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第1話
「…はぁ、っ」
少しだけ乱れた呼吸と、僅かに響くリップ音。
6畳1間のワンルームの中、俺が奏でる音を聴いてくれる人達はPC画面の向こう側にいる。
インターネットの普及により、SNS等で社会的ネットワークをウェブ上で行える現代。そんな時代の波に乗り、様々な人たちが色々な手段を使ってコミュニケーションを取るのが当たり前になりつつある今。
簡単に、誰もが自分を表現できるネット上で、俺も時代の流れに身を任せている最中だ。
「こら、逃げんなよ…大丈夫だって、アイツならまだ帰ってこねぇから。今だけお前は俺のモノ、いいな?」
特定の誰かに話し掛けているわけではないのに、俺の声は不特定多数の誰かに届く。
今日のシチュエーションは、弟の彼女を兄貴が寝取るってやつで。少しばかりではあるが、嫌がる素振りをみせる彼女を半ば強引に押し倒して口付けた…ってな感じのイメージで、俺はマイクに囁きかける。
リアルな時間、生のボイス。
画面の向こう側にいる《彼女》を交え進行していけば、俺の滑稽さも無駄なものではなくなるのだ。
現実と空想の狭間で、甘く淫らなシチュエーションを囁くことにより、俺の《彼女》達は聞き取れる音から妄想を最大限に膨らませ、皆が俺の声に耳を澄ませていく。
そうして、感じるままに酔いしれることのできる特別なひと時を、俺は《彼女》達と共有することになるから。
「んー、ナニ…もっと欲しくなっちゃった?」
次々と流れていくコメントを目で追いながら、俺は《彼女》もとい、彼女という名のリスナーに問いかけてほくそ笑んだ。
そう、俺はR18イケボ配信者。
世の女性達の心とカラダを潤すお手伝いをするのが俺の職であり、これはヒキコモリニートの俺にとって唯一の出会いの場なのである。
「チャージくん、大好き…って、俺もキミのこと大好きだよ。毎日ありがとう、楽しんでいってね」
俺の配信者名は、チャージ。
数年前に金欠から開放されるため、何気なく始めたこの仕事。当初は名前も何も決まっていなかったから、当時の俺の部屋に転がっていた塩分チャージのタブレットから名を拝借した。
最初は適当に自論を話したりしていたけれど、それだけではリスナーは増えず収入を得ることもできなかった。色々と構想を練り、本気になってイケボ配信を始めたのは1年前。
本名と年齢は非公開、顔出しもNG。
しかし、リスナーに俺はイケメンかつイケボであると勝手に妄想してもらう必要があるから、俺はイケイケなメンズのフリーイラストを入手してリスナーたちに俺はイケメンな顔と声の持ち主であるという先入観を植え付けることに成功したのだ。
その結果、配信だけで食っていける額は稼いでいるけれど。孤独の中でイケボ配信を続ける俺、井上 太一(いのうえ たいち)の素を知る人間は誰一人としていないことが現実で。俺は今日も偽りの声を売り、本当の自分を隠して生きている。
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