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第1話

僕は、春休みになると東北地方に暮らす母方の祖父母の家に遊びに行っていた。 小学生の頃は両親に連れられて毎年のように 遊びに行っていたが、高校に上がった頃から 行く頻度が減り、大学に上がると祖父母が 亡くなり行く機会も全くなくなってしまった。 そんな大学2年の春休み前、祖父母の田舎に住んでいる彼からの便りが届いた。 彼は僕より年上で、僕が襲われそうになって いるところを助けてくれたことがきっかけでそれから祖父母の家に滞在していた時はいつも 遊び相手をしてくれていた。 優しくて、僕も将来ああなりたいと 憧れている人…そして僕の初恋の人でもある。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 僕は列車の窓に映っては流れる田舎風景を 見ていたが、その実、頭の中は彼のことでいっぱいだった。 彼との思い出に浸っていると、いつのまにか降りる駅に到着していた。 慌てながら荷物をまとめ列車から降り、無人の改札を通って 駅を出ると嬉しさにはずむ胸を押さえ祖父母の家を目指す。 数年ぶりに訪れた祖父母の家は取り壊されて こそいなかったが十分に手入れされていないのだろうか、廃屋同然だ。 僕は家の裏にまわり彼との思い出のある縁側に足を向けた、きっとあそこなら彼も知っているし僕を見つけて合図を出せるはず。 春告鳥の鳴き声を聞き流しながら 縁側があったであろう場所に立ちぼんやりと思い出を回想しながら空を眺めていると 見慣れた薄紅色をした桜の花弁がひらり、 ひらりと頭上から舞い落ちてきた。 嗚呼、どれほどこれを待ち望んだことか…。 そう思いながら僕は薄紅色の花弁を宝物を持つような慎重な手つきで手の内にそっと包み込んだ。 僕の手の内にある花弁はほんのりと暖かく、 はるの香りがする。 「はるさんを迎えに行かないと」 やれやれ、世話がやける人だなあ、と思いつつ 声に喜びが滲んでしまうのは仕方ないだろう。 何と言ってもはるさんと会うのは数年ぶりだ、 僕は花弁を手にしたままゆったりと縁側から腰を上げ、通い慣れたあの道を歩いていく。 つとめて歩こうとしているのに、胸が高鳴って足の動きが早まっていく。 まるで自分の体が自分のものじゃないみたいだ。 息を切らせてはるさんを迎えに行ったりなんか したらからかわれるに決まってる、 そんなのかっこわるいよなぁ。 緩やかな上り坂を息を切らさないように 慣れた足取りで登っていくとひらけた場所に 存在感のない小さく寂れた祠とその隣には 祠とは対照的で圧倒されそうなぐらい存在感を放つ桜の大木が見えてきた。 桜の大木に目を向けるが待ち人の姿は 見当たらない、想像したくないことが頭の中を駆け抜け氷水を浴びせかけられたように体が冷たくなっていく。 「おかしいな、はるさんからの合図があった時は…」 僕が言葉を言い切る前に暖かなものによって視界がふさがれた。 「だ〜れだ?」と聞き慣れた声が背後から聞こえてきてその途端に冷えた体に暖かさが戻ってくる。 手を掴んで目から引き剥がし背後にいる彼の方に向きなおって 「はるさん、合図をしたんだったら桜の下に居てよ。肝が冷えるどころか危うく潰れるかと思った!」と言うと 彼はニヤニヤ笑いを浮かべながら 「ん〜?肝が冷える?また俺が消えるとかそんなこと考えてたのか〜 坊は心配性だなぁ?」とからかい混じりの軽口をたたいた。 「坊って呼ぶのやめてって前から何回も 何回も言ってるよね?僕もう坊って歳じゃないって!」 「まあそう怒りなさんな、坊。この通りだから許してくれ。」 「あっ、また はるさん坊って言ってる!本当に反省してるの?」 「だって俺から見たら坊は、坊だからなぁ? それに俺は可愛い子には坊って呼びたくなる性分なんだ。」 「なにそれ、理屈通ってないし僕そんなおべっかぐらいで許したりしないからね。」 そんなやりとりをしていると不意に彼がふっと笑みをこぼした。 「本当にこのやりとりと久々だな、元気にしてたか?」 