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そして彼は、鬼籍に入る

晶哉(あきや)は、鬱蒼とした木々が続く中をずっと走っていた。通っている高校の裏手を覆う、まるで森の様な場所を。ずっと、ずっと。恐ろしい存在から逃れる為に。 事の興りは、同級生が持ち込んできた怪談話に起因する。同級生が語った怪談は、人間を困らせる化け物が出て来て封印されたと言う良くある伝承系の怪談話の一つだった。けれど、語り終わりの際に、彼はこう結んだ。 『学校の裏手に小さな社があるんだけど、そこに、その件の化け物が封じられてるんだよ』と。 そこから誰が言い出したかは忘れたが、その社を見てみよう、等と好奇心旺盛な若輩者ばかりの集団は、深夜に肝試しと称して社に向かう事にした。 正直、晶哉はホラーが苦手だから行く気はなかったのだが、同級生の一人が家にまで迎えに来てしまい、参加せざるを得なかった。 学校の裏手は、まるで森の様に鬱蒼とした木々に覆われている。雰囲気がある、なんてものではない。晶哉は心底怖くて仕方なかったが、自分を含めて5人の人間がいると言う事は、少しばかり心強い。 各々スマホの懐中電灯アプリを起動して、木々の中少しだけ開けた、どうやら道のようになっている箇所を通り、社を目指していく。 ホウ、ホウ、と梟か木菟の声と、5人の足音や衣擦れの音、ざわりざわりと木々が葉を揺らし奏でる音。皆、森に圧倒されたのか、口を開く者はいない。 無言で進んで行くと、いつか拓けた場所に出ていた。そこだけ木々がないため、月明かりが注いでいる。その月明かりの下、4つほど札を貼られた古びた小さな社を見た。 社を確認したのだから、もう帰れると晶哉が安堵したもの束の間。怪談話を持ってきた張本人が社に近付き、そして、札を一つに剥がしているではないか。 『記念品、もーらいっ』 等とおどけた調子で言うものだから、他の者も調子づいて、札に手を伸ばした。次々と剥がされる札。その度に、晶哉は何か良からぬ予感に苛まれる。 最後の一つが、ぺりりっ、と剥がされる。 その途端、だった。 社の回りにいた同級生達の頭が、無くなっていた。そして、頭の無くなった首から何かが吹き出て、そして、彼らの体が地面に向かって崩れていく。 「久しぶりだと言うのに、あまり旨くないな」 聞き覚えのない声が、その場に響いた。声の主を探してスマホのライトを左右させる。けれど、見付からない。 「しかし、お前は旨そうだ」 急に背後から先程と同じ声が聞こえ、反射的に振り返ると、緑がかった黒髪に、整った顔立ち、薄浅黄の瞳の青年がいた。時代錯誤とも思える白い、狩衣を纏った青年。その頭には角が二本生えており、彼の手には赤い液体が付着した長い爪が見て取れる。そして、口許にも、赤が。 その姿を見た瞬間、晶哉は弾かれた様に来た道目掛け駆け出していた。本能的に、恐怖を感じて。 それから、ずっと走り続けている。その間懐中電灯アプリを立ち上げていた為に、とうにスマホの充電は切れてしまい、時間の確認も出来ない。ただ、来た時よりも長い時間を要しているだろう事だけは分かっていた。通常であれば、とっくに木々の中を抜け出しているだろうに、走っても走っても、抜け出す事が出来ない。 走って、走って、走って。 だが、その努力の甲斐あってか、ふと晶哉は少し先で木が途切れているのか、月明かりが差している事に気付く。 希望が見えてきてふらふらになりながらも、一歩、また一歩、足を踏み出していく。だが、月明かりの下に足を踏み入れた刹那、晶哉の表情には、歓喜ではなく、絶望が張り付いた。 目の前にあるのは学校ではなく、小さな社。 酷使した体が悲鳴を上げて、膝から崩れ落ちそうになるが、力強い腕に囚われる。 「安心しろ、お前は殺さない。俺の……番にしてやろう」 晶哉を捉えた青年が、それはそれは愉しそうに歌うように囁いた。

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