいいんですよ」
「それは勘弁してくれ!もう襲わねえから!だから頼む!!」
「どうだか。却下します」
「頼むからーー!!」
ドラゴンが必死に頼み込むも、アオは完全に無視である。
ちょっと哀れだが、しでかした事を考えるとまあ、自業自得だな。
「…この道はしばらく使えそうにありませんね。ご夫婦方と合流して、目的地を目指しましょう」
という事はまた徒歩の旅になるのか。
歩きだと順調にいっても明日到着となるようだ。
馬車で楽々移動のはずだったのに…やはりドラゴン許すまじだな。
追いかけてくる人に化けた黄竜を無視して、西の森に入った。
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