僕は本当に彼の笑顔に弱い、なんでも許してしまう。 「うん、大学は色々忙しいけど楽しいし元気でやってるよ。」 「そうか、なら何よりだ。こっちはな…」と彼は当たり障りのない世間話を続けようとする。 なのでこちらから切り出した。ここに来ると決めた時から伝えようと決めていたことを。 「僕、はるさんに伝えたいことがあるんだ。」 「一体どうしたんだ坊、そんなに畏まって?」 腹を括っていたはずだがいざ言うとなると勇気が出ずはるさんから視線を外し下を見ながらつげる。 「僕はね、はるさんが人間じゃなくて桜の精なのも力が弱まってきてるせいで桜の木が枯れかけなことも知ってるよ、それでもはるさんのことが大好きなんだ、勿論恋愛の方向性で。」 「は………???えええ……?????」 はるさんの声には動揺したような色が滲んでいる。 そうだよね、はるさん自分の正体隠し通せてると思ってたもんね、でも嘘つく時のはるさんわかりやすいからね。それにいきなり弟分のような存在に告白なんかされたら驚くよね…嫌われてしまっただろうか。 だが後悔はない、はるさんと、もしかしたら今日明日にも会うことができなくなる可能性も消してゼロではないから。 そうしていると顔が上を向けさせられ視界に耳まで真っ赤になったはるさんが映った。 「えっなんでそんな真っ赤っかなの。」 想定していた反応と目の前の現状が乖離しすぎて思わず聞き返してしまった。 すると彼は僕を抱き込んできた、耳に息がかかるほどの距離。 心臓が痛いくらいに脈打つ、こんな状況が続いたら心臓が壊れてしまいそうだ。 早く離れたい。 そう思いもがこうとした時に彼が口を開いた。 「そんなの……っ、君のことが好きだからに決まってるだろう!」 「えっ」 今度は僕が動揺する番だった、顔がじわじわと熱くなっていく。おそらく今僕は茹で蛸のようになっているだろう 「どうせ近いうちに俺は消える。だったら最後 くらいは腹を決めて、俺の方から告げようと したんだが…坊に先を越された……。 格好つかんなぁ。」 そう言いながら彼は僕を抱きしめる手を緩め離れた。 彼に何と声をかけていいか、そんなことを考え彼の方を見ると僕は絶句した。 彼の体が透けはじめている。 彼の力が尽きかけていてもうそろそろ限界が来ていることはわかっていた、覚悟もしたつもりだったが心はそうはいかないらしい。 「はるさん!」 「坊、そんな泣きそうな顔をしてくれるな。俺は君の笑顔が一等好きなんだ、笑ってくれ。」 「はるさんこそ泣きそうなくせに! こんな状況で笑えるはずないだろう…っ!」 彼は泣きそうなのを抑えるように目を細めて 「それもそうだな、どれどれ、はるさんが悲しくならないように坊におまじないをかけてあげよう。」と言った。 「要らないよ、どうせそのおまじない僕の記憶からはるさんの存在を消すとかそんなやつでしょう。」 「………….俺といた記憶なんかあったって辛いだけだろう。」 「辛いかどうかは僕が決めることだよはるさん、だからそんなおまじないなんかいらない。それより、また次会えた時のために合図を決めておこうよ。」 「これから消えるやつに次があるわけないだろう。」 「はるさん、輪廻転生って知ってる? 人間にあるんなら、はるさんだって生まれ変わるかもしてないじゃない、だからこれで最後なんかじゃないよ。」 「本当に君は……っどれほど待たせるかわからないし、そうなるとも限らないんだ。」 「そんなの覚悟の上だよ、老いても、転生しても絶対に忘れないし、合図をくれたら絶対に迎えにいくよ」 「じゃあ、君の家に植わっている俺から接木した桜の木に花が咲いたら、ここに来てくれ。俺はここで君の迎えを待つことにする。」 そう言い終わると彼の体は光の玉になって弾けた、 弾けた光の粒子は見慣れた薄紅色の花弁になって僕の周りに舞い落ちる。 貴方が僕に合図をくれる限り、 何度季節が巡り、春告鳥が鳴こうとも 僕は貴方を迎えにへ行こう。 Fin.

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