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第1話

8月7日 真っ青な空に立ち上る大入道を眺めながら、隆二はぐらりと項垂れた。 暑い。あまりにも暑すぎる。 どういう訳でこんな恐ろしい暑さの中、電車を4本も乗り継いで大移動をしないといけないのか。 「隆二、今年の七夕は帰ってこられそう? でもまあ、隆二も忙しいだろうから、無理はしないでいいのよ」 一週間前、母から電話があった。 兄姉弟、三兄弟の末っ子の隆二が大学進学のために上京するときは家族総出で世話を焼かれた。 やはり、親というのはいつまでたっても子供が可愛くて心配でたまらないのだろう。 大学で二度目の夏休みを遊びにバイトに謳歌していた隆二であったが、この電話を受けてから急いでスケジュールを調整し、8月7日のこの地域での七夕に向けて帰省することにしたのだ。 3つ目の電車を降りて駅を移動し、4つ目の電車に乗り込む。 2両しかない、小さなかわいらしい電車だ。 ここから13個目の駅が、隆二の実家の最寄りである北葦原駅である。 プシュー…と気の抜けた音を鳴らしながら列車のドアが閉まるとゆっくりと外の景色が動き出した。 今乗っている電車は県内の、それもほとんど葦原地区と桐山地区の住民しか使わないようなローカル鉄道だ。 こう言ってはなんだが、徐々に都会に染まりつつある隆二にとってこの鉄道は驚きの遅さであった。 おまけにクーラーの効きもあまり宜しくない。代わりに窓を開けることはできるが。 長時間の移動と暑さに疲れ切った隆二の頭にふと、このロングシートに寝転びたい、という欲求が過ぎってしまった。 当然マナー違反とされる行為ではあるが、他に誰もいない車内でなら、そこまで罪もあるまい。 湧き出た名案に目を光らせた隆二が辺りを見渡すと、向かい側のシートの端っこにお婆さんが小さくなって座っているのが見えた。 ううむ残念、さすがに人目があってはシートに寝転ぶなんてことは出来ないなあ、などと考えながら、念の為もう一つの車両も確認することにした。 車両と車両を繋ぐ部分の引き戸に手をかけ少し力を入れて開くと、やはり残念。こっちの車両にも先客はいた。 シンプルなカッターシャツに学生服のズボンを着た少年が、幅も取らずに静かに座っている。 おそらく隆二が通っていたのと同じ高校の夏服だろう。 引き戸が思いがけず大きな音を鳴らしたせいで、その先客は身をかがめて読んでいた本からを目線を上げ、隆二の方を見た。 隆二も当然、がらんとした車内に一人だけいる人間に視線は向いていた。 その少年は、驚くほど普通の高校生であった。 幼さの残る腫れぼったい奥二重、8月らしく日焼けした肌、丸っこい鼻先に適度に癖のある短髪、若干ダサいスニーカーも、整いきっていない眉尻も、まさしく田舎の高校生の見本とも言うべき姿だった。 ああ、こういう子よく居るよな、と普段の隆二なら気にも止めないはずだが、なぜかその時は、少年のあどけない目線から目を逸らすことができなかった。

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