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第2話
俺の彼氏、結城楓は大層モテる奴だった。それはもうとてつもなく、老若男女関係なくモテた。
まず顔がいい。染めてないのにもかかわらず綺麗な茶髪をしていてる。高身長で、目はパッチリした二重。そんなにも手入れをしていないのにシミひとつない綺麗な肌。普通にテレビで映ってそうなアイドル顔だ。そして声もいい。演技力を身につけたらすぐに声優になれるんじゃないかっていうくらいのイケボだ。性格も悪くない。まぁ、それは外面だけだが、普通に友達として付き合うなら、ノリもいいし、色んな人と関わってるからか何を話しても共感してくれる、良い奴ではある。
そんな完璧人間と付き合う事になったのは、大学のとき、授業でたまたま席が隣になり、たまたま完璧人間なはずの楓がたまたま消しゴムを忘れ、たまたま2つ消しゴムを持っていた俺が奴に貸した……というかあげたからである。
それだけ?と思うかもしれないが、本当にそれだけだ。消しゴムをくれた優しい俺に惚れたらしい。
どうやら楓は惚れっぽい性質のようで、ちょっとした事ですぐに色んな人に惚れる。そこに性別は関係ない。惚れられた相手もこんな完璧人間に好かれて、あまり悪い気はしないだろう。今まで何人と付き合った?という質問に多すぎてわからないと素で答える人間だ。
むしろ俺は最初、楓が好きじゃなかったけど。
好きじゃないのに何故付き合うことになったのか、言い訳をさせてほしい。
付き合う前までの楓は本当に一途だったんだ。どれくらい一途かっていうと、一途すぎてストーカーっぽくなる程度には一途だった。
ぶっちゃけていうと気付いたら俺の家もSNSのIDも携帯の番号も知られてた。マジでアレは恐怖だ。朝、起きたら玄関の前にはヤツがいる。学校では付き纏われ、夜知らない番号から電話がかかってきた思って出てみたら、奴の声。さっきは控えめな表現をした。ストーカーっぽくではなく完全にストーカーだ。
俺はどうすることもできなかった。あんな完璧人間が平々凡々の俺のストーカーをしているなんて誰も信じないし、かるーくその事を友達に相談した時には「可哀想だろ、冗談でもそんな事言うなよ」とむしろ何故か俺が怒られた。男が男にストーカーされてるなんて警察に言えないし、完全に詰んでいたのだ。
だから諦めて付き合う事にした。今考えると、判断を大いに誤ったね。あそこで俺は実家に帰ればよかった。何故あの時の俺は逃げなかったのだろうか。
まぁ、それはいい。付き合ってからはしばらく平和だったから。むしろ絆されるくらいには、楓は良い彼氏だった。
まず、毎日好きという。1日に何十回もいってた。俺おれが何かをやらかしても怒らないし、愚痴を聞いてくれる。俺の好きなものを把握してるから会話は楽しい。デートも好きな場所に連れてってくれた。そのデートの時は金を全部払ってくれる。思ったより無理矢理迫ってくることはなかった。
そこで、うっかり楓のことを好きになって、うっかり好きと楓に言ってしまったのが間違いだったのだ。
好きと伝えたその日に俺は処女を失った。本当に何がどうしてそーなったのかよくわからない内に一緒にベッドに入ってた。楓は明らかに手慣れていた。
まぁ、それもいい。気持ちよかったし。俺は奴の恋人遍歴を知っていたから。
だけど、そこから何かがおかしくなった。
じわじわと、楓は俺のことを束縛するようになった。最初は毎日電話しようから始まって、毎日会おうになって、会えないなら誰とも喋るなな、いっそ誰とも会わないでくれ、自分が送った服だけを着ろ、バイトはするな、などなど、あげたらきりがない。
表面上は優しいままで、それらは全て命令形ではなく、お願いとして俺を縛っていく。
誰とも会わないでと言われたあたりから違和感に気づいていたけれど、当時楓に夢中になっていた俺は、何も気づいてないふりをした。
そしたら、いつのまにか俺の周りから人はいなくなってて、関わる人は楓のみ。授業が無い時以外は家に引きこもるようになっていた。それでも俺は良かった。楓さえいれば、それで十分だったのだ。
けれど、楓はだんだんと俺に会わなくなって、だんだんと電話に出なくなって、だんだんとSNSの返信がなくなっていった。
その頃の俺は、情けない事にほぼ毎日泣いていたと思う。
奴が依然として完璧人間であるうちに、俺は駄目人間になっていた。
どうしようもない俺の目が覚めたのは、母親からの電話だった。
「あんた、会社決まったの?もう仕送りしてやれないよ?」
生きていくには働かなくてはいけない。大学も将来のために入ったはずなのに、大学四年生の秋になってもまだ俺は就活をしていなかった。当然会社も決まっているわけがなく、というか就職しなければならないというのを忘れていて、母親のその言葉で急に現実に引き戻された。
いや、心のどこかではすでに気づいていたんだ。このままではダメだと、もう楓とちゃんと別れた方がいいと。
それからの俺は、就活で忙しく、楓の事を考えなくなった。というか、考えなくするためにわざと忙しくした。
なんとか就職先も見つかって、今度は卒論で忙しくなり始めた頃、大学の食堂で、楓が知らない人と一緒にいるのを見た。その時、完全に俺と楓との関係は終わったと認識した。
そう、俺は思っていた。
社会人2年目の夏。楓は唐突に俺の目の前に現れた。
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