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赤ずきんちゃんが人殺しになる話〈2〉
◇◆◇
ある日、肉を買いに行くときのことだ。
養父の気まぐれで俺のナカには玩具が入れられた。それは振動して俺を気持ちよくしてくれる|玩具《ローター》。奥の奥に入れられて、栓をされて、「出すな」と命令された。
つまり、玩具を入れたまま買い物に行けということらしい。
耐えられないと思った。
謝って、それだけは勘弁して欲しいと何度もお願いした。
あの人の前でそういう俺は見せたくなかったし、あの人にそういう目で見られなくなかった。綺麗なあの人を汚すみたいでとても怖かった。
しかし、その願いはけして聞き入れて貰えなかった。
養父は笑いながら、俺を外へ引き摺り出した。そして、「買い物から帰ってくるまで家には入れない」と言った。
こんな状態で放り出されてしまってはもう養父の言うことを聞くしかなかった。
俺はそのまま、よろよろとあの人のいるお肉屋さんへ向かうことになった。
足を動かす度に振動が加わり、腹の中にじわじわと快楽が広がる。
イクには少し物足りない刺激がもどかしい。あと、どれだけ我慢すればいいのだろう。
俺は絶望的な気持ちになりながらゆっくりと、しかし着実に、お肉屋さんに近づいていく。
早く終わらせてしまおう。
気付かれないうちに買い物を済ませてしまえればこちらのものだ。
俺は覚悟を決めざるを得なかった。
お肉屋さんに着くとあの人はいつもの顔で俺を見た。
それなのに、俺はいつもの様に肉を頼むことが出来なかった。
あの人を見た瞬間、恥ずかしさが込み上げてくる。
ズクンと疼くように下半身が熱くなった。
おかしい。さっきまでもどかしかったはずの快楽が急に大きくなったように感じた。
俺は地面に膝をつき、快楽の渦から逃げようとする。
あの人が焦ったように向こう側から出てくるのが見えた。
来ないで欲しい。見られてしまう。
そう思えば思うほど、胸が焼け付くように痛み、腹の奥がグズグズになっていく。
あの人がグラグラになった俺を支える。
俺よりも大きな手はひんやりと冷たくて、俺を犯してきたどの人間とも違う体温だった。
あの人の手を意識した瞬間、目の前が真っ白になった。
身体がビクビクと震え、目玉がひっくり返りそうになる。
頭が酷くぼんやりとしていて、霞む。
正気に戻るまでどのくらい経ったのだろう。
一瞬だったかもしれないし、数分だったかもしれない。或いは数十分かかったのかもしれない。
分からないけど、その間もあの人は俺を支えていた。
あの人の前で、イったのだと分かって、俺は死にたいと思った。
◇◆◇
死のう。あの日から俺はそう思っていた。
あの人のように綺麗なモノになりたかったけど、俺には到底無理そうだ。
俺は狡賢くもないし、一人で生きていけるほど強くもない。
誰かのお情けで今まで生きてきたのだ。
結局のところ、俺には養父が必要で、その養父が汚れた俺を好んでいるのだから、俺は綺麗にはなれない。諦められないのなら死ぬしかないのだと悟った。
俺はどうやって死ぬか毎日考えた。
その間も、俺は春を売り続けなければいけなかったし、お肉屋さんにも行かなければいけなかった。
あの人は、あの日以降も態度を変えることなく、にこにこと俺を迎えてくれた。
そのことが却って俺を苦しめた。
あの人は綺麗で汚れていなくて、俺が触れてもけして汚れないのだ。
あの人の顔を見る度、自分の汚さを何度も突きつけられ傷つきながら、それでも俺はあの人に縋りたかった。縋ったところで己の汚さは変わらないのは分かっていた。
死ね。死ね。死んでしまえ。
そう願いながら紐で自分の首を絞めた。
当たり前だが、死ぬ前に手に力が入らなくなり、死ねなかった。
刃物で手首を切ってみた。
傷は浅く、死ねなかった上に、養父に折檻された。
首を吊ってみた。
紐が切れた。
毒を飲もうと思った。
生憎、それを買う金がなかった。
銃を頭に突きつけてみた。
引き金を引いても弾が吐き出されることは無かった。
セックス中に殺せと喚いてみた。
頭がおかしいと思われるだけか、ただ痛いプレイをさせられるだけだった。
思いつく限りのことをしたが、全て失敗だった。
どうやら、死ぬのにも才能が必要なようだ。
俺は酷く中途半端で、他人のナニを咥え込むこと以外の才能がなかった。
それに気づいてからは死ぬ才能がないのなら仕方ないという諦めと、それでも死にたいという衝動が交互に湧いてくるようになった。
心の中は終わりのこない夜のように真っ暗で、俺はひとりぼっちだった。
早く朝が来ればいい。どんな朝でもいい。後悔などしないから。
俺はひたすらそればかり祈る。
死んでようが、生きてようが、この暗闇のような気持ちに終止符が打たれるのであればもはやなんでも良かった。
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