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第1話

 第一章       カメラのシャッター音が連続で響いた。そのカメラへ口角を上げて笑顔を作り、その音に合わせてポーズを変える。カメラマンの要望で手元にあったクッションを抱く。見えない所から女性スタッフが小さい声で可愛い、と呟いた声が聞こえた。  たった数枚の写真の為に、何十枚、何百枚も写真を撮られる。しかし、黙っているだけで金が手に入るのだから安い仕事だ。黙っているのは苦じゃない。 「コウキ(・・・)君、今日も良かったよ」 「有難うございました」  晃樹、と呼ばれた青年は丁寧に頭を下げる。茶に染めた髪が軽く揺れた。素から瞳の色素が薄い為、明るい髪色が良く似合っている。軽く目を細めるだけで笑顔に見えるこの顔は得だ。関係者に挨拶をしながら、次の仕事がありますので、と食事の誘いを断る。 「そっか、残念。次は絶対だからな」 「ええ。是非」  にこ、と微笑んだその顔を見て、何でも許したくなるなぁ。とカメラマンは晃樹が食事を断った事を気にもせず手を振ってくれた。  晃樹は愛想笑いのまま、駐車場に向かう。目的の車を見付けると、軽く回りを警戒しながらそれに乗り込んだ。 「はぁ、落ち着く……」 「お疲れ様」  後部座席に座るとマネージャーの関口が缶コーヒーを渡してくれた。さっき買ってくれたばかりなのだろう、まだひんやりと冷たい。晃樹はそれを頬に当ててへにゃあと気を緩めた。 「晃樹君見てみて。先月の特集が載っているよ。『話題沸騰中メンズモデル、星川(ほしかわ)晃樹(こうき) その笑顔の見つめる先は?』だって」 「カメラしか見てねぇよ……」  溜息交じりの声で座席に深く腰掛ける。ゆっくりする暇もなく次の現場に向かわなければならない。晃樹はぱん、と両頬を軽く叩いて気合を入れなおした。今日はまだ初舞台の顔合わせが残っている。 「なめられない様にしねぇと」 関口は晃樹がシートベルトを締めたのを確認してから、車は次の目的地に向かって発進した。   ***  同じ芸能人という枠組みでも、モデルと俳優では畑が違う。仲間に入れてもらえるかどうかで居心地も変わってくる。  今日は顔合わせということで都内の大きな会議室だった。会議室とは名ばかりで、床は板張り、一定間隔で穴の開いた壁、大きく重い扉から防音効果のある部屋だと分かる。長机が上座に三つ並べてあり、その机に向かって椅子が出演者分置かれていた。各自名前の書かれた紙が貼られ、自分の座席が判る様になっている。  既に部屋にいた者の多くは、他の人の邪魔にならないよう壁際へ寄り、雑談をしながら笑いあっていた。 「おはようございます」  晃樹が声を出すと一瞬で静寂が広がった。その後、ざわざわと小声で話す声に変っていく。何処からか、人気モデルが場違いだ、調子乗ってんじゃねぇぞと陰口が聞こえてきた。  それに対して晃樹は聞こえない振りをする。  笑顔で実力だよ、と返せる自信もない。俺だって何故受かったのか分からないのだから。  事務所が勧めるままに舞台のオーディションを受けて、合格通知が届いた時は目を疑った。俺より上手い人が何人もいて、必死さが伝わってくるのに適当に演った俺が合格?そんなに話題性が大事かよ、と。  知らない人がいない位有名なモデルを舞台に抜擢すれば、今迄舞台に興味のなかったファンが引き込める。  逆に、俺にそこまで興味のなかったファンも増える可能性がある。  利害の一致。結局は事務所やお偉方にうまく踊らされているのだ。受け入れるしかない。だからどうしようもねぇんだよ。  と、だれかに言える訳もなく、晃樹は声がした方を哀れみの目でみつめた。  知り合いもいない。話したい相手もいない。しかし、ある程度円滑に物事を進めるために話しておかねばならない相手がいる。  晃樹はきょろ、と視線だけで周囲を見渡すと、目的の人物は既に自分の席に腰掛けていた。分かり易くて良かった、と内心胸を撫で下ろす。  今舞台の主役である鷹野(たかの)悠(ゆう)。彼とは舞台上で最も関わりが多い。  晃樹は真っ直ぐ鷹野の前まで歩いていき、右手を差し出した。 「初めまして、星川晃樹です。今度の舞台で準主演の……」  顔を上げた彼を見たとき、晃樹は言葉を一瞬失った。大きな黒曜石を思わせる瞳に吸い寄せられる。髪は細くさらさらと流れる濡羽色で、手入れされているのがよく分かった。黒目とは対照的に鼻と口が小さい。睫毛が長く中性的な顔立ちは性という枠組みを超えてしまってただ綺麗な顔だ、と思った。服装と態度で男だと認識できる。背も座っているから正確には分からないが175センチ前後くらいか。 「何」 「あ、準主演の役をさせてもらいます。よろしくお願いします」  綺麗な顔は眉間に皺を寄せても綺麗だった。悠はふぅん、と品定めをするみたいに晃樹を見つめ顔を逸らす。 「よろしく」  握手の為に伸ばした腕を素通りして、部屋から出て行ってしまった。周りからくすくすと笑う声が聞こえる。それは自分に対してか、ただの雑談か分からぬ侭晃樹は自分の名前が書いてある席に腰掛けた。 (何だよ今の態度!)  少しくらい演者と上手くやろうとか、考えたりしないのか。結局彼は時間ギリギリまで戻ってくる事はなく、顔合わせの際、一瞬さえも目が合う事はなかった。

